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エール ―若き画像研究の旗手へ― 第3回 「物体指紋」で画像技術界をバズらせた石山塁博士―モノのタグなし認証技術―

序「物体指紋」の石山塁博士


 ビジョン技術の実利用ワークショップ(ViEW2011)のIS会場ゾーン左手奥にて石山塁博士が,はにかみながら熱弁されていた。ViEW2014(機械部品の話題)の時だと本人はおっしゃるが,ViEW2011(メロンの話題)である。その様子が他にない強い印象であった。
 初めてお声かけしたときの記憶は鮮明である。石山さんの所属は「NEC情報メディアプロセッシング研究所」であったが,連名者には「宇宙システム事業部」とあった。その意外性とともに,論文タイトルが「アグリバイオメトリクス」とあり,メロン表皮の網目紋様を「物体指紋」と見なした着想は強いインパクトがあった。このインパクトの源泉をちゃんと理解したい,画像AI研究界に如何なるメッセージを投げたのか整理したい,これが本エール小論考の動機である。
 本稿で素描したい石山さんへの「エール」に籠めるべきエッセンスは,この3つだと受け止めている。

①オリジナル力/新規な着想・発想『物体指紋』 PoC研究キックオフ agri-biometrics異分野との交流
②ブースター力/JSPE2020技術賞 スタートアップ起業の種
③サステナブル力/IAIP運営委員ViEW2018のOSキーノート講演 SSII組織委員2023年度

写真0 石山 塁博士の佇まい

  写真0は,そんなインパクトパワーを内に秘めた石山さんの佇まいである。
 画像AI界に繋がった石山さんの学職歴において一級の技術者へのキャリアの中にちょっと嬉しいご縁もあった。計測自動制御学会(SICE)パターン計測部会で,筆者は主査とか顧問としてお世話になってきた。石山さんは,このSICEの母体である東京大学計数工学科のご出身,しかもSICEでご交流いただいた,出口光一郎教授のお弟子さん筋であった。出口先生を肴にひとしきり盛り上がったのであった。
 さらに,意外な秘話もあった。修論は「視覚サーボ」制御に関するご研究であったが,博論は何と「Face Image Recognition by Three-Dimensional Modeling of Appearance」という顔認識のものであったとお聞きして驚いた。日本顔学会(http://www.jface.jp/)に長く関わっている筆者には,ひときわ興味深い秘話であった。

1.はじめに ―「物体指紋」というメッセージ―

 さて,人や物の同定,認証という概念とその技術は,古今東西,ヒト世界と社会の営みにとって基本中の基本である。人認証では身分証明書や印鑑から指紋(fingerprint)や顔のようなbiometricsにシフトしたのに似て,物に貼った伝票やタグに代わる物のbiometricsとして「物体指紋」の可能性を石山さんが世に初めて問うた。
 石山さんへは,この「物体指紋」という着想と研究推進に深く沈殿している,その「オリジナル力」と「ブースター力」そして「サステナブル力」に向けたいと考えている。
 「物体指紋」初期のインパクトの意味は,その受賞歴に内在していて顕著である。世間が,特に産業社会が一気にそのオリジナリティに驚いた。そして,ビックリさ せた画像技術界をバズらせたパワーが,良くも悪くも息が長いところが気になる。10年以上バズり続けることは,学術界で稀有である。

<オリジナルオリジナル力とブースター力を証明する受賞歴>
・2012年3月 映像情報メディア学会年間優秀研究発表賞/アグリバイオメトリクスによる農産物の個体識別
・2015年11月 ET/IoT Technology Award2015優秀賞/物体指紋認証技術
・2016年7月 先端技術大賞経済産業大臣賞/「物体指紋」認証技術の研究開発およびグローバルな真贋判定ソリューションの実現
・2018年9月 日本自動認識システム協会(JAISA)自動認識システム大賞(特別賞)受賞/ブランド品と鑑定書の紐付けシステム
・2020年9月 精密工学会技術賞/人工物メトリクスに基づく多種多様な製造物の個体管理の実現に向けた物体指紋の撮影方法とその照合方式の確立

 そのサニーサイドは,物体指紋の技術ポテンシャルが薄っぺらでないことの証左であると思っている。そして,ダークサイドは,あえて言えば,実装に伴う技術課題が安易でない気配にある。例えば,物体指紋は物体のどこ(ランドマーク)に定めるか,マニューシャ特徴抽出技術を構築するか回避するか,画像マッチング法の工夫がなくてはならない。そして,多種多様な現場にて個別に実装実証することが何はさておき喫緊であろう。

2.「物体指紋」技術研究,おさらいとポテンシャル

(1)全容

写真1  メロンの果紋,メロンの網目テクスチャと「指紋」

 写真1が,石山さんが提案された「物体指紋」認識技術の元となった,メロンの「アグリバイオメトリクス」認識技術のアウトラインである。
 まず,メロンのヘタ位置を見つける。メロンの場合はヘタがランドマークとなっている。ランドマークを起点に指紋画像を定める。一連の画像処理を経て姿勢正規化を施し,これを物体指紋画像とする。この画像からマニューシャ特徴を抽出する(しないで回避する)。このあとは,パターン認識と個体認証に係る諸技術に成否を委ねることになる。
 画像AI技術のスキームからは,2つの基本課題を乗り越える必要がある。どこにランドマークを置くかを決める技術,キーとなる物体指紋画像において,個体内分散をいかに抑え,個体間距離を最大化できるように如何に対策するかにある。
 石山さんは,アグリバイオメトリクスから物体指紋へ一般化するためにFourier-Mellin変換(信学技報, Vol.117, No.514, PRMU2017-178, pp.37–42, 2018年3月) による画像マッチングを実装して,ざっくりこの辺りであればその位置不変性に助けられてマッチングに成功できるとした。いわゆるマニューシャ特徴を生真面目に定義しないで済ます知恵,ないし指紋のマニューシャ特徴をあえて形式知で書こうとしなかった,DL技術に似た知恵がここにある。
(2)認証/個体内の同定安定性,個体間の個体差頑強性
 さて,認証のパターン認識技術は,スケール不変,位置不変,回転不変の三原則に頑強で安定でなくてはならない。石山さんは実験検証を経て,個体内の同定安定性,個体間の個体差頑強性を骨太に信頼性を確保した。写真2は同じ金型から製造された鋳造品のキーとなる物体指紋画像の実例である。

個体内分散が小,個体間距離が大な部位はどこにするか?
写真2 同じ金型で作った鋳造品の指紋画像

 なお,今後においては,形式知のハンドクラフト的実装に訴える手法にも深層学習技術に任せる手法にも,現場の要請も様々なので,期待を残しておいたほうがよいかもしれない。

(3)人工物でも自然物でも指紋画像は普遍的
 人工物でも自然物でも指紋画像を定めさえすれば,写真3のような「物体指紋」は普遍的で,様々な産業現場からの実例に枚挙に暇はない。

写真3 物体指紋の拡がり−人工物,自然物−

 そして,残る課題はシンプルに,何らかの方法で指紋画像を現場で決める技術が求められることである。ランドマークを決める技術が,現場ないし開発現場で熱望されているのである。この技術は,例えばKIZKIアルゴリズム(精密工学会, Vol.83, No.2, 2017)を連想させ,広くは,視覚的サリエンシー(誘目性,顕著性)技術を活用する,そんな手前みそな妄想が広がってくる。

3.「物体指紋」技術のブースター力,展開力,学術力

 物体指紋の技術開発は,典型的かつ屈指のPoC(Proof of Concept)的トライである。コンセプトの新規性パワーが大きければ大きいほど,本物の力を引き出すための証拠固めのブースター力と持続力・サステナビリティ力を蓄えなければならないと想像する。そして,着実にその蓄積が積み重ねられてきている気がする。
 それらは,一つは社会実装のトライの記録,もう一つは学術的認証の記録をじっくり省察したら見えてくる。

(1)成功事例の記録
公開されている成功事例は次のとおりである。

・2011/3/7 メロン千個の個体認証実験に成功,プレスリリース NHK ニュース7 他放映 論文発表(VISAPP2012)
・2014/12/3 産業用ミシンの個体認証 実証実験 論文発表(ViEW2014,精密工学会誌 vol.82(3))
・2015/9/24 抱っこひも「エルゴベビー」の偽造品対策に採用~プレスリリース 実用化
・2017/5/9  ボルト1 万本の個体識別実験に成功 大量撮影の自動化装置を開発 論文発表(MVA2017)
・2017/7/19 ペン書き1mmの点を識別タグとして活用する技術「マイドット」を開発 プレスリリース TV東京WBSトレンドたまご放映 論文発表(IEEE ICIT2016, ACM Multimedia2017)
・2018/6/12  半導体部品の個体識別実験に成功 論文発表(ACM MMSys2018)
・2019/2/12  錠剤1 粒1 粒を個体識別・真贋判定 実証実験に成功 論文発表 (IEEE Int. Conf. Industrial Technologies( ICIT2019))
・2019/7/24  多種物体混在に対応した手術器具の個品管理 実証実験に成功 論文発表 (日本医用画像工学会大会(JAMIT2019))

(2)「 物体指紋」研究が JSPE 技術賞,奇縁とサステナビリティ力
 2020年5月末,石山さんから精密工学会技術賞への推薦依頼のお手紙をいただいた。もちろんお受けした。そして程なくして8月末,晴れて内定が決まったとの 朗報をいただいたのだった。
 このエピソードは,ViEW2011からの細く長い機縁に乾杯といったところかと思う。しかし,焦点はそこではなく,「物体指紋認証」という生粋の画像AI技術が, 精密工学という物質科学技術のメッカで認証された点に大きな意味があると思う。その意味は,その賞の規定から炙り出される。
 やや分析的過ぎるが,「物体指紋」技術は第2条の「精密工学の領域」である,つまり,精密工学のscopeを広げた価値がある,とされたのである。「物体指紋」技術は第3条の「精密機器の開発」中枢に住み「生産加工技術に関する研究または開発」に相応しい,とされたのである。これらは,画期的なことである。

4.サステナブル力とむすび

 「物体指紋」技術が精密工学会技術賞に選定された出来事が,サステナビリティを保証するパワーの源であるような気がする。同じ意味で,下記のようないくつかの 学術的な裏づけに注目しているところである。

・基調講演ViEW2018 再考! 最高!! 画像処理!!! ViEW30周年記念/石山塁 氏(NEC):モノにも“指紋”がある
 ~「物体指紋」を用いた個体識別と認証,OS1-K1 基調講演1,2018年12月6日(木)
・2019年度~ 画像応用技術専門委員会(IAIP)運営委員会委員に就任
・2022年9月~2024年8月SSII 組織委員に就任

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 「物体指紋」技術のコンセプトは哲学的な香りが漂っていた。このメロンも,このコンロッドも古今東西唯一無二だとする哲学は,自然であって無理がない。しかる に,このメロン自身のなかに個体認証の源泉を求める発想も,自然であって無理がない。かくして「物体指紋」という個体認証コンセプトは,常識を不意打ちした突破 力を放つことになった。
 本稿は,そんな「物体指紋」を提唱した石山塁さんにエールを送らせていただいた。このコンセプトへのポテンシャルに今もってざわつきが止まないし,いくつかの実用の兆しにも耳目が集まっている。
 私見であるが,「物体指紋」技術にはまだまだ未踏な課題や楽しみな試練も控えていると改めてリマインドしておきたい。
その1 /ランドマーク
 物体はメロンのような自然物もあれば鋳造品のような人工物もある。母型でつくられる人工物にはランドマークがあるが,自然物ではどこがランドマークなのか?それに気づける技術を開発するか,もしくは物体の全周画像を黙って取得する技術を実装するか,面白そうな技術克服に向けての一撃的技術開発は必須である。
その2 /データサイエンス
 物体の自然な変形が隣接する物体個体差を超えてしまわないか? クラス内分散とクラス間距離のせめぎ合いに対峙しなければならない。まさしくこここそが,物体 指紋画像デザインにまつわるデータサイエンス,数理統計,機械学習,パターン認識の主戦場である。
その3 /現場カスタマイズ
物体指紋は画像を介する非整備環境下の個体認証である。よって,カメラも解像度も照明の組み合わせ的カスタマイズは,応用の現場では一筋縄ではいかない。

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 寄せられるであろう夥しいオファーの一つひとつの期待に応えて,ぜひとも成功事例による灯ともしびを掲げてほしい。そうしたら,色とりどりな「物流」に黙ってついてくるデジタル「物体指紋」流は,そのサプライチェーン現場からタグや伝票を一掃するかもしれない。この夢を筆者も陰ながら抱きつつ,石山さんと石寺さんはじめお仲間に再度,エールをお送り申し上げたい。

(OplusE 2022年11・12月号(第488号)掲載。執筆:輿水大和(ひろやす)氏。ご所属などは掲載当時の情報です)

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