見出し画像

【試し読み】結像の新たな地平を拓く レンズ光学の泉

 先月(2023年12月)に発行したばかりの書籍「結像の新たな地平を拓く レンズ光学の泉」(以下,「レンズ光学の泉」と記します)。同書より一部を抜粋して紹介いたします。ご執筆は渋谷眞人先生(東京工芸大学名誉教授)です。
 実は今までご紹介してきた試し読み版は,すべて電子書籍でした。今回初めて印刷版の書籍の試し読みをアップします。今後,少しづつ適用を拡大していけたらと思います。

単行本発刊にあたり

 本書は2020 年3・4 月号から2022 年11・12 月号までO plus E に連載したものに,2.5.3節,2.6 節および3 章を追加執筆したものです。
 同じように連載を単行本とした『レンズ光学入門』(2009 年)は,おかげさまで評判の良い専門書として,光学関連会社の方に広く読んでいただいているようです。「タイトルは入門となっているが,中身的には2,3 年は光学設計を経験しないと難しいのではないか」とも言われました。そのとおりかもしれません。しかし,あたかも簡単に理解できそうなタイトルがついた本が結構ありますが,一読しただけで深く理解できて実際に役立つような本が有り得ないことは,高校や大学で一所懸命勉強していた人なら直ぐにわかります(かく言う私も,そのようなタイトルに魅かれて専門外の本を購入したことがあります)。レンズそのものを仕事にしたい人はもちろん,レンズを応用する方も,じっくり考えて理解を自分のものにしなければならないと思います。その意味では書物はきっかけを与えるだけとも言えるでしょう。ただ,丁寧な本と,そうでない本というのはあると思います。『ファインマン
物理学』などは丁寧に書かれた本です。あそこまで丁寧に書くには本当に自信がないと書けないのだと思いますが,少しでも丁寧に書いて,理解の助けになることを心がけました。
 『レンズ光学入門』も,ニコンの大木裕史さんとの共著『回折と結像の光学』(2005 年)も,ニコンでの仕事の経験に基づいたものや,ニコンでの設計開発の中で議論したことを,主に綴ったものです。
 東京工芸大学に移ってからもレンズの研究をしてきました。収差設計は嫌いですし不得意です。それでニコンで自動修正プログラムを自発的に開発したのですが,レンズ光学は本当に面白いです。結像理論が得意な人はレンズ設計もできると思われている節がありますが,そんなことはありません。その逆も同様です。光学系開発は,大きくレンズ設計(収差設計・新奇タイプの発明),レンズ理論(評価・設計),ソフト開発(自動修正・レンズ評価)に分けられると思いますが,3 つともできる人はほとんどいないでしょう。話がそれましたが,大学で行った研究のなかで教科書として残しておきたいと思うことは多々あります。
 大学を退職後も企業の開発を手伝っていますが,教科書には書かれていない疑問が次々に出てきます。教科書に単に触れていないだけの問題もありますが,光学系が様々に進歩するなかで,基本原理の記述が十分ではない,あるいはその原理の実際の光学系での働き(意味)が説明されていないことがあります。さらには第1 次近似の理論であって,現実に開発していくべき光学系に適用できるようには正しく書かれていないことがあるように思います。企業の方からは,このようなことについて,痒いところに手が届くよ
うに書いてください,とも言われます。企業で開発している人はただでさえ考えることがたくさんあり,すべてを自分で考えていたら最先端の開発をすることはできないでしょう。
 このように従来の教科書には十分に書かれていないことが多くあります。実際の光学系開発に役立て,そのための基礎的な原理の理解も深まるように,本書『レンズ光学の泉』を書きました。
 全体をあらためて眺めると、同じような内容が繰り返されているところがあります。例えば、この著書の一つの底流は正弦条件であり、それは方向余弦としての瞳座標に繋がります。1.2.8節でこれについて述べていて、ある意味十分とも言えますが、2.4節でさらに展開し議論しています。単行本発刊にあたり、上手く一つにまとまらないのかとも考えましたが、本書全体の流れとしては大きな不自然さはないと考え、修正はしていません。
 第2章では瞳座標と入射光のインクリネーションファクターについて多くを触れました。ニコンに入って間もない頃に、位相シフトマスクや球面収差のある正弦条件を考えていた中で、これらの概念に辿り着きました。瞳座標を方向余弦とすることの重要性はE. Abbe、K. Schwarzchildが、さらにはH. MarxやH. H. Hopkinsなどが示していたにもかかわらず、その理解は十分に浸透していませんでした。私は独自に方向余弦としての瞳座標の重要性に辿り着いたと思っています。インクリネーションファクターの概念はこれらの研究の中で芽生えたものですが、その後、大木裕史さんやトプコン高田聡さんらとの弁証法的な対話の中で磨かれてきたものです。『回折と結像の光学』でもかなり記載しており、それとの重なりを避けて記述しました。
 本書の連載および補追を加えた発行にあたって、『干渉計を辿る』の著者である市原裕さんには、干渉計の大家としての光学系への深い理解・洞察に基づく貴重なコメントをいただきました。『波動光学の風景』シリーズの著者である本宮佳典さんには、レンズ設計・開発者とは異なる観点から、レンズ専門家が気づかなかったり見逃してしまうような事柄を指摘していただきました。京セラSOCの田邊貴大さんには貴重なコメントをいただいただけでなく、数式の展開の教示や、CODE-Vのマクロコマンドの提供など本書を書く上で具体的な支援をしていただきました。私の理解不足はまだ残っているかもしれませんが、これらの方のおかげで磨かれた書物になったことに感謝しています。
 「言語は理解を決定つける」、「母国とは国語である」などの名言があります。ふだん使っている母国語でこそ科学技術の理解が深まり、またそのように母国語をさらに成長させなければ、科学も産業も発展しないのではないでしょうか。数学を一つの言語と考えれば、言語の重要性は明らかだと思います。技術開発の議論では最初は定性的な提案から始まり、混乱したとき、あるいは詰めの段階では数学を用いて確認することが多々あります。普通の言語での議論では風桶論(風が吹くと桶屋が儲かる式の議論)に成りかねませんが、数学であれば、連立方程式や微分方程式で複数の現象を同時に扱って議論することができます。母国語の教科書を書くことで、科学技術の民主化が進み、日本の光学産業の底辺が強くなることに貢献できればとも考えています。
 本書を通じて、私の誤解や勘違いがあるかもしれません。忌憚のないご意見をいただければありがたく思います。

2023年12月
渋谷真人

続きは電子書籍でお楽しみください


いいなと思ったら応援しよう!