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エール ―若き画像研究の旗手へ― 第5回 嘘のつけない画像技術研究の旗手,加藤邦人教授~現場とトレンドの剛毅朴訥な攻め~

1.序


 中京大学の輿水研究室では,四半世紀ほどの間にゼミ生二百数十名が在籍した。この中で,博士の学位を取得後,画像技術の分野で大学などの教育界や研究機関などで個性豊かに活躍しているゼミファミリの一部を以下に紹介する。今回で第5回となる「エール ―若き画像研究の旗手へ―」ではその第一期生である,加藤邦人岐阜大学教授に登場していただく。

<slackな筆者ゼミファミリ>
ラボ組/加藤邦人岐阜大学教授 林純一郎香川大学講師 冨永将史名古屋文化短期大学教授
    藤原孝幸北海道情報大学教授 渡辺隆仙台高等専門学校教授 村井和昌博士富士ゼロックス
    松原琢磨博士 徳田尚也博士 長坂洋輔名古屋市工業研究所博士 早瀬光浩豊橋創造大学准教授
アライアンス組/沼田宗敏中京大学教授(富山県立大学博士) 村上和人愛知県立大学教授(名古屋大学博士)
        青木公也中京大学教授(慶應義塾大学博士) 鈴木健志氏SKEN(放送大学修士課程)

 身内に向けたエールを人前で贈ることは本来憚られるかもしれないが,ここではその禁を破る。というのも,今われわれがいる画像技術界に向けて,身近な仲間内でそれぞれに,画像AI研究の取り組みの在り方を本気で穿つことはタイムリーで意義がある,と考えたからである。具体的にその意義は,深層学習DL(ディープラーニング)という先端技術と産業現場との関係性への向かい合い方と,嘘をつかない加藤先生のような剛毅な姿勢の価値を再確認することにあると思う。このココロに立って,この問題意識の受け手に相応しい研究者の代表として,加藤邦人先生にご登場いただく次第である。

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 加藤先生はシャイで寂しがり屋が故に接する際に少々大変だったこともあった。在学中は,ゼミの集合写真に入ってくれないと思えば,さりとてみんなと群れていたくないわけでもなかったようだ。そんな加藤先生に,幸いにも今回の「エール」登場に快諾を得ることができ,さらに近影掲載も許していただいた(写真1)。以下は,先生のご略歴である。

写真1 加藤先生の佇まい
(HP http://www.cv.info.gifu-u.ac.jp/yam/members/kkato/public_html/ より)

<加藤先生ご略歴>
1994年 中京大学情報科学部認知科学科卒業
1996年 中京大学大学院情報科学研究科修士課程修了
    同大学院博士課程入学
    岐阜大学工学部電子情報工学科情報コース助手
2001年 情報科学博士
2007年 岐阜大学応用情報学科助教
2009年 岐阜大学応用情報学科准教授
2011年 メリーランド大学コンピュータビジョンラボラトリ客員研究員
2019年 岐阜大学人工知能研究推進センターセンター長
2021年 岐阜大学電気電子・情報工学科情報コース教授

2.はじめに -DL技術時代の現場にキリッと立つ-


 岐阜大学加藤研究室HPのトップページに控えめながらも宣明されているように,画像AI研究の基礎領域と実利用応用領域の狭間にて誤魔化しのない,静かで剛毅な研究姿勢をここに垣間見るべき,と考える。DL技術時代の研究にて産業現場に揺るぎなく立つための不可欠なこのキリッとした心意気に改めてエールを贈りたい。エールの先には,(私の勝手な思いこみだが) “剛毅朴訥”にして“近仁”(論語,子路第十三の二十七)な加藤先生の佇まいが見える気がしている。

 <加藤研究室HPのメッセージ>
『基礎領域から実利用応用まで幅広く研究しています。加藤研究室では,最新のコンピュータビジョン,感性情報処理技術により,より高度な画像センシング,人間計測,人とコンピュータの新たなインタラクションの実現を目指します。』(HP:http://www.cv.info.gifu-u.ac.jp/index.html

 このメッセージは,もちろん画像技術研究テーマ自体の中にも,それへの対峙のしかた,また加藤先生ご自身の姿勢の中においても,具体的に見出さなければならない。加えて,研究の表舞台といえる学会への関わり方にも何かの形で具体的に見出さなければならない。本稿の役目はここにある。

3.嘘のつけない剛毅な加藤先生の,研究への取り組みと成果

 加藤先生が博士学位論文で取り上げた研究テーマは,Hough変換であった。最小メジアン二乗近似とHough変換のいいとこどりを狙う「LMeds-Hough」の提案など,大局視覚研究課題の核心を突いていた。その実績は顕著であり,数理基礎に高感度な加藤先生の面目躍如であった。詳細は次のサイトをご覧ください(http://www.cv.info.gifu-u.ac.jp/yam/members/kkato/public_html/link.html)。
 しかし本稿では,これらへの言及は省かせていただく。話題の中心を,産学連携研究の,それもDL技術による画像検査研究とその腰の据わった進め方に絞るためである。

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 現在進行形の画像AI研究活動と最新業績での評価を前にして,筆者が気付いている非常に興味深い点にフォーカスする。それは一連の研究群を,敢えて半ば造語的に言うと,“ピアレビュー”と“トップダウンレビュー”の完全制覇! コンプリートの達成! とも言うべき見事な形に,一度ならず短期間に何度も結晶させたことである。この傑出した成果から逆照射することで,その意味を炙り出したい。

IAIP小田原賞  ピアレビューの最高峰の価値     /ViEW2016 2017 2019 受賞の快挙
JSPE論文賞   トップダウンレビューの最高峰の価値 /2021年度,2022年度受賞の快挙

敢えて先に結言風に言ってしまうと,ここで炙り出される意味は,

“現場とアカデミアは乖離しない時だけ女神は微笑む”
なのかもしれない。

(1)小田原賞2019受賞論文に注目 ―ピアレビュー―
 ここでは,産学の現場にてLEDチップ不良品検査の取り組みから生まれた,小田原賞2019受賞論文に注目する。写真2は,この論文で使われたLEDチップ画像の事例と実験結果である。

ViEW2019 ビジョン技術の実利用ワークショップ 小田原賞(優秀論文賞)
中塚俊介,加藤邦人:“多重解像度マップを持つ補集合GANを用いた正常データのみの学習による外観検査法”(2019年12月6日 受賞)

写真2 LEDチップ欠陥検査とMSP-CGAN異常度Map(ViEW2019小田原賞受賞論文)

ここでMSP-CGANと命名された手法は,隣接する他の手法群(RGAN,AE+,CGANなど)を遥かに凌いで,AUROC/0.954,AUPRC/0.664であったことがViEWフロアを刮目させた。この手法は,二つの基本技術の提案,

①大量の正常分布とその補集合分布による異常検知モデルの着想
②欠陥サイズバリエーションに耐えるMulti-Scale Patch Discriminator構造NNモデルの導入

からなり,巧妙であった。
 そしてもっと重要な二つのことが,その背後にある。まずひとつ目がLED製造現場への徹底した取材と観察により,正常分布とその補集合分布を同時に扱うというヒラメキに出会ったことである。もうひとつがこのLED欠陥現象の受け止め方に相応しいDNNモデルを選ばせた技術的精細な知恵を生んだことである。ここにはDL技術開発における‟見えざるノウハウ”が埋もれていると思われ,衆目の関心からもその見える化が大いに期待されていると思われる。

(2) 精密工学会論文賞受賞論文,リビジット ―トップダウンレビュー―
 上記の小田原賞受賞論文を受け,精密工学会誌,87巻1号に掲載された同名の論文が,2021年の精密工学会論文賞を受賞した。ここでは,その研究をさらに前向きに受け継いだ2022年精密工学会論文賞受賞論文に学びたい。

 写真3は,この研究で用いられた対象画像,MVTec AD (外観検査画像データセット)とその実験結果の一部である。

2021JSPE論文賞
中塚 俊介,加藤 邦人:多重解像度マップを持つ補集合GANを用いた正常データのみの学習による外観検査法,精密工学会誌,87巻1号(2021年)
2022JSPE論文賞
中塚 俊介:近傍特徴と異常特徴を考慮した事前学習済みモデルによる異常検知,精密工学会誌,88巻12号(2022年)

写真3 ピクセルレベル異常検知の結果(2022JSPE論文賞受賞論文)

 この研究の要点と価値は,産業現場の実対象における正常と欠陥現象の観察を極限まで形式知として把握した上のDL技術実装にある! と思われる。
 具体的には次のとおりである。

生成モデルを採用する,事前学習モデル(ImageNetの事前学習,EfficientNet-B5)を採用する,
部分空間法の知見を活かす,さらに近傍特徴抽出技術を活かす,正常モデルの学習に訴える,
実験ではMVTec ADを用いる,疑似異常データの増量を施す,提案手法の比較NN(GANormalyPCDD,CutPaste,SPADE,PaDiM)を慎重に選んだ,

 以上の知見群が織り込まれて,このDL技術実装シナリオが構築されたと映る。果たして提案手法は,image level AUROC(0.984),pixel level AUROC(0.975)において他を凌いだ。再度リマインドすることが肝要である。
 この研究成功の秘密は,現場的形式知の細心な活用と丁寧を極めたDNNモデル設計の“二刀流的”勝利と思っている。そしてこのトップダウンレビューは,上記(1)のピアレビューと寸分違わなかったのである。ここに産学の重厚な関係性から離れないことの学術的意義が垣間見える。

(3) 補遺:産学官連携への大いなる広がり
 加藤先生による本気の“産学の連携”による画像AI研究は,上記の(1),(2)のように,大いに耳目を集めた。さらに,加藤先生のグループは “官”との連携も怠らず “学官”としての連携により,下記の先導的な画像生成研究(SSII2019 優秀学術賞受賞)につながったことも見逃せない。

相澤宏旭, 片岡裕雄, 佐藤雄隆, 加藤邦人, “Viewpoint-agnostic Image Rendering”,
第25回画像センシングシンポジウム SSII2019, IS2-16, (2019年6月13日)

 任意視点画像生成は,Generative Adversarial Networks (GANs) にとって非常に困難である。物体形状や 3 次元空間上での物体と視点間の関係性などの 3 次元情報を理解していないからである。この研究は,Conditional GAN に入力視点の 3 次元情報を再構成する機構を装備させ,任意視点画像生成 Viewpoint-Agnostic Image Rendering (VAIR)を行う意欲的な枠組みを提案している。これは丁寧な多角的実験にて,果たして,

定量的には,SSIM,MS-SSSIM,LPIPS指標にて他を凌いだ。
定性的には,比較したCMR(Angjoo Kanazawaら,ECCV,2018) はCG のような Artifacts が発生し,遮蔽物の画素が生成結果に悪影響をもたらす短所があった。これに対して,VAIR はより“写実的”な画像生成を達成している。

であった。(SSII2019優秀学術賞)

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如何でしょうか? もはや鮮明に,

“現場とアカデミアは乖離しない時だけ女神は微笑む”

ことが垣間見れて余りあったのではないでしょうか。

4.学界への寂しがり屋的関わり方

 話題が変わります。
 加藤先生の学界での佇まいは独特である。筆者の知るところで視野が狭いことは堪(こら)えて頂き,

画像センシング技術研究会のステアリングコミッティ(ステコミ:運営委員会)幹事 SSII2018運営委員長
精密工学会(JSPE)画像応用技術専門委員会(IAIP)の運営委員 ViEW2021実行委員長

の二つの学術舞台に目を遣るなかで,どのように“独特な”な魅力と貢献を生み出しておられるか,その一端でも詳(つまび)らかにしたいと願う。

(1)画像センシング技術研究会にて -寂しがり屋の力にエール-
 寂しがり屋は,ピンチな時も良き時も,それらを独り占めにすることが居心地よくないようだ。幾つかの幸運に助けられてであろうことは言うまでもないが,加藤先生の気質には,産業技術総合研究所の佐藤 雄隆博士,画像センシング技術研究会会長である慶應義塾大学青木 義満先生,精密工学会画像応用技術専門委員会(IAIP)と画像センシング技術研究会(SSII)事務局の喜多社長をはじめとする,slackな,つまり緩々ながら骨太な信頼感と連携が息づいていると筆者は感じている。これは寂しがり屋である加藤先生の力の一端である,というのが私の意見である。写真4は,slackに闘う画像センシング技術研究会のフラッグである。
 ひとつだけ具体例を挙げる。2010年から今日までの長きに亘り,加藤先生は画像センシング技術研究会でステコミ(運営委員会)広報会員担当幹事として運営を支え牽引している。また,青木会長や佐藤雄隆ステコミ委員長と共に,“トロイカ”(3人組の集団指導体制)的にこれを牽引されているように筆者の目に映り,画像センシング技術研究会の将来は非常に明るいと思う。

写真4 加藤先生は,画像センシング技術研究会のステアリングコミッティ(運営委員会)で会員・広報担当幹事である

(2)ViEW(IAIP)にて -現場とアカデミア,歴史と今の狭間にエール-
 精密工学会画像応用技術専門委員会(IAIP/JSPE)とその一大ワークショップViEW(ビジョン技術の実利用ワークショップ)は研究者である加藤先生にとって,よきインキュベータであったと言ってよい。写真5はそのロゴである。ほどなく,IAIPでは運営委員に参画して,2020年にはIAIP副委員長を務めた。またViEW2021実行委員長にては,ワークショップの今後を模索する意欲的なテーマの下で問題提起的に働かれたことが印象的であった。そこで,とっておきのエピソードを紹介する。
 形式知ロジックのハンドクラフト的実装を磨いてきた画像技術は,至るところで深層学習技術DLに席巻されている。そんな時代の只中でViEW2021実行委員長であった加藤先生は,

今こそ世界に追いつき追い越す!ビジョン技術実利用の最前線
http://view.tc-iaip.org/view/2021/about/#greeting

のための具体策を模索しようと,そのテーマ実装を攻撃的に宣言された。状況の深刻さを受け止め,“剛毅朴訥”な風情にしては,いつになく非常に雄弁であった。私や,多くの諸賢はこれに刮目し,また時宜を得たよきメッセージは確実に参加者に届いたと思った。
 当時はコロナ禍の真っ只中であり,オンライン開催の弱点を補うべく国際画像機器展との交流プログラムも実施され,そのような運営姿勢が好ましく感じた。

写真5 若手研究者のインキュベータ,ViEWのロゴ

 なおIAIPは,DIA(動的画像処理実利用化ワークショップ)も長年運営し,初回開催に際して写真6のようなロゴを制作している。バックヤードの秘密だが,このロゴはDIA2004山本和彦実行委員長の下で加藤先生がデザインされたというお話を伺い,その熱い思いとセンスに改めて新鮮な印象をもったことを思い出す。

写真6 DIA2004のロゴ(2004年3月4~5日,岐阜キャッスルイン)

5.あとがき -改めて「剛毅朴訥,近仁。」-

 2020年前後,加藤研究室に所縁(ゆかり)のメンバーによる傑出した画像技術研究は耳目を集めた。特に,小田原賞3回(ViEW2016 2017 2019)とJSPE論文賞2年連続(2021 2022)受賞と,これらの研究を牽引したであろう腰の据わった剛毅な取り組みは圧巻に映った。
 連携した産業現場に足場を持ちながらの,画像DL技術の潮流を穿つ姿勢は,本物の攻撃的研究を支えているように映った。そこで,若き日より漂わせておられた加藤先生の佇まいである,「剛毅朴訥,近仁。」に改めてエールを贈りたい。

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 最後に,今後も加藤先生の持つポテンシャルを垣間見せてくれるであろうエピソードをご紹介して,稿を閉じる。

<寸景1/オン>
 加藤先生は何時でも何処でも,学会座長であっても噓が言えず忖度なしである,と周りも思っている。私には,そんな加藤先生に強く援護していただいたエピソードがある。ViEW2002で朝一に行われたセッションで座長を担当した加藤先生は,「この論文(OS1-1),量子化定理OKQT,非常に面白い! フロアからもご質問ありませんか?」と開口一番言い放ってくださった。大会場で強力に褒めてもらったことが,この年の小田原賞受賞につながったのかもしれない。これはそんな秘密のお話である。

写真7 オフのひと時

<寸景2/オフ>
 加藤先生は,プライベートでもやっぱり朴訥な愛妻家である。また,大学教員という激務の中にあって,「イクメン」でもあるとお聞きしており,この春でご長男が年中生年少生とのことだ。写真7はご家族とのくつろぎのひと時(趣味/自転車・釣り・家庭菜園)と拝察する。忙中閑あり,このように精々英気を養っていただいて,画像AI技術研究の新時代をいよいよ無骨に,朴訥に牽引していただきたい。

(以上)

(OplusE(Web) 2023年8月1日掲載。執筆:輿水大和(ひろやす)氏。ご所属などは掲載当時の情報です)

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