【書評】光ファイバー入門 改訂5版
本書の著者である末松安晴氏は光ファイバー通信・通信用長波長帯半導体レーザーのパイオニアである。また伊賀健一氏は垂直共振器型面発光レーザーの発明者であり,両者とも世界的に高く評価されている。したがって,両氏が共著となっている本書は自ずと光ファイバー通信のバイブル的存在になることは容易に想像がつくが,特筆すべきは,初版発行が光ファイバー通信実用化前の1976年であり,改訂第5版が発行された本年(2017年)で41年が経つことであろう。その間,15万部が発行されているとのことであり,専門書としてはロングセラーであることは言うまでもない。世界を駆け巡る光ファイバーネットワークを支える光源・受光器・光ファイバー,その伝送特性,およびシステムについて網羅している書物は,あるようで意外とない。その意味でも,光ファイバー通信をこれから学ぶ方にとって,本書の価値があると言えよう。光ファイバーの伝送を考える上では光の導波現象の理解が必要である。そこから発展して,導波路に光が閉じこもって伝搬する際のモードの議論,光ファイバーでの議論へと理解のレベルを上げていくとスムーズであろうが,本書ではそのように章が組まれている。また,冒頭にも触れたように,著者らは半導体レーザーの専門家であり,光源技術については半導体レーザーの基本にとどまらず,長距離・高速大容量伝送に必須の単一モードレーザーや面発光レーザーなどについての原理も簡潔にまとめられている。受光器の基本的な理解をもとに,光ファイバー通信の受信性能の理解も深められるようになっており,光ファイバーの伝送限界についても物理的な限界を学ぶことができる。
本書は,すでに改訂4版までを学んだ方にとっても学び直す意味があるように工夫されている。改訂5版は,第4版の内容からかなり構成・内容に変更があった。その趣旨は冒頭の「改訂5版への序」にて著者らの思いが記されているが,光ファイバー通信に関わる各種技術の基礎的な内容については確立している理論があり,根本が揺らいでいるわけではない。しかしながら,40年も経過する中で,性能を劇的に向上させる物理的な現象の導入が進み,実用化されて普通に利用される技術となった,半導体レーザー,光回路など,特に顕著な技術について記載内容が加わっている。また,これまで普通に利用されてきた光ファイバーの理論について,近年見直しの議論があり,その点を考慮に入れて内容が整理された。その他,全体の構成がシンプルになるよう検討され,第4版では「光回路」と「光集積回路」とに分かれていたものを「光回路」としてまとめるなど,各所で配慮がなされている。更に
は,光ファイバー通信システムの大容量化,長距離伝送化を支える技術として,2値の強度変調から光の位相にも情報を載せて検波を行うデジタルコヒーレント検波方式が2010年度初頭に実用化されるという大きなブレークスルーもあった。そこには多値の変調技術が利用されており,その技術的なポイントも加筆されている。また,20年前に実社会で利用されるようになったインターネットが,現在では当たり前に日常生活で活用され,ユーザーの情報を集めてサービス性の向上を図ったり,大量のデータを解析したりすることでビジネスに活用するためにデータセンターが登場するようになった。そこに,深層学習の技術が加わって,人だけでなく機械から発生された信号を,ネットワークを通して利用するIoT時代の到来を目の前にしている状況にも触れている。本書の改訂の周期を大雑把に10年くらいと考えると,世の中が想像以上の発展を遂げていることがわかるであろうし,その状況を改訂
版ごとに振り返ることにも利用できよう。
なお,大学院レベルの内容には,目次と本文の章・項に「*」印が付けられた。講義に利用する際の目安としても,教員であれば嬉しいであろう。改訂5版を光ファイバー通信技術の基礎の理解にこれまで同様役立てるとともに,時代とともに発展してきた技術の内容についても触れられること請け合いである。光ファイバー通信の関連する技術に携わられる研究開発者に
は,長く愛読していただきたい書物である。 (O plus E編集同人)
O plus E, Vol.39, No. 12, p.1163(2017)掲載。情報は掲載当時のものです。
書誌情報
著:末松安晴・伊賀健一 オーム社刊
定価:本体3,600円+税 発売日:2017年8月 ISBN:978-4-274-22094-4