【試し読み】光エレクトロニクスの玉手箱シリーズ
光エレクトロニクス分野は,産業,教育,自然,生命,社会などへの貢献が期待されています。伊賀健一先生(東京工業大学栄誉教授)と,波多腰玄一氏(元・東芝)に,光エレクトロニクスの原理と魅力について解説いただきます。また,光と電子の振る舞いを探求する傍ら,関連事項のエピソードなどを記したコラムも掲載します。
ここでは同書から一部を抜粋して掲載します。
第0章 連載の目指すところ
編集子:この講座の目指すところはどこにあるのでしょう?
伊賀・波多腰:およそ次のように考えています。
光と電子の原点を探って多くの人々がその性質を知る
そこに意外性が発見できれば新しい展開に役立つかも
光で世界中が住みよい環境を作る
編集子:本誌は光エレクトロニクスの専門誌なのですが,あらためて光エレクトロニクスについてのお考えをお聴かせいただけませんか?
伊賀:この分野は主に1960年にセオドール・メイマン(Theodore Maiman)が初めて実現したレーザーや,同じころ出現したLEDなどとともに発展してきた学術,技術,産業分野です。私たち2人は,応用物理学会・日本光学会・微小光学研究グループに属しています。2012年12月に開かれた第126回の研究会で,元素を見直すという特集を組みました。そこで,元素表を微小光学の目から見てみようということになり,著者の一人である波多腰玄一が中心となり,グループのメンバーが意見を出し合ってまとめ,アドコム・メディア社がデザインしたのが,本誌付録の「光エレクトロニクスの周期表」¹⁾です(図1)。
波多腰:そこで気がついたのは,ほとんどの元素が光エレクトロニクスに使われているという事実でした。同グループおよび親学会である応用物理学会のお許しを得て,本連載の1回目に元素を取り上げ,研究会資料を基に解説を加えて登場させました。ともかく光エレクトロニクスは,学問的にはマクスウェルの方程式に基づく「光」,シュレーディンガーの方程式に基づく「電子」が主役となってそれらの相互作用をもとに,材料,デバイス,システムなど,非常に多岐にわたっています。
伊賀:将来の発展のためには単なる応用事例の紹介ではなく,いつも原理と基礎に立ち返って考える必要があると考えてこの連載を始めることにしました。
3つの学術を総合的にとらえる
編集子:ところで「光と電子の原点に戻る」とは?
伊賀:ちょっと長くなりますが,原点,基礎と言うと,物理学や化学などのいわゆる基礎科学があり「発見・理解の学術」と言えるものです。宇宙や素粒子など,今まで分からないものが世の中にたくさんあって,それを見つけようという「学術」です。それからもう1つ,現象はあるのだけれども,その仕組みを理解しようとするもの。例えば,クーロンやファラデーの発見をもとに,マクスウェルは「変位電流」という概念を導入して電磁界の振る舞いを統一的に理解しました。
次は「創造的な学術」。これは工学(エンジニアリング),文学,芸術のようなもので,今までなかったものを創り出すという作業です。例えば,テレビを例に取ると,時間を無限大にもっていっても自然に出てくるという確率はゼロでしょう。音楽もそうで,例えば,モーツァルトがいなかったらモーツァルトの曲はできなかっただろうし,最後の曲である「レクイエム」は彼が全部完成させているわけではないので,補筆部分はどうもモーツァルトらしくない。
波多腰:ジャズの世界でも,オスカー・ピーターソンは他の人にはない味があります。以前私の知人から,音楽のメロディーは有限の音符の組み合わせなので,そのうち作り尽くされてしまわないのか心配で夜も眠れないというメールがきたことがあります。これは確かにあり得ることのように思われます。昔,これと似たようなことを言った人がいました。J. H. Jeansによれば,「6匹のサルがタイプライターを何百万年もでたらめに打っていれば,ついには大英博物館のすべての書物を書いてしまうであろう」(J. H. Jeans: Mysterious universe,Cambridge University Press(1930))。固体物理学で有名なキッテル著の「熱物理学」(C. Kittel andH. Kroemer: Thermal Physics(W. H. Freeman andCompany, New York, 1980)2nd Ed.)の練習問題に「この確率を計算してみなさい」という問題があります。具体的には,
この確率は10⁻¹⁶⁴³¹⁶となり,ほとんど0です。すなわち,100億匹のサルが宇宙の年齢の間中タイプライターを打ち続けたとしても,大英博物館の書物どころか,ハムレット1冊すら打ち出せないということです。したがって同じように,メロディーが作り尽くされてしまうという心配は恐らくないでしょう。モーツァルトの曲はモーツァルトしかできなかったでしょうし,オスカー・ピーターソンの演奏はオスカー・ピーターソンしかできなかったと思います。
伊賀:第3は,社会を安定に,しかも健康に生活できるための「学術」になります。例えば法学,政治学,経済学,心理学などの学問,それから農学や医歯薬学のような分野,また,工学の中でも情報,エネルギー,環境,土木,建築などは,仕組みを作ったりインフラを構築するためのものです。
工学を考えるとき,やはり,基礎原理なのか,ものを作るのか,仕組みを作るのかをよく考えないといけません。発見・理解の科学や技術には基礎の部分が非常に多い。しかし,例えばニュートリノの発見にしても,光電子増倍管という工業製品を使って,それを応用したという側面があるので,すべてが基礎というわけでもなく,いろいろなものの複合です。
光エレクトロニクスでも,分かったものや存在するものをただ応用するのかというとそうでもない。例えば,私どもが研究していた面発光レーザーというデバイスを実現しようとすると,原理そのものはもちろん,いろいろな材料を用いて今までなかったものをどのようにして作るか,仕組みをどのようにして理解していくかといった基礎の部分をもとにして,想像力を働かせて新しいものを創っていくという作業をします。
したがって,これから考えていく「玉手箱」の連載でも,以上述べた3つの要素をバランスよく見ていくことにしたいと思っています。
波多腰:つまり,工学,産業分野でも,原理,技術,仕組み作りが非常に大きな役割を果たしているわけですから。
光と電子の振る舞いを探求
編集子:多くの方に光と電子の性質を知ってもらうことで,どんな展開が考えられるでしょうか。
伊賀:これからますます広がる光エレクトロニクス分野において,産業,教育,自然,環境,生命,社会などへの貢献が期待されます。そこでは,光と電子の性質を知っておくことが肝要です。
波多腰:「元素」に話を戻しますと,物質は素粒子から成り立っていて,元素はそれらの複合体です。電子は素粒子の1つでありながら,独特の行動を見せます。質量,電荷,スピンを持ち,かつ波動的な振る舞いを示すのですね。
伊賀:一方,光は電磁波の1つであり,かつ量子的な側面も持っています。さらに宇宙は広い。多くは真空の空間ですが,暗黒物質,暗黒エネルギー,ブラックホールなど,まだ分かっていないものも多い。さらに最近,この真空の空間もヒッグス粒子という微細な粒子で充満しているかもしれないと言われ始めました。電子がヒッグス粒子により散乱されて波動性のような振る舞いを示すもとになっているかもしれないなど,興味は尽きません。図2に,われわれを取り巻く宇宙と元素,電子,光の世界をイメージしてみました。
編集子:これまでにもO plus E 誌にはいくつかの講座が連載されています。鶴田匡夫氏の“光の鉛筆”,本宮佳典氏の“波動光学の風景”などです。これらの講座とはどのように違うのでしょうか。新連載となる「玉手箱」ならではの醍醐味をお聞かせください。
波多腰:これから始めようとしますので,必ずしもはっきりとしたことは申し上げにくいのですが……。われわれの「玉手箱」では,光エレクトロニクスの中でも主にレーザーなどのデバイス,半導体材料,光通信とか光ディスクなどシステムについて見ていくことにしています。筆者等がずっと研究してきた分野がそこにあるからです。
伊賀:われわれはこれまでにないものを作っていこうという研究でしたので,新しい材料を作ったり,デバイスを考えたりするとき,電子の性質,光の気持ちが分かるところまでとことん考えて来たわけです。それらを少しでも思い出しながらご紹介したいと思っています。
編集子:そして,この連載のタイトルですが「玉手箱」というのは?
伊賀:最初,「光エレクトロニクス―その原理と魅力―」として準備してきました。ただ,上記の鶴田さんや本宮さんの講座よりもう少し気まぐれで,物質やデバイスについても触れようと思っているので,開けてびっくりの堅苦しくないタイトルはないかと考えてたものです。いかがでしょうか?
波多腰:開けると真実が分かってしまうというニュアンスもありちょっと刺激的で,書こうとしている意図に合っていてよろしいのではないかと思います。
編集子:「光エレクトロニクスの玉手箱」に大賛成です! インパクトがあり,何よりもワクワクする感じが集約され,タイトルを見ただけで好奇心がかき立てられます。
伊賀・波多腰:本連載を始めるきっかけは,後藤顕也さん(元東芝(株),元東海大学教授,日本学術振興会光エレクトロニクス第130委員会・委員長)のお薦めによります。ご助言に対し深く感謝いたしたく思います。また,これからの連載には,応用物理学会・日本光学会・微小光学研究グループのこれまでの活動と,これからの研究会からの知見によるところが大きいと考えています。併せて感謝申しあげます。
参考文献
1)応用物理学会/日本光学会・微小光学研究グループ企画・編集,伊賀健一監修,波多腰玄一執筆:“光エレクトロニクスの周期表”,Microoptics News 30,No.4(2012) 付録
コラム
この連載では,気楽にちょっとした迷い道に入ることがあります。これをコラムとして書いてみます。今回は,インタビューの中に出てきた,レーザー発振の実現者メイマンとジャズピアニストのオスカー・ピーターソンについてです。筆者等はメイマンの論文を読むところからこの道に入ったわけで,彼の論文はレーザー研究のきっかけになったひとつです。一方,筆者等は,というより波多腰の方がオスカー・ピーターソンに傾倒していて,2人で“Duo21”を結成してピーターソン風を演奏してみることになったわけです。
Duo21を始めたころと前後して,メイマンおよびオスカー・ピーターソンの自叙伝が出版されました。それらの本のタイトルにどちらもオデッセイ(Odyssey)という言葉が使われています(図)。映画の「2001年宇宙の旅」も原題は“2001, A Space Odyssey”で,英雄オデッセウスの放浪の冒険を記した叙事詩に由来して,「未知への長い冒険の旅」という意味があるようです。
メイマンは米国で生まれ,晩年をカナダで過ごしました。一方オスカー・ピーターソンはカナダ出身で,晩年は米国,メイマンと同じ2007年に亡くなっています。2人が会ったことがあるかどうかは分かりませんが,ほぼ同じ時代を生きたということのようです。
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