猫小説【マツコの部屋】著作:椿
猫小説【マツコの部屋】著作:椿
その部屋にはやたらデカイ図体をした猫がいた。いや、部屋というよりかは仰向けに寝ている俺の腹の上に居座り続けていた。
猫の名前はマツコ。なぜ、そんな名前にしたのか謎である。先ほど述べたとおり、マツコは大きい。悪く言えばデブい。そして、怠慢な猫である。
猫は一日の大半をまったりと寝て過ごすものだが、マツコは文字通り、食うことと寝ること以外なにもしない。厄介なことにヤツの一番のお気に入りの寝床は俺の腹の上だ。
この日も息苦しさに目を覚ます羽目となった。
「おい。マツコ、重いからどいてくれよ」
「……」
「お前デブいから苦しいんだよ!」
マツコは返事をしない代わりに尻尾をべしべしと俺の顔面に打ち立ててきた。
ほう、そっちがその気なら無理やりにでもどいてもらおうじゃないか。
俺はマツコごと上体を持ち上げようと腹に力を入れた。だが、
「アンタ、あたしごと身体を動かそうとしていない? そんなの許さないわよ」
いつの間にか目を覚ましていたマツコがぎろりと俺を睨みつけながら言い放った。何コイツ、猫の癖に生意気な。と思うが、コイツはこういう奴だ。
ついでに、俺も俺でマツコの気持ちを『言葉』として理解できてしまうのも面倒である。
「許さなかったらなんだよ?」
目を細めるマツコ。
「そうねぇ……。今夜はアンタを寝かせないわ。ずっとあたしの相手をしてもらうの❤」
一瞬の間と共にマツコは笑みを浮かべたかのように朗らかな顔をした。まじこの猫なんなん。口調もマツコデラックスみたいで気色悪いし。あとオスだし。いや、メスだったらいいとかという話でもないが……。
「それは勘弁してくれ。明日は仕事で早いんだ」
「でしょ⁈ だったら、アンタはあたしがいいと言うまで動いちゃダメよ」
「それは困る。このあと彼女とデートの約束があるんだから!」
俺にも譲れないものがある。マツコより彼女。それは当然のことだ。
「あんなぶっさいくな女のどこがいいのよ! あたしの方がいいじゃない」
「いや、お前オスだし……。そもそも猫じゃん」
「オスとかメスとか猫か人間か、そんな細かいこと言うんじゃないわよ‼」
マツコはしゃーっと声を荒げ、尻尾を太くした。
「いやいや。細かくないし。だいたいお前にとってはそれでいいかもしれないけど、俺が困るの」
「嫌だったら嫌だ。あたしもう怒った! もう意地でもここからどかない」
マツコはふんっと小さく喉を鳴らすと瞼を閉じて、わざとらしい寝息を立て始めた。うぜー。
こうしている間にも刻一刻と差し迫る約束の時間。俺は最終手段を取ることにした。
「あぁーあ、マツコのために買ってきた鰹節を起きたらあげようと思ったのにな。寝てたらあげられないな。残念だなー」
限りなく棒読みに近かったが、そんなことはどうでもいい。
マツコはぴくりと耳を立て、むくりと顔をあげた。
「あんた、そういうことは先に言いなさいよね!」
デブ猫とは思えない機敏な動きで俺の腹から飛び降りた。そして、俺の頬に顔をすりつけてごろごろ言い始める。
おい、さっきまでの怒りはどこにいった……。