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芸術の役割を教えてくれる名場面
『スイミー』で知られるレオ・レオニさんの絵本で、私たちに芸術というものの役割を教えてくれるように思えるのがこの本です。
のねずみのフレデリックは、仲間が冬に備えてトウモロコシや小麦やわらを集めている時にも何もしていないように見えるので、仲間が「どうして君は働かないの?」とたずねます。
フレデリックが、「働いてるよ、寒くて暗い冬のためにおひさまの光を集めてるんだ」と答えたり、「色を集めてるのさ、冬は灰色だからね」と答えたりしているうちに、やがて冬がやってきます。
イソップ童話のアリとキリギリスのお話ですと、夏のあいだ働いていなかったキリギリスが食べ物がなくなってアリに助けられるので、このお話も似た展開と思いきや、むしろ働いているように見えなかったフレデリックが仲間を助けるという意外な展開に驚かされます。
石の間のかくれがにこもったのねずみ達が、冬になり食べ物もなくなって、話のタネも尽きた頃、仲間がフレデリックにたずねます。
「君が集めていたものは、いったいどうなったんだい?」
すると、フレデリックは「目をつむってごらん」と言ってから、おひさまの光や、花や葉っぱの色の話をしはじめ、それを聞いた仲間達は実際に色を見るような思いがし始めます。
レオニさんは、仲間のそんな様子を「心の中にぬりえでもしたように、はっきりと」いろいろな色を見るのだった、と書いています。
なんと素敵な表現でしょう。
じつは、このお話は、レオニさんがイタリアで活動していた時代の実体験に裏付けられたもので、第二次世界大戦前にナチスがドイツの先進的な美術学校バウハウスに弾圧のため踏み込んだ折りには、バウハウスのメンバーをイタリアに呼び寄せて助けたりしています。
1980年、日本に来られたレオニさんは、ナチスがバウハウスに踏み込むことを知り仲間と集まって相談した「忘れ得ぬ夜」のお話をされています。絵本『フレデリック』に書かれた「冬」のきびしさは、この「忘れ得ぬ夜」の記憶と無縁ではないのでしょう。
この絵本でフレデリックが仲間に色の話をする場面は、そうした灰色の季節に色を心に届けることの大切さを私たちに教えてくれているように思います。灰色の季節に、人々の胸に温かな色を届けることこそが、芸術の役割であることを教えてくれる名場面であるように思います。
私自身、灰色だった思春期に、絵の本の色に救われていますから、なおのことそう思えるのかも知れません。