お盆こそ、ぶっ飛ばす
お盆の羽田の出発だ。この時期はお客さんが多く時間がかかるから、僕たちパイロットやCAも早めに飛行機に来て準備をして、予定よりも早くお客様の受け入れ態勢を整えた。しかし、お客様がなかなか現れない。
この便はターミナルビルから離れたところにあって、お客様は歩いて飛行機に来れない。それでバスに乗ってやってくることになっている。僕らはそのバスを待っているのだけど、なかなか来ないのだ。
出発の15分前になって、やっと1台目のバスが来てお客様を飛行機に乗せて去った。しかし次のバスが来ない。
通常、2台目のバスはそんなには遅れることはない。最後のバスは、お客様を最後まで待つこともあるのでなかなか来ないこともあるが、通常2台目のバスはすぐ来るものだ。
しばらくして、やっと2台目が来た。お客さんがたくさん乗っている。と思ったら、さっきと同じバスだった。バスのナンバーが同じで、運転手も同じ人だ。
なるほど、バスが足りないのだ。昨今の人手不足のせいで、空港のバスの運転手さんも足りなくなった。バスの運転手が足りないので、一台のバスが一機の飛行に割り当てられてピストン輸送をしている。僕らの飛行機あるところはターミナルから結構離れたところなので、一台のバスでピストン輸送するのでは確かに時間がかかる。しかもお客様はお盆で満席だ。
やっと最後のバスが来て全員のったと思ったら、すでに15分遅れ。でも、まだ貨物のドアが閉まっていない。お盆の時期は里帰りでお土産が多いのか預ける荷物も多く、貨物の搭載に時間がかかる。これは人手不足はあまり関係ない。仕方ないことだ。
インターフォンで下にいる係員と話す
「あと、どれくらいかかりそうですか」
遅れているイライラする気持ちを抑えて、全然気にしてないですよみたいな穏やかな声音で話す
「もう、最終確認ですから、あと2〜3分か〜やっぱり4分くらいかかるかもしれません」
「了解しました。お願いします」
急げとは言えない。
こういった場合、「2〜3分かかる」と言ったら4〜5分かかるものだ。「やっぱり4分くらいかかるかも」っていうのが本音の冷静な部分が妥当なライン。頑張る方は、常に早くしようと気持ちが前のめりになってしまって、希望的観測で時間を測る。時間を管理する側の僕は、その事を理解しておかなくていいけない。実際はそれ以上かかるかな、という心づもりでいる。
これは、整備処置の時もそうだ。たまに機体に不具合があって、次の便の時間が迫っているのに整備処置が必要になる時がある。整備処置に時間がかかると、出発が遅れてしまうストレスフルな状況になる。そんな時の整備さんは「絶対に時間内に終わらせてやるぜ!」ってやる気満々の状態だ。そんな状態の整備さんに「どれくらいかかりますかね〜」って聞くと、整備さんは「30分で終わらせます!」って目をギラギラさせて言ってくれるのだけれど、実際は整備処置だけではなく書類の整理とかもあって1時間くらいかかるものだ。だからお客様には「整備処置に1時間程度かかります」と一番最悪のケースでアナウンスをすることにしている。
よく映画とかアニメで、主人公が追い詰められた時に「4分かかる?2分でやれ!」ってカッコ良く言うシーンがある。それで映画の中では2分で作業が完了して主人公たちはギリギリの状況を脱出するみたいな話があるけど、あれは映画だからできる話で、実際は絶対に無理だ。
それで結局貨物の搭載に4分かかった。これで20分くらい遅れてる。もうこの時点でどんなに頑張っても定刻にはつけない。急ぐ気持ちも焦る気持ちも無くなって、諦めた悲しい気持ちになってしまう。心の中で「あ〜あ、定刻に到着させたかったんだけどな」とぼやく。
管制官に「リクエストプッシュバック」と言って出発を要求した。でも、他の飛行機が周りにたくさんあってできない。泣きっ面に蜂だ。結局25分近く遅れて出発した。
プッシュバックしてエンジンをかけながら、ガッカリした気持ちを切り替えようとする。ダメだ。諦めてはいけない。最善を尽くせ。さっきまで離陸滑走路に向かっていた飛行機はたくさんいたけど、ちょっと途切れたから、実は今は空いているんではないか。そんなことを考え出す。地上走行で飛ばせるんでない?飛ばせば、少しは早く離陸できるのではないか。
滑走路と並行な地上誘導路に入ると、はるか先の滑走路末端に2機の飛行機いるだけ。よっしゃ、空いてる。それからは、直線の地上誘導路をガンガン飛ばす。もう離陸すると勘違いするお客さんもいるんじゃないかってくらい飛ばす。
ありがたいことに、そう待たずに離陸できた。定刻は無理だけど、これ以上遅くならないようにスピードを出せるだけ出す。コンピューターに最大のスピード入力してみる。なるほど、このままいけば25分遅れを10分遅れくらいにまで短縮できる。頑張るぞ。
上昇中、CAのアナウンスが聞こえてきた。「20分程度遅れる見込みです」と言っているようだ。「ちっ、20分?そんなに遅れてたまるか!やってやるよ、縮めてやる!」とさらにやる気とスピードを出す。もちろん、お客様に謝るもの忘れない。「遅れまして大変申し訳ございません」と平謝りだ。「このまま飛行しますと、15分から20分程度の遅れになります」となるべく悲観的な時間で言っておいて、その裏でオラオラ〜とスピードを上げている。
結局、12分遅れで到着した。