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山にもらったこと 「今の自分の、気力と体力でできること」〜ヒマラヤ山行篇⑤ロブチェBC→ロブチェピーク登頂→ロブチェBC

ヒマラヤ8日目、ロブチェ1日目。
3日前くらいから続いている軽い頭痛が気になる。軽度の高山病症状なのかな?気のせい気のせいと言い聞かせる。
今日は朝からトレーニング。ロブチェピーク登頂に必要なアッセンダー(登高機)を使った登攀と、エイト環を使った懸垂下降の練習を、現地の岩場で行います。日本出発前に近藤さんのクライミングジムでも、ピナクル(人口岩塔)を使っての練習はしたけれど、外岩で、ましてや現地となると当然1からやり直しで。(大汗)

(実際にロブチェピークに向かう途中にある岩場で練習。)

それでなくても運動神経が鈍く且つ岩場が大苦手な私・・・シェルパの方やスタッフガイドについてもらって、四苦八苦。

(緩斜面を上るのもママならいっ。苦笑)
(懸垂下降しない時はアッセンダーで降りるんだけど・・
もうわちゃわちゃ。大苦笑)

こんなんで本番登れるんかいな?!?!と、やればやるほど不安が募る。

(笑って誤魔化してる場合じゃないーーー)

午後も、ロッジの裏の斜面でも繰り返し練習。もうなるようになる!と信じるしかない・・近藤さんが言ってたじゃない、「何があっても助けてくれるガイドがついてるのに、なぜ挑戦しないの?」と!そう大丈夫!!

9日目。ロブチェピークのC1(キャンプワン)に向かってスタート。
昨日の練習地点を越えて、岩山をどんどん上がっていきます。

(何をしていても、不安げな様子の私)

夕刻、C1(5600m)に到着。すでに現地スタッフの方々が、氷上にテントを設営してくれていて(本当にありがたい)、あとはここで休んで翌日の登頂に備えるだけ・・なのだけど!

(凍った岩の上のテント。中には厚いマットレスが敷かれていて、少しでも冷たさ寒さを凌げるしつらいが・・いたせり尽くせりです)

10日目、早朝3時起床。ついに登頂を目指す時が。
SPO2を測ってもらうと、なんと50%を切っているという。マジで?もう死人じゃん?!悪いのは自分、昨夜間はトイレを、しなかった。夜間にテントの外に出るのは危険なので、テントの前室でPボトルにするように言われていたけれど、する勇気がなく、水もあまり取っていなかった。頭痛も昨日までより酷くなっている。実は仲間の一人が、C1に上がる日の朝に4900m地点のロッジでSPO2が60%を切っていてその後も上がらず、近藤さんから登ることを止められていた。これじゃ私もダメだと言われる、自業自得だ。「留守番でしょうか・・?」恐る恐る聞く。水をガブガブ飲んで深呼吸を繰り返すようにと促され、SPO2値は80台まで上がった。「登らせないわけないだろ」と励まされて、ほっとする、と同時に不安もマックスになる。頭が二日酔いの時のような痛さで、かがむと気持ち悪くて靴も履けず、なんと近藤さんに履かせてもらうという始末。頭が痛い、気持ち悪いと呟いていると「自分がちゃんと高度順応できなかったのに泣き言を言うな」と喝を入れられる。けどその後もふらふらでハーネスやアイゼン装着が自分でできず、シェルパのチェパさんが施してくれる。こんなので登れるのだろうか??

(それでもユラユラと歩き出す私・・)
(他のメンバーはどんどん先へ・・写真は他の人が撮りました。私は全く余裕なし)

私は最後発、前にも後にもシェルパがついてくれている。相当やばい状態だったんだ、それでも上らせてやろうとしてくれる。山の状態も悪くて、温暖化の影響か本来は積雪の上をざくざくと上がって行くはずが、岩剥き出しの所が多く、アイゼン歩行がとても困難。(後に近藤さんも、コロナ前に来た時と全く変わっている、難易度が上がっている。と話してらした)

(皆が普通に上がる斜面も、這いつくばってる私)

ザックにはダウンと水しか入っていないのに、重くて背負っていられない。ハイドレーションのチューブを手で探ることもできず水が飲めない。シェルパのダワさんがザックを背負ってくれて、水を自分のボトルから飲ませてくれる。

(私のザックを背負ってくれてるダワさん、呆然とついてついていく私。天気だけは最高に良い!)

あんなに練習したアッセンダーも、取り付けにモタモタし、ダワさんが都度取り付けてくれる。私は使って登るだけ。ここまでしてもらって、登頂できずにいられるか!けれど、とにかく苦しい。何度「ここで下山させてください!」と言いそうになったことか・・!
いつの間にか前にいてくれたシェルパは他の人に付き、ダワさんが私にずっと付き添ってくれるようになった。なんとか彼に応えたい、いや自分のためだ、登きりたい!必死で歩き続け・・やがて、頂上直下の開けた場所に。

(頂上から見た、直下の開けた場所。私には撮る余裕なし!※写真:ゴーゴーお片付け・アキ社長)

ここで私は強烈な尿意に襲われ!「トイレはどこで・・」と言ったら、シェルパエースのティリンさんに「ナオさん、ここヒマラヤ、6000m越えてる。トレは自分でなんとかして」と。もちろん承知ですっ、向かって右手の窪みに降りてハードシェルを腰に巻いてしゃがむ。なんだってできますとも!

なんとかスッキリしたところで、最後の氷の斜面へ。もう少し、もう少し、
あと1mくらいの地点で、上にいるシェルパたちに引き上げられて、膝もお腹も付いてしまいながら。何とか這い上がって・・・

(もう格好悪いったらない。でもこれが現実)

ついに・・・!!!

登頂(6119m)!ぜいぜいしながら、ダワさんにただただ感謝。(唇、真っ青。)
そしてダワさんが後ろ手でビシッと指差す先が、エベレスト!(一番奥です)

登頂証拠の写真を撮ったら、即、下山開始。ここからは懸垂下降に次ぐ懸垂下降。またしても私にとっては過酷な時間の始まり。

(直下の広場で皆の登頂を見守ってくれてた近藤さんと。仲間の小瀬さんも一緒に。なんとか笑顔になれた)

下山の間、懸垂下降をせずに歩行で降りる時は、都度、ダワさんが手をつないで歩いてくれる。もうほとんど介護状態(泣)。それにしても高低差500m強の登下山に実に10時間を要して。ようやく、C1に戻ってきました。

(早い人は2時間も前に着いて、お昼寝中)

やっと地に足が着いて、ダワさんと改めて記念写真。本当に本当にありがとう。あなたがいてくれなかったら絶対に、無理な登山だった。

一息ついたら、C1から村まで3時間かけて下山。これがまたしんどくて。目的を果たした後だからモチベーションも上がらず、とにかく苦行。

ロッジでの夕食のあと、キッチンスタッフが登頂祝いに作ってくれたケーキが振る舞われて。
高度順応を妨げると禁止されていたお酒も、10日ぶりに解禁。けれど、疲れ果てて全く飲む気にならず、ケーキの甘さが嬉しい。

(ホスピタリティの高さに頭が下がるばかり)

「今の自分の気力と体力でできることを、なぜしようとしないの?」約4ヶ月前、近藤さんにそう背中を押されて決めた、ロブチェピーク登山。
私はちゃんとそれを果たせたんだろうか?あんなにも助けられて?疲れ切った頭の中を、そんな思いが巡る。とにかく、私のヒマラヤ登山は終わった。
明日は、私たちの最終地であり、エベレスト隊にとってはスタート地のエベレストBCに向かって、出発です。(続く)

2024/04/19 -21












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