『銀座 有賀写真館物語』のこれから
『銀座 有賀写真館物語』は、先日開催延期を発表しました。
会場のビルが6月に取り壊されてしまうため、延期ではありますが作品は大幅な変更が必要になります。(旧)有賀写真館ビルという会場を失ってしまうこと、それを乗り越えた今後についてなど、企画・総合演出のきださおりさんと、プロデューサーの福光りおこさんにお話を伺いました。
延期ができない延期
―まず『銀座 有賀写真館物語』の延期を決めた経緯について教えてください。
福光りおこ(以下、福光):
新型コロナの影響でイベントなどが続々と延期・中止となっている中、このプロジェクトについても想定はしていました。ただ、決定が緊急事態宣言のタイミングとなったのはやはり6月にビルが壊されてしまうということが大きかったです。延期をしたら確実にこのビルでの上演はできなくなる、それがわかっていたからこそ、ビル側にも取り壊しを待てないかなど無理な交渉をお願いしたりもしましたが、最終的には延期という判断をしました。ぎりぎりまで引っ張ってしまったことについては、お客様や関係者の方には申し訳なかったと思っています。
我々チームについては、有賀写真館のビルで『銀座 有賀写真館物語』を上演したいという気持ちはありましたが、厳しい状況も把握していたので、決行、延期など状況をパターンわけしてどんな事態にも対応できるように準備していました。
もちろんどんな状況でもこのプロジェクトを止めることは絶対にしないぞと思っていたんですが、みんなのその想いが顕著に表れたのが延期を発表した2日後に行ったチームミーティングでした。止まってしまう悲しさはありましたが、みんな驚くほど前向きでした。その理由はきだの存在です。
実は、延期を決める少し前に、すでに彼女は延期した場合の場所の候補を出していたんです。延期決定のタイミングで次について話すことで、「絶対に止めない。つなげていくんだ」という強い意志を宣言したんです。その宣言のおかげで、チームもこれは止まらないんだと思えたし、むしろ作品を高めるための時間ができたのだと気持ちを切り替えることができました。
きださおり(以下、きだ):
私はそもそも東京ミステリーサーカスの総支配人をやっていたこともあって、コロナ問題とは初期からずっと付き合ってきていました。従業員の対応などの施設管理と並行で、常にどのプロジェクトも継続できる場合とできない場合の両方の策をとっておくべきだと対応を進めていました。もちろん有賀写真館物語のプロジェクトもでしたが、これについては一番ギリギリまでねばりました。というのも、福光も言っていましたが、ビルの取り壊しがどうしても避けられないからです。
企画のきっかけがビルだったのに、そのビルが取り壊されてしまう、つまり延期ができないプロジェクトでした。だから、ぎりぎりまで感染対策をしながら開催できないかという可能性を探って、3/30にもチームメンバーに、延期という選択肢がない中で策を練って具体的に考えていきましょうと投げかけました。
その翌日の4/1が役者稽古だったんですが、その時点では予定通り開催したいと思いつつも、開催できないかもしれないという不安を誰もが持っている中だったので、「延期になっても絶対に別の場所を探して上演します。だから安心して今から稽古をしてください」ということを最初に伝えました。
結果として4/7の緊急事態宣言を受けて延期を決めたのですが、個人的に冷静に判断すべきだと思っていたのは、緊急事態宣言が出たからウイルスが強くなったのではなく、もともと危険だったものが可視化されただけ、ということです。緊急事態宣言によって危険が可視化されて、人々が抱えていた不安が大きくなったと感じた時に、いくら感染対策をとったしても継続できないと決断しました。
その時に切り替えられたのはずっと前から考えていたから、ということに尽きます。延期になった場合の会場の候補も探していたし、別のプロジェクトですが『のぞきみZoom』というWEBでイマーシブシアターをやることも決めていました。それらのおかげでこの延期は、今あるものをより面白くするチャンスになると信じて切り替えられたと思います。
取り壊されてしまうビルで撮影した作品イメージ
―『のぞきみZoom』は素晴らしかったですね。あのプロジェクトもきださんと福光さんが関わられたのですよね?
きだ:
そうです。もともと私がイマーシブシアターや脱出ゲームを作っている理由に、嫌なことなどを一時間でも忘れて物語に没頭できるとか、日常の世界に戻った時に希望が持てている、ということがあります。3月になってコロナがどんどん身近に迫ってきましたよね。その不安や緊張感の中で生きるのがかなりのストレスになっていると感じるようになりました。コロナで絶望的な気持ちを味わっていた時に、今まさにエンタメによる希望が必要だと思ったんです。
そこで不安な人が多い時に何か夢中になれるものを提供する必要があると思ってやったのが『のぞきみZoom』でした。緊急事態宣言で不安が増すのでその直後に開催しなければと思っていたので、3日後の4/10に開催しましたがそれでも遅かったと思っています。
不安な状況の中で、見るだけではなくて参加して1時間でも没頭できるもので、かつ参加者が自分でアクションできるものを作らなければという一心で、10日間という準備期間でしたがで何とか成功できました。たくさんの人に参加してもらえて、『のぞきみZoom』に励まされたという感想もたくさんいただけて、やってよかったなと思えました。
福光:
もともと『のぞきみカフェ』というWEBを駆使したリアルイベントを同じチームで作っていたのですが、その時のWEBコンテンツが使えたり、スタッフが『有賀写真館物語』にも入ってくれていたり、そもそも私が作ったものだったりという要素があったため、10日という異例のスピードで作り変えることができました。
『銀座 有賀写真館物語』の延期が決まって気落ちしかねない時に、我々チームの前には『のぞきみZoom』を成功させなければいけないという課題がありました。難題に燃えるタイプの人間がそろっているので奮起しましたよね。その流れを作ったきだの求心力、引っ張り力はさすがだと思います。
『銀座 有賀写真館物語』チームメンバーの一部
新しいものを一緒に作っていくチーム
―『銀座 有賀写真館物語』も『のぞきみZoom』もお二人でやられていたということですが、なぜこのチームでやろうとされたのですか?
きだ:
私は、世の中にない面白いものを作りたいという気持ちで作っているので、その企画ごとにふさわしいと思う作り方をしています。
その中でイマーシブシアター系のものは、私自身が新しいものを作りたいと思っているので、新しいものに協力的かつ、新しいものの方がテンションが上がる人と作るほうがいいと考えています。福光はまさに新しいものに燃えてくれるタイプの人ですし、スピード感を持って新しいものを作ろうと挑戦してくれるのが有賀チームです。有賀写真館と出会った瞬間に、これは福光とやるプロジェクトだと思って彼女に企画書を送りました。
福光:
きだとは今回のようにプロデューサーとして関わった企画もあるし、システムまわりの担当として企画を作ったこともありますが、彼女はクリエーターの面もプロデューサーの面もどちらも持っている人なんです。それに対して私は今回はプロデューサーという役割ではありますが、自分のことを実装者だと思っています。アイディアを昇華させて現実に落とし込むことが得意です。きだの企画は企画書の段階で最高に面白いので、それを実現するために何をすればいいかを考えて動くのが私の役目ですね。
写真館、タイムスリップ、おしゃれという三軸
―ではお二人を中心としたチームが『銀座 有賀写真館物語』でやろうとしていたことについてネタバレしない範囲で教えてください。
きだ:
物語を思いついたのはビルに入ってすぐでした。最初はどういうことをやろうとも考えずにただビルを見に行っただけだったのですが、写真館の中にはカメラや家具が残っていて、その上、大量の白黒写真も残っていました。会社の集合写真やお見合い写真、家族写真があって、それを見た時に今まで考えたこともなかったけれど写真館は人間の物語が凝縮された場所なのだということに気づいたんです。
確かに、一般の人は生まれた時や結婚する時などのすごく特別な時にしか写真館で写真をとることはないですよね。その人生の節目が凝縮されている写真館という場所をひとつの物語体験としてアップグレードできないかと思ったことがこの企画を思いついた理由のひとつです。
さらに、この有賀写真館は大正時代に創業して以来、数々の著名人の写真も撮っていて、中でも中原中也の写真として有名なあの帽子をかぶった写真も撮っていたというのが面白いなと思いました。
少しテクニック的な話になるのですが、私はイマーシブシアターを作るときに現実世界と作品世界が分かれたものではなく、混ざり合うものを作りたいんです。例えば歴史上の人物に自分たちが何かすることでだからいま歴史がこうなっているんだというような参加ができればイマーシブシアターの参加型演劇という側面でお客さんが参加する必然性が出てくるんじゃないかなと考えています。
今ある日常は自分があの時行動したからだよというメッセージを作品に込めたいので、その意味で、私は完全にファンタジーのイマーシブシアターを作る気にはなれなくて、むしろ日本の歴史上の人物との絡みがあるものなどを積極的に作っていました。この手法が有賀写真館でも使えるかなと考えたんです。
参加者が大正時代に行って、歴史上の人物に何かをすることで歴史が動いたり、商品が誕生したりというストーリーを作ろうと考えました。最初に考えていたのは中原中也の写真から発想して、実は中原中也の髪型が爆発したようなすごい様子になっていたけれど、参加者が帽子を貸してあげたからあの写真が撮れたんだよというような仕掛けでした。色々と考えて最終的にはラブストーリーになったんですが。
更に私がイマーシブシアターでどうしてもやりたかったことがドレスアップです。ただ、日本でドレスコードを設定するのは難しいという体感があってなかなか実現しませんでした。それが今回、舞台を大正時代にすることで、着物や洋装といった時代に添ったものを着なくてはいけない、しかも写真館で撮影するのだからおしゃれをしなくてはいけない、という設定ができると思いました。写真館、タイムスリップ、おしゃれという3つの要素が瞬時につながって、そこからはもう勢いづいてその日のうちに企画書を書き上げていました。
福光:
その日は18時にきだから素晴らしい場所があったという写真が突然送られてきて、そしてなんと21時に企画書が送られてきました(笑)。
きだ:
こんな場所が残っているなんて奇跡だ!と思いましたからね(笑)。
福光:
確かに、この場所を取ったら勝ちというくらい魅力的な空間でした。きだからの怒涛の連絡を受けて企画書を見たら、その時点ですでに絶対に面白いというものだったので私も絶対やりたい!と思って、すぐさま調整を始めました。
私はきだの三軸をベースにもっと一般的な人にわかりやすく楽しそうだと思ってもらえるためにどう表現すればいいかということを考えました。体験型演劇と聞くと一般の人にはハードルが高く思えてしまうけれど、写真撮影やアフタヌーンティーといった少し特別な非日常体験はかなり流行っているので、それに物語体験を付加したら一般的にも受け入れられやすいのではないかと思ったんです。体験の割合を100にしてしまうと参加者が限られてしまうところを体験50、撮影50にするといいのではないかなど、物語についてはきだにまかせて私は現実的なところを詰めて出来上がったのが『銀座 有賀写真館物語』です。
写真館、タイムスリップ、おしゃれ。徹底された世界観
これからについて
―では、これからについて教えてください。
きだ:
素晴らしい場所を失ってしまうということはかなり痛手です。私は自分の結婚パーティも銀座でやったくらい銀座とレトロが大好きなので銀座でできなくなることは残念ですし、物語も場所がなくなってしまうということありきのシナリオだったので、そこから作り直さなければいけません。
しかし、あの場所ではできなくなってしまったけれど、私が有賀写真館と出会ったように、延期した有賀写真館物語では、お客さんにひとつの新しい場所との出会いを提供できたらと思います。この物語に立ち返りたくなった時にそこに行けばいいという場所を、です。次もそこだからこそできること、そこでしかできないことを考えていきたいと思っています。
シナリオについては、大正時代と写真館という設定は変えません。いまこの状況で人々の求めるものも変わってきているのを感じますが、私は大正時代は現代に近いと思っていて、更に写真館は当時のスタートアップ企業のようなものだったとうことも面白いと思っているので、それらに求められるものの答えがあるような気がしています。しっかり見つめなおし、作品を通して人々を元気づけられるようなものにブラッシュアップしていきたいと思っています。
福光:
時間ができた分、イマーシブシアターとしても更にクオリティをあげたものを作ります。場所やシナリオなど変更しなければいけないものもありますが、一度作品としての土台は固めているし、役者さんもチームも人は変わらないので、状況が落ちつけばすぐに開催できるだろうと思っています。というか、必ず実現します。大正時代、歴史に干渉するイマーシブシアターの作り方、撮影体験、写真館、ドレスアップといった今日お話ししたテーマは何一つ変えないので、今まで見てきてくださった方も安心してまた参加していただければと思います。
そして、Twitterやnoteはこれからも更新していこうと思います。大正時代の知識やこの作品の裏側についてもお話していきたいと考えているので、時間ができた分、我々だけではなく来ていただくお客様にも更に知識などを仕入れてより深く作品を楽しめるようになってほしいと思っています。ぜひフォローしていただき続報をお待ちください。これからもよろしくお願いします!
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『銀座 有賀写真館物語』公式Twitter → @time_aviation
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きださおりプロフィール
「”あなた”が主役の物語をつくる」をテーマに数々のリアル脱出ゲーム、イマーシブシアターをはじめとする物語体験を企画・プロデュースする。株式会社SCRAP執行役員。前役は東京ミステリーサーカス総支配人。代表作には「忘れられた実験室からの脱出」「君は明日と消えていった」「さよなら、僕らのマジックアワー」。など。
福光りおこプロフィール
有賀写真館物語プロデューサー。リアルとフィクションをテクノロジーでつなげる体験を作ることをテーマに、プロデューサーとしてだけでなく、自らシステム作りも手掛け、様々なアプローチで実現する。きださおりとのプロジェクトには「片想いからの脱出」「さよなら、僕らのマジックアワー」などの青春シリーズ。「のぞきみカフェ・のぞきみZoom」などがある。
ありがとうございます。面白い体験を作ることに還元していきたいと思います。