規制改革推進会議の法定後見に関する議論について
はじめに
2024年11月20日に実施された規制改革推進会議第2回公共ワーキング・グループにおいて、法定後見制度の課題と対策が議題となった。
議事録が先日公表されたので、会議の議論を紹介するとともに、私見を述べたい。
地域後見推進センターについて
はじめに、当該会議に出席し要望を提出した「一般社団法人地域後見推進センター」について、簡単に紹介しておきたい。
地域後見推進センターは、東京大学(大学院教育学研究科生涯学習論研究室)が成年後見等の研究を行うにあたり、業務実施団体として設けられた団体である。
「地域後見推進プロジェクト」は東大と地域後見推進センターとの共同事業としての位置づけとされている。
※2015年以前は東京大学政策ビジョン研究センターが市民後見研究実証プロジェクトとして研究を実施し、業務団体として「後見人サポート機構」が設けられていた。現在「後見の杜」の代表を務める宮内康二氏が在籍・主導していたことでも知られる。
市民後見人養成講座を毎年実施しており、ほぼ誰でも受講することができる(受講料は77,000円である)。
また、地域後見推進プロジェクトは全国住宅産業協会と共同で「不動産後見アドバイザー」なる民間資格を創設し、運営を行っている。
現在の代表理事は遠藤英嗣氏である。
会議に登壇した東啓二氏は東京大学大学院教育学研究科特任専門職員であると共に、センターの理事を務めておられる。
会議で提示された論点
会議において東氏が掲げた課題は、主に次の5点である。
後見制度の使いにくさ
申立て手続の負担感
市区町村長申立て時の負担
中核機関の相談先の問題
市民後見養成講座に関する課題
以下、論点を順に紹介・検討していく。
1 後見制度の使いにくさ
一時的な利用、後見人の交代
まずは法改正に関わる問題として、次の2点が提示された。
一時的な利用を認めるべき
後見人の交代を容易にすべき
いずれも法制審議会でも議論が重ねられている重要な課題である。
法改正議論については論点が多岐にわたるため、ここでは詳述を避けたい。ただ一時的な利用については、利用終了後の問題について会議で言及されていたので、この点に少しだけ触れておく。
成年後見制度の一時的な利用を終了した後における支援の受け皿については、大きく分けて2つの方向性が議論されている。
ひとつは「意思決定サポーター」等の権利擁護支援事業を公的に整備する方向性、もう一つは民間の高齢者等終身サポート事業の活用である。
成年後見制度利用促進専門家会議や「成年後見制度の在り方に関する研究会」では前者の普及整備を有力視(前提視というべきかもしれない)しているが、コスト等の問題から、全国的な整備を不安視する声も強い。
一方で、国の認知症施策推進基本計画などは後者に言及(高齢者等終身サポート事業の「健全な発展を推進」)している。
後見の一時的な利用(適切な時機に必要な範囲・期間で利用する制度)の導入は今般の法改正の肝となる部分だが、その成否は制度利用終了後の「受け皿」の整備にかかっている。
この受け皿の問題について委員から質問が出されたのに対し、東氏の回答は「日常生活自立支援事業の拡大も厚生労働省が検討しているようなので、その辺が有効的になるのかな」といったもので、それ以上議論は深まらなかった。日自の拡大で対応できるのであれば苦労はないのだが・・・
親族後見人の選任について
東氏は、後見制度の使いにくさの一つとして、親族が後見人として選任されにくいと主張する。
最高裁の統計によれば、昨年1年間の新規事件のうち、親族が後見人に選任された割合は18.1%にすぎない。
ただし、そもそも親族が後見人候補者となっていた事案が全体の22.0%しかないため、統計上は親族が立候補すれば8割以上の確率で選任されている。
東氏はこれに反論し、裁判所の選任基準が厳しく、親族が後見人に選ばれないことが最初からわかっているから、自分たちが親族後見人となりたい人は申立て自体を控えてしまっているのだと主張する。
その選任基準について東氏は、財産が多額である場合、具体的には流動資産額が1200万~1500万円以上になると親族が後見人に選任されないと説明する。
これは、東氏の理解が誤っている。
一部の家裁を除いて、流動資産額が概ね1200万円以上の場合において非専門職(親族を含む)が後見人になろうとする場合、後見監督人をつけるか後見制度支援信託/預貯金の利用を求められる。しかし後見人の就任自体を拒まれるわけではない。
※極めて高額であったり、財産の管理に専門的知見を要する場合はこの限りではない。
個人的な観測範囲で述べれば、親族が選ばれないからというよりは、親族等が実現したい行為/継続中の行為が成年後見制度利用の下では認められないおそれがあるために、制度の利用を躊躇する、という事案のほうが多い。
こうしたものはおそらく一定の暗数として存在すると思われるので、上記の最高裁統計についても議論の余地はあるだろう。
しかし、これらがもはや主要な要因となりえないほど、身寄りなき高齢者・障害者が増加の一途をたどり、これに対応する形で「成年後見の社会化」が進展し、第三者後見人の割合が必然的に増加したというのが実情である。
成年後見の社会化については、税所真也氏による論考などが知られているが、今日においてはもはや定説といえるだろう。
東氏もこれに異論を唱えるのであれば(まして、東大と共同で地域後見の研究を行っているという触れ込みであれば)相応の根拠を示すべきであったが、先に述べたように親族後見人の選任事情からして理解が危ういようなので、いかんともしがたい。
なお東氏は、後見人として選任される親族を増やすために、次の2点を提言する。
申立て時の後見人選任において、中核機関が家庭裁判所に対し、親族後見人が望ましいと後押しする。
親族にも市民後見人養成講座を受講させ、名簿登録させる。
前者は、中核機関の受任調整機能の一環と整理することができる。
ただし、中核機関としてはあくまで本人を中心として支援課題や支援方針を検討するため、常に親族後見を支持するとは限らない。親族が直接家庭裁判所に申し立てる場合と比べ、親族後見人の比率が上がるかどうかは何とも言えないところである。
行政による介入の度合いが上がることを考えると、親族側からすればむしろ疎ましく感じるかもしれない。
後者の提言については専門委員からも賛同があった。
しかし、親族の負担をいたずらに増やすものであり、親族後見人を増やすという意味では逆効果であると私は考える。
2 申立て手続の負担感
手続のオンライン化
東氏は、後見等開始申立てについて、デジタル化の方向を検討いただきたいと要望を述べた。
しかし、これについては、すでに裁判手続のデジタル化にかかる法改正が2022年~2023年に行われており、後見等開始申立ても今後オンライン化が予定されている。
関連して、本人の面談調査のオンライン実施についても要望が出された。
ビデオ通話等による本人の面談調査は確かに便利ではあるが、画面上のやり取りで本人の心身の状況を適切に把握できるかという問題はある。賛否両論あるところだろう。
申立て時における提出書類の多さ
後見等開始申立て時における提出書類の多さについても論点として挙げられた。
東氏は、申立て時に提出を要求される書類が約30種類に上り、多すぎると主張した。ただし数については最高裁より、15種類程度ではないかと指摘されている(東氏は収入印紙や郵便切手などもそれぞれ1つとカウントしていたようである)。
提出書類によって論点は異なるが、いくつかについては既に簡略化が予定されている。
郵便切手等については、2025年以降、電子納付が可能となる予定である。
戸籍謄本等については、最高裁・法務省の説明によれば新しいシステム構築が検討されており、将来的には提出の省略が予想される。
個人的には「登記されていないことの証明書」の取得が特に面倒に感じるところであり、こちらの取得・提出に関して簡略化をお願いしたいところである。
本人の心身状況や財産・収支状況に関する資料については、本人の支援課題等を適切に把握するという観点もあり、何をどこまで簡略化してよいかどうか、様々議論があると思われる(最高裁からは削減に否定的な回答がなされた)。
なお、現在行われている民法(成年後見法)改正の議論では、後見開始にあたって必要性・補充性の要件を盛り込むことが有力視されている。
その場合、必要性等を疎明する資料が追加で要求されることになると思われるため、申立て手続の負担感は増すかもしれない。
家庭裁判所のキャパシティの問題
関連して委員より、法定後見の利用数が増加する中、家庭裁判所の職員体制は十分なのかとの質問がなされた。
家庭裁判所の負担については、法改正議論でも問題視されている。特に、三類型の廃止、必要性・補充性要件の追加等がなされると、審理に要する手間が大幅に増加するおそれが指摘されている。
なお東氏はこの点につき、審判以外の後見事務は市町村が担うべきと主張している。これはこれで自治体のキャパシティが問題となろう。
3 市区長村長申立て時の負担
複数の自治体にまたがる事案において、自治体間で市区町村長申立ての押し付け合いが起きることがある。
申立て自治体の選択については、2021年に厚労省通知により基準が示されている。
https://www.mhlw.go.jp/content/000983170.pdf
https://www.mhlw.go.jp/content/000983191.pdf
東氏はこの基準について、内容があいまいであり、さらに明確な指針を出すべきと主張した。
これに対し、厚労省は同基準で十分に判断できると反論した。
私は、市区町村長申立ての押し付け合い問題は、基準のあいまいさから生じるものではなく、次の2つの要因からなるとみている。
基準に従えば本来申し立てるべき自治体(通常は送り出し側)が市町村長申立て自体に消極的なために、受け入れ側の自治体が判断を迫られる
いくつかの自治体において、報酬助成の居住地等要件が厚労省の市区村長申立て基準と一致しないために、無報酬案件が生じ、後見人のなり手が見つからず、支援が進まない
(1)は専門委員からも指摘があったとおり、自治体の取組姿勢に差があるために、基準どおりの運用がなされない例である。これについては、各自治体における中核機関の整備を促し、適時に市区町村長申立てが行われるよう、厚労省や都道府県が指導支援すべきものであって、基準の問題ではない。
(2)については制度の谷間が生じている問題なので、市区町村長申立てと同じく厚労省が基準を打ち立てた上で、各自治体に整備を求める必要があると考える。
なお蛇足ながら、会議では触れられていなかった論点として、長期入院などの場合(特に、自宅を引き払ってしまっているとき)に、住民票住所をどこに置くか(置いてよいか)が大きな問題としてある。
成年後見制度の利用有無にかかわらず生じる問題であり、厚労省と総務省の協議等によって指針が示されることを強く望む。
4 相談先の問題
中核機関の相談先として、権利擁護支援体制全国ネット(K-ねっと)の周知や活用が不十分でないかとの議論があった。
K-ねっとの周知状況については、何とも判断しかねる。会議における厚労省の説明を聞く限りでは然るべき周知がされているように思えるが、もっとできることがあるのかもしれない。
他方、K-ねっとは元々権利擁護支援体制の整備のために設けられた組織であり、現に相談対応の大半が体制整備に関するものである。なので、個別の困難事案等についてK-ねっとが直接助言するのが支援フローとして適切かどうか、若干議論の余地はあるように思う。
委員からは、市民から見た相談窓口を明確にさせるため、各地の支援センターの名称を統一すべきといった意見が出された。
この意見については理解できる一方、厚労省から説明があったとおり、若干の問題がある。というのも、中核機関(センター)の役割自体が地域によって様々なのだ。市民からの相談を直接受けているところもある一方、センターは二次相談に徹している地域も多い。別の役割を兼ねている等の理由で、成年後見の名を冠していない場合もある。
中核機関の名称については、中核機関の法制化とあわせ、利用促進専門家会議や地域共生社会の在り方検討会議でも検討がなされている。近いうちに何らかの案が出されると思われる。
なお東氏は、親族後見人や家族と家庭裁判所が対立する場合に、中核機関やK-ねっとが仲介・裁定を行うべきと主張する。
利用促進基本計画でいう後見人支援機能を大きく超える権能を中核機関やK-ねっとに与える構想のように思えるが、司法と行政(なお正確に言えばK-ねっとは全国社協が厚労省の委託を受けて運営している)との関係のあり方として適切なのだろうか。
5 市民後見養成講座に関する課題
市民後見養成講座の修了者が引っ越した場合に、引っ越し先の自治体で市民後見人候補者の登録を行うためには改めて現地の研修を受講しなければならず、不便であるとの問題提起があった。
そして、基礎科目(制度論など)については、免除する、あるいは国等が統一的に講義を実施してはどうかとの提言があった。
基礎科目における統一的なコンテンツ提供については、私も賛成である。
現状はほとんど同じ内容を各自治体がそれぞれ講師を呼んで実施しており、かなりの負担・無駄が生じているように思われる。
ただ、市民後見人養成の方法については、厚労省から標準的なカリキュラムが示されてはいるものの、自治体によって事情は大きく異なる。統一色を強めると、独自路線が強い自治体は反発するかもしれない。
おわりに
会議では市民後見人の養成・活用は当然の前提とされているが、実はこの点が現在大きな問題となっている。
これまで市民後見人候補者の養成は各地で進められてきたが、実際の選任数は思うように伸びていない。また市民後見人の養成は高コストであるとの指摘もある。
そうした中、公的後見の担い手に関する議論は、市民後見人から法人後見支援員、さらには意思決定サポーターへと主軸が移りつつある。すでに、今後の市民後見人育成は予定しないとする都道府県もある。東氏が主張する「市民後見人のニーズが高まっている」とは必ずしもいえない情勢なのだ。
ここは危機感をもって問題提起や提言がなされるべきなのだが、どうも親族後見人の取扱いに主眼が置かれてしまった。その親族後見人にせよ、不確かな知見を前提として議論がなされたため、提言の説得力に欠けている。
よりよい地域後見、また権利擁護支援のためにも、地に足がついた議論を強く望む。