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蝶の舞(第1話)


(あらすじ)
明日香は多自然型河川工法を学ぼうとしている大学4年生。幼いころから虫も殺さない優しい子どもだった。ある日小さな虫かごに蝶を乱雑に詰め込んだ大学生3人に乱暴されてしまう。どんな時も凛として自分の意思を通し強く優しく生きてきた明日香に、どんな結末が待っているのか?

<本文>
(第一話)
梅雨が明けた。前線が刺激した線状降水帯が各地で被害をもたらした。明日香の学んでいる街でも、豪雨の爪痕を残した。国が管轄する一級河川である魚井更川の両岸の河川敷には、最高推移の高さまで草葉がなぎ倒されて、低いところに残された粘土質の泥が、ヘドロの臭いを放っていた。

明日香は大学4年生で、多自然型河川工法についての研究をしていた。研究熱心で、独自の探求心を持って研究に励んでいた。7月18日の午後1時頃に、フラスコと網を持って、川岸に残された滞留物がどんなところからここまでたどり着いたのか、残された物質を拾い集めたり、川に住む生物たちの生態を調べるために、まだ土を含む水ごと、がっとすくい上げて、フラスコや瓶に収めていた。

明日香は蚊やブトに刺されても、決して殺さなかった。自分の肌を貫いて針を刺して、血や体液を吸う昆虫たちでも、殺めたりしない子だった。物心ついた時からそうで、身体には虫に刺された痕がいくつか残っていたが、醜い痕だとは思ったことがなかった。

明日香のそばで、アゲハチョウばかり収集している違う大学の生徒だと思われる見かけない三人の男性がいた。小さな虫かごには大きな羽の色とりどりのアゲハの種類の蝶がこれでもかというぐらい押し込められていて、カサカサカサカサと羽音を鳴らしていた。二十センチ四方のプラスティックの虫かごに、五十羽は強引には根が傷つくことも厭わず押し込まれていた。

明日香は男子生徒の腰元で揺れる緑色の籠の中に何が入っているのか一瞬分からなかったが、分かった途端に自分の持ち物は放っておいて、男性三人に体当たりしていた。虫かごを腰に掛けていた男性はもんどりうって、ゴロゴロと不安定な石が転がる川床に転がって、まだ汚泥を含む場所で、服がしこたま汚れた。

何すんだよ!と三人は明日香に詰め寄った。明日香はキッと強く睨み返して、虫かごを指さして、
「逃がしてあげてください。あまりにもかわいそうです」
きつく抗議した。男たちは虫かごを明日香につきだすと、三人顔を見合わせて、にやりと微笑んだ。リーダー格と思われる一番背の高い学生が挑戦的な声でへらへら笑いながら
「逃がしてやるよ。しかし、ただでは逃がさない。交換条件がある」

そう言って、三人の男性がにやにやしながら明日香に近づいて
「お前が俺らの条件を飲めば、全部の蝶を逃がしてやるよ」
聡明な明日香には男たちが何の条件を突き付けてくるのか理解した。美しい蝶を狭い空間に傷ついたり死んだりすることも厭わずに押し込めるような美学も命の尊さも知らない連中である。明日香は負けてなかった。

「そんなこときいたりしないよ。力づくで闘って蝶たちを逃がせるから。お前らの条件なんて知らねえよ」

強気でそう言った。男たちは頭の悪そうなにやにやした顔で明日香を取り囲んだ。明日香はこぶしをぶつけて攻撃しつつ、男たちの攻撃をかわしていたが、なんなく華奢な手を掴まれて、こちらに来いと奇跡的になぎ倒されずに済んだ葦の茂みの中に連れて行かれて、Tシャツの上から下着に包まれた明日香のやわらかい胸や、白い肌が露出することも厭わず、ジーンズを脱がせて生足にして、弄ぶように乱暴を始めた。

明日香は男たちの好きなようにはさせまいと精一杯の抵抗は示したが、身につけている衣服も下着も脱がされて、三人に好きなように二回ずつ犯されてしまった。とがった葦の葉が、明日香の肌を傷つけても、男たちは容赦なかった。終わった時には明日香の身体のあちこちから血が出て、男たちが強い力で凌辱した跡がただれて充血していた。男たちは満足して、裸のままの明日香を残して、約束の蝶の籠をその場において去って行った。

葦の茂みの中で、明日香は無表情のまま、痛みや悲しみと闘っていた。梅雨明けのぎらつく太陽は眩しくて、目尻からひと筋涙がこぼれた。明日香の身体から、蚊やぶとが好き放題血を吸って、赤くふくらんで、美しい顔もぼろぼろだった。さらに一匹の大きなムカデがくるぶしの付け根を刺した。

しばらく起き上がれずにいたが、近くでかさかさと断末魔に近い弱弱しい羽音になりつつある蝶が気になって、精一杯の気力を振り絞って、虫かごまで這って行った。そして、渾身の力を込めて、プラスティックで二つのパーツで合わせて作られた虫かごを引っ張り割いた。虫かごの中で身動き取れてなかった蝶たちは束になって、葦の上に落ちた。

一瞬時が止まった。それは永遠のようにも思えた。

すべてが止まったのちに、五十羽に近いいろいろな姿のアゲハが一斉に葦原から上空めがけて舞い上がった。傷だらけでぼろぼろになっていた明日香は、一瞬たじろいだがその光景の美しさに見惚れて、破顔一笑、それは女神のほほえみだった。上空をぐるぐる旋回しながら、らせん状に蝶は広がって散っていた。

明日香は何も考えていなかったが、これで良かったと思えた。脚の付け根から三人の男の混じり合った精子がどろっどろっと血と混じって流れていたが、炎天下、下着を身につけて、泥で汚れた衣服を身につけて、明日香は何事もなかったように立ち去った。



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