見出し画像

親族承継で引き継ぐべきものは?実家の豚をブランド化した「みやじ豚のビジネスモデル」

高齢化、後継者不足による担い手の減少…。農業を取り巻く状況は大きく変わりました。「農家は儲からないから子供には継がせない」という先代も。そんな中、次世代の価値観を共有しながら、親世代から子世代へとバトンを繋いだ「みやじ豚」。新たなビジネスモデルで販路を拡大し、みやじ豚ブランドを躍進させた、みやじ豚代表取締役・宮治勇輔さんに、親族承継ならではの課題、それを乗り越えるヒントを伺いました。

宮治勇輔:株式会社みやじ豚 代表取締役社長 慶応SFC卒業後、株式会社パソナに入社。営業・企画・新規事業の立ち上げなどを経て退職。実家の養豚業を継ぎ、2006年9月に株式会社みやじ豚を設立。独自の直販システムとBBQマーケティングで、みやじ豚のブランド化に成功。NPO法人農家のこせがれネットワーク代表。著書「湘南の風に吹かれて豚を売る」https://miyajibuta.com/

画像1
宮治勇輔社長

現代版天下の取りかた

子供の頃から歴史小説が好きで、男と生まれたからには天下を取ってやる!と思っていました。でも今の時代、いきなり隣の農家に攻め込んで畑を占領する訳にもいかず(笑)一国一城の主人って何なのか?と考えた時に、会社の社長だろうと。大学生の頃には起業を目指すようになりました。

朝時間はゴールデンタイム

ですが、どの分野で起業とは決めきれず、漠然とした起業への思いを抱えたまま大学を卒業し、人材派遣会社のパソナへ就職しました。働きながら習慣にしていたのが朝勉強です。入社当時は4時半に起き、支度をしながら経営者の講演を早回しで聞く。電車で日経新聞を広げ。出社前にカフェでビジネス書や歴史小説を読む。そして、自分はどんな夢を実現させたいのか、欲しい物、やりたり事を書き出す。最初のうちは、「フェラーリに乗る」「ロマネコンティ飲みたい」とか(笑)俗っぽいことしか書けなかったんですけど、常に目的意識を持つことで、次第に自分のやりたいことが明確になっていきました。

この朝時間の中で、数冊の農業関連の本にも出会いました。そして、どうしたら養豚業が良くなるのだろうと考えるようになりました…。

大絶賛された親父の豚はどこで買えるのか?

話は、大学時代に遡りますが。野球サークルのメンバーを実家に招いた事がありました。肉質コンテストに出品する際は、豚を生きたまま出荷し、それが解体され60キロほどの肉になって戻ってくるのですが、到底、家族では消費し切れず、庭先でバーベキューをして振る舞いました。すると皆「こんなにうまい豚肉食べたことがない!」と絶賛してくれて。その時、初めてうちの豚って美味いんだと気がつきました。そして「この豚肉!どこで買えるの?」の質問に、頭は真っ白に…。

親父の豚は生きたまま出荷され、地域の銘柄豚として流通し。スーパーに並ぶ時は生産者の名前は消されてしまう。親父の育てた豚を指定して購入することができない…。親父の口癖は「うちの豚が一番!うめえんだ!」でも、当時、僕も親父も、うちの豚は、どこに行けば買えるのか、答える事ができなかったんですね。

農業の定義を変えてみる。

農家の定義を変えてみたらどうだろう?生産から出荷で終わるのではなく、生産からお客様の食卓に届ける所までを、農家が一貫してプロデュースする仕事にできないか?マーケティング、営業、商品開発、レストランのプロデュース…。全部ひっくるめて一次産業として捉えたら、魅力的だし、これなら自分もやってみたい!畜産業を本気で考え始めた頃、「一次産業をかっこよくて、感動があって、稼げる3K産業に」という言葉が閃きました。自分がやりたいのは、今の仕事じゃない…

会社を辞めて、親父の後を継ごうと決心しました。パソナに入社してから4年の月日が流れていました。

写真提供:みやじ豚 (1)

親父に「みやじ豚構想」を語ってみた!

「生産からお客さんの口に届けるまでを一貫してプロデュースするのがこれからの一次産業だ!」実家に帰り、親父に喜び勇んで「みやじ豚構想」を話しました。

「バカか!そんなもんは理想論だ!」

結果は、全く取り合ってもらえませんでした。家族だからこそ感情的になってしまう、頭ごなしの否定は、家族承継あるある。御多分に洩れずといった所です。

親父は何度説明しても聞き入れず、それでも僕は粘り続け、最後は「勝手にやってみろ」って感じでしたね。

農業の問題点=継ぎたくない理由

それからは、みやじ豚は、いったい何ができるかを考えました。そこで見えて来たのが農業の問題点!そしてそれは、過去の僕が家業を継ぎたくなかった理由でもありました。

①「価格の決定権がない」市場出荷は相場と規格の判断で味の評価はなし。どれだけ、美味しい豚を育てても価格に反映されない。

②「生産者の名前が消される」お客様からのフィードバックがない。

親父へのヒアリング

親父へヒアリングを続け、分かった事もありました。みやじ豚の場合、味を決めるのは「血統、餌、育て方」中でも、うちの最大の特徴は「育て方」。兄弟豚だけを一つの小屋で、しかもゆったりしたスペースで飼っている。キレイな環境で、ケンカなしで伸び伸び育ってもらう。畜産業としては生産性を度外視した非効率な育て方ですが、豚が幸せに育てば美味しいんだという考えです。これは僕の代でも「みやじ豚」の核としようと決めました。

パソナを退職して1年。「みやじ豚」として法人化。親父は生産現場の責任者に、そして僕が販売の責任者となりました。

写真提供:みやじ豚 (3)

みやじ流ビジネスモデル

育てた豚は、他の養豚農家と同じように市場出荷しますが、流通の経路を変えました。特定の食肉問屋と契約し、うちの豚を市場から買い上げストックしてもらう。他の豚と混じる事がないので、ここで「みやじ豚」をブランド化する事ができます。飲食店から注文が入ったら、うちが問屋に発注をする。問屋の職人さんが骨を抜いてカットし、宅配便で飲食店に送る。売上と問屋に支払った差額が、みやじ豚の粗利となります。

JA全量出荷のダイレクト・トゥ・コンシューマーモデル(笑)と呼んでいるのですが。このビジネスモデルの優れている所は、ノーリスクで販売ができる所です。お客様から注文を受けた分だけ問屋から仕入れれば良くて、問屋は売れ残ったみやじ豚を神奈川県産豚として流通させる事もできる訳です。

バーベキューマーケティング

ノーリスクのビジネスモデルはできた。でも、多くの方に「みやじ豚」を知ってもらわなければ、このビジネスモデルを生かすことができない。そこで思いついたのが、学生時代に、友人達がうちの豚を絶賛してくれたバーベキューでした。自分で価格が設定できることに加え、お客様に直接うちの豚の良さを伝える事ができる。1回目のバーベキューは20人のお客様でしたが、その後クチコミでお客様は増え続け、100名規模で年間20回を超える人気イベントとなりました。何よりも「みやじ豚ブランド」を多くの方に知ってもらえる最高の機会になりました。

みやじ豚モデルを全ての後継者へ

バーベキューマーケティングが軌道に乗ると、次第に「一次産業がかっこよくて、感動があって、稼げる3K 産業」というミッションは「みやじ豚」だけのもので良いのか?と考えるようになりました。一次産業界全体を底上げするには、どうすればいいのか?農家の後継者不足が問題だと言われて続けているが、それは結果論であって、そもそも問題は、農業のビジネスモデルにあるのでは?

こせがれネットワーク

そこで、立ち上げたのが「農家のこせがれネットワーク」(2008年〜)です。農作物のブランディング化、プロデュース力を養いながら同じ志を持った仲間が集う場です。これまでの先代の生産技術と、新しいビジネスモデルを融合させる。自分にあった農業の形が見つかれば、後継者不足の問題も解消すると考えました。

「こせがれネットワーク」の最大のミッションは、「都心で働く農家のこせがれを、そそのかして実家へ帰すこと」(笑)

六本木でマルシェ、農業実験レストラン、農家スター発掘オーディションなど、生産者とお客様が直接交流できるようなイベントも仕掛けました。立ち上げから10年以上が経ち、SNSで情報交換も容易になり、農業自体が多くのメディアで取り上げられるようになりました。僕らも一定の役割を果たしたと感じ、現在は農業の枠を取り払い、全ての家業の後継者のためのコミュニティ「家業イノベーション・ラボ」という活動がメインとなっています。

全ての後継者の為に

ゼロベースで農業界の課題を考え直した時、辿り着いた結論は「事業承継」でした。さらに事業承継の悩みは、農業界だけではなく、全業界の課題であること。もともと「農家のこせがれネットワーク」はバリューとして異業種の繋がりは掲げていましたが、ここで農業の枠を取り払い、全ての家業の後継者が、次世代の価値観と出会う場所を作ろうと、2014年に家業イノベーション・ラボ(NPO法人ETIC.・エヌエヌ生命との共催)を立ち上げました。

事業承継←業界全体の課題

どの業界にも、共通する課題が「家業」と「イノベーション」です。

①家業の課題「事業承継問題」→先代や古参社員との関係性など、主に人間関係。

②イノベーションの課題「ビジネスモデルの賞味期限切れ問題」→先代のビジネスモデルが時代に合わず陳腐化している、顧客が高齢化している。

後継者が承継するタイミングでビジネスモデルを変えていく事が理想的ですが。すぐに解決するわけではありません。家業イノベーション・ラボでは、家業とイノベーションの問題を皆で切磋琢磨しながら考え、変えていく場所です。実際、ラボに参加したメンバー同士の情報交換から新しいビジネスモデルもたくさん生まれています。

同じ境遇の後継者だからこそ

事業承継の問題はソリューションがあるわけではないのですが、後継者と話をするだけで、ある程度解決できるんですよね。例えば「親父と毎日ケンカなんですよ…」「え?うちもです」「私も意見合いません…」解決できない事がわかった!これも一つの解決です。

もちろん全国各地に後継者の団体はあります。ですが、先代との関係や資金面の相談は、近すぎて相談できないケースも。次の日には、あっという間に町中の噂に…とかね(笑)ですが、全国各地から同じ境遇の後継者が集まり、程よい距離感で腹を割って話せる、家業イノベーション・ラボは、後継者たちの心が少しだけ軽くなる場でもあるのです。

家族内承継を考えている方へ

家業は「先代や古参社員との関係」が大切です。まずは、しっかりと話を聴くこと。さらに自分の考えをしっかりと伝える事。「考えが合わない」と辞めていくスタッフがいる現実を受け入れる必要もあります。新しい取り組みには反対される事も多い。でもそこは決して引き下がらずに形にする。まず小さくていいので、成功事例を先代と共有する。

はたまた、これまで紙伝票で処理していた伝票をデジタル化する。ここで大事になるのが、古参社員とどうコミュニケーションを取っていくのか。良いものだからと一方的に押し付けると、システムは使われず紙伝票のまま変わらないでしょう。こうしたケースは、システムを毛嫌いしているけれど、社内で影響力のある年功者と粘り強くコミュニケーションを取ります。一定の理解を示してもらえれば、周りの社員を引っ張る役割を果たしてくれます。そして、ビジネスモデルの賞味期限切れ問題について、一概には言えませんが、まずは売り先・売り物、売り方を少しズラしてみましょうとお伝えします。

100年後も地域に誇れるブランドへ

「生産からお客様の口に届けるまでを、農家が一貫してプロデュースする事」がみやじ豚のコンセプトですが、現在の生産、卸し、オンラインショップに加え、食品加工や飲食店などトータルで食が学べ、若者がみやじ豚で働きたいと思えるような企業にする。これまでの原動力は「一次産業を、かっこよくて、感動があって、稼げる3K産業に」することでしたが、このミッションは業界にも浸透した感があります。15年周年を迎えた今期、このミッションを対外的に発信することは控え、「みやじ豚」が100年続く基盤を整えることを次の15年の仕事にしたいと考えています。

成功をみやじ豚だけに終わらせず、一次産業全体を底上げするため奮闘した宮治社長。こせがれネットワーク・家業イノベーション・ラボを通じ、全国の後継者たちが、家業と新しいビジネスモデルでイノベーションを起こしています。美味しい農産物、ものづくり技術、地域の伝統が、事業承継を経て次の100年へ繋がりますように!宮治社長有難うございました。

いいなと思ったら応援しよう!