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20241005

 諸般の諸々の帰り道、丁度10:00を迎える頃に、インターネットでコンサートのチケットなんかが手配出来るウェブ‧サイトに行こうと思って、繋いでみるも、なかなか繋がらず。
 今日はソウル‧フラワー‧ユニオン、久しぶりの大阪公演「年末ソウル‧フラワー祭」のチケットの発売日でもあるので、早急にチケットを手配せねばと、心が逸った。あれやこれやと試みて、何とかチケットが手配出来て発券する事が出来て、年末に向けて楽しみが増えた。

 それから、自宅に戻って、ずっと考え続けている、3日程先の不意に貰えた休みの過ごし方について考えていた。
 少し無理をすると、台湾2泊3日位の行程で行けるかも知れないと、あれやこれやと往路、復路の行程と、台湾での過ごし方について色々と調べたりする。
 こう行けば、ここで宿泊をして等々。調べたりしている間に、どうも10日に予定している帰国の日、どこの航空会社、溜まったマイルを使うにしても、LCCの航路でも、復路の飛行機の運賃が他の日に比べて、値段が異様に高い。何か訳でもあるのだろうかとインターネットで引いてみると、台湾では何やら、建国記念日とされる「双十節」との事で(曖昧な記憶によると)働く人の賃金が普段より、高く支払われ、その分、移動するのにも値段が高くなるとの事だった。
 長い間滞在するならまだしも、2泊3日程度で、飛行機の運賃が1.5倍になるのもどうかと思うも、なかなか諦めきれない。
 変動する飛行機代と睨めっこをしながら、台湾行きを考える。
 考えるも、何と無く。諦めの雰囲気も漂っていて、この時機で無くとも、近い内に行ける様に、これが台湾行きの引き金になれば良いなとも思いながら、色々と調べ物をしたりする。
 台湾行きは当日が来るまで保留というか、考え続ける事にして、もうひとつ、それ程遠く無い国内旅行なら、何処へ向かうと良いのかを考えてみると、北陸辺りが丁度良いだろうと思った。
 北陸であれば、当日、行き当たり場当たり的に向かっても何とかなりそうだと。
 よくよく考えてみると、旅行を計画するにも、行き当たり場当たりな場合が多くて、今まで旅行をするのに、目的をはっきりとさせて向かった事なんて殆ど無い事に気が付いた。それが良いのか悪いのかは知らないけれど。

 で、今日は「年末ソウル‧フラワー祭」のチケットの発売日でもあると同時に、大阪は梅田、阪急東通りの端にあるライブハウス「ムジカ‧ジャポニカ」にて、ソウル‧フラワー‧ユニオン、中川さんのライブに伺う予定になっていて、旅の計画をぼんやりと考えている間に、家を出発する時間となって身支度。
 10月になっても暑い。それが夏の暑さとは少し違う様な気もして、気持ち的にも秋という気分にもなれず。
 きっと、これは四季から溢れた季節だろう、という様な事を考えながら、自転車をいつも駐める駐輪場まで漕いだ。
 駐輪場から駅までは徒歩で。数分も掛からない位の駅に近い駐輪場。

 いつも梅田に向かう時の要領で、普通電車に乗って、特急電車に乗換え駅で乗換。
 大阪梅田駅では一番前の三階の改札口が今日伺う、ムジカジャポニカに一番近いので、電車も一番前に乗る。
 乗って、揺られて、淡路駅。お客さんの出入りが激しく、一番前の場所が空いたので、そこに。
 淡路駅の高架化工事が終われば、この景色は夢の跡となってしまうだろうと、その眺めを記録するべく、電話のカメラを運転室の後ろのガラスに当てて、前方の眺めを記録する。

ワイパーの跡。

 線路の数が4線なのに、ホームは5号線まであって、淡路駅の謎は高架化されても引き継がれるのか。きっと、されないだろうなとか思いながら。
 4号線から発車した、大阪梅田行きの特急電車。
 トンネルの中を往く様な、崇禅寺駅まで。この線路の跡はどうなるのだろうか、とか、高架化された駅の配線を想像したり、今走っている線路の場所は、遊歩道が出来たり、商店が出来たりとかするのだろうか等々。考えながら。

廃線跡(高架化でも言うのでしょうか)はと。

 前に並行に敷かれた線路の先が、JRの線路を潜る前に、かなり昔、国鉄の東海道線の線路跡も高架化で面積が小さくなって行って、ここに線路が敷かれていたと云う事も忘れられて行くのだろうか、車窓からの眺めにそんな事も。
 そうして、電車は十三駅に停車して、淀川を渡る。休日の様相の河川敷を越えて、川は大きくて、水が佇んでいる様にも見えて、大きな流れがそこに在るのだろうかと、結局、川を渡る間、流れているのかが分からず。そうして左岸に到着すると、何やら、地下を走る高速道路の工事が進められていて、そんなに多くの道路を走らせてどうするのだと思う。

淀川を渡る。

 そんな事を考えている間に、大阪梅田駅。電車が線路が続かないホームに到着して、突き当たりにある自動改札機を通って、幼い頃には、きっとここが日本で一番長いエスカレーターだろうと思っていたエスカレーターを降りて(今では、そんな事は無くなってしまいましたが)、西から東へ、東から西へと往来の激しい人波の中を横切って、ここに昔はムービングウォーカー(動く歩道)が何台も並んでいたのになと思いながら、それが実はJRの高架下だったと改めて思って、ナビオ阪急と阪急ファイブに向かう信号を渡る。
 街は人だらけ。

観覧車。

 少しゲンナリもしながら、新御堂を渡って、人混みを避けて裏通り。
 街は変わる。
 そんな事を思いながら、いつの間にか開場時間の10分前となっていた阪急東通りの端にあるムジカジャポニカに到着。

到着。(指が写ってしまっています)

 この土曜日の感じが何とも。梅田の人混みもここに来る為の前振りの様なものだと思う事にして、開場時間を待った。

 待つ間も土曜日を堪能。

 開場して、自分の番号が呼ばれてお店の中。だいたいの場所に腰を掛けた。

 前回、開演前にカレーライスを食べて、美味しかったのだけれど、お腹がいっぱいになってしまったので、今回は控えた。その分、お酒を堪能しようかと。
 ビールからスタートして、飲み過ぎるのも良く無いと思いながら、土曜日の夕暮れ時を過ごした。
 18:00の開演時間を迎えて、出囃子から大盛り上がり具合に背中が震える。
 「戦火のかなた」で幕が開いて「A Pair of Brown Eyes」と続いて、今も尚続いている世界の戦地を思い出して、遠い所に居るけれど遠い場所では無いと、地球に生きている事を思う。
 それから夏に亡くなった女優さんジーナ‧ローランズさんの話。映画「きみに読む物語」の出演のエピソードから「ゆりかごの街」に続いて、頭の中にその光景を浮かばせた。矢継ぎ早で、ギターリフとサビが印象的な「リザードテイルの詩」。バンドアレンジを早く聴きたいと思いながら、次のアルバムに収録される音を想像しながら拝聴。
 中川さんがギターの調律をしながらMCで、思い出すのはいつも横網町公園から通りすがった事のある、八広、荒川の土手。また東京に行った時に尋ねてみたい場所。サビのメロディーラインが胸に刺さる「千の丘の足跡」。
 それから山之口獏さんの書いた詩にそんなに深い意味があったのかと、改めて思わされたのと同時に、100数年前の震災後の東京の光景を。読んだ物語や何やらから引っ張って来て、頭の中に思い描きながら「生活の柄」を拝聴すると、曲の味わいが増した。
 そして、一部の終わりに、新曲が披露される。「始まりはいつもひとりの道」。歌詞を聴き逃さない様、歌の光景を頭の中に広げながら聴くと、夕暮れ時の切なさに似た様な気持ちに。

 余韻に浸りながら二部を待つ。ハイボールや何やらを注文して、土曜日の夕間暮れ。

 二部は「雑種天国」からスタート。35年前になるのかと。昔、購読していた、「宝島」がまだ面白かった頃に打たれていた広告のインパクトで、当時から曲のタイトルは知っていて、まさか35年後に、聴いて、歌うのがこんな楽しい曲だったという事を知る様な、不思議な感覚に陥っていると、続け様に「秋の夜長」が少しテンポを落とした様な感じで演奏されて、それがまた何とも。
 それからMCで御堂会館の話となって、その公演から5年後に作られたという「満月の夕」が。この曲が世の中にあって良かったと。
 それでソウル‧フラワー‧ユニオンを知る事が出来たのだからと思うと、感慨深くなった。曲の後 のMCで「満月の夕」の話。
 ガガガSPの「満月の夕」も良いなと思っていると、続いて、夕暮れ時に似合いそうな「空を見ろ、流れ星!」で、誰かを待つ夕暮れ時の光景がまた頭の中に描いた。
 続いてクラッシュのカバー「バンクロバー」で「空を見ろ、流れ星!」からの流れで父親の事を唄った流れだったのでは無かったかと。
 3コーラス目の歌詞が更新されていて、そこに心を奪われた。
 そして「帰って来たヨッパライ」の7インチが欲しくなったMCと、次に演奏される唄の歌詞の悲しさの訳を知って、やはりやり切れなくなった。それで演奏されたのが、イントロのギターのアルペジオが印象的な、フォーククルセイダーズの「悲しくてやりきれない」で底なしに悲しい時がやって来た時、この曲で何とか乗り越える事ができるだろうかと考える。考えても、答えは出ないけれど。それからニーナ‧シモンさんのカバー「Ain’t Got No /I Got Life(私には生命がある)」が何とも圧巻で二部の幕が降りた。

 二部と三部の間、何度となく味わう、ライブが終盤に向かう寂しさを感じて、それを味わう様に。ハイボールを頂いて三部の幕開けを待った。

 ライブの告知とアルバム「ワタツミ‧ヤマツミ」のLP化の告知があって、年末から年始が楽しみになる。年始のお賽銭の曲が面白かった。三部の一曲目が「レプン‧カムイ」で始まって、いつだったかのお正月を過ぎた頃の日本海の夕暮れ時の光景を思い出す。
 そして「石畳の下には砂浜がある」東京のバス停の小さなベンチが頭に過って、どうしてあんな事件が起こってしまったのだろうかと考える。考えても答えは出ないだろうけれど、何か、解決に向かって小さくても一歩を踏み出せたらと、自分なりに考える。
 から「いのちの落書きで壁を包囲しよう」が演奏されると、様々な顔が頭の中に浮かんで、ここに来ているだろうか、なんて事を思った。
 三部の終わり「夜に感謝を」の名曲さ加減に悶絶。言葉を失ってしまう位の。

 本編が幕を下ろした。

 アンコールが中川さんの鳴らすギター、高音部のフレーズが美しいなと、うっとりしてしまう「Blackbird」から、意表を突かれた気がした「ひかり」と続いて、まさか、このタイミングで演奏される「バルカンルートの星屑」がとても新鮮に聴こえて、心に響いた。あぁ、良いな、良いなと何度と無く、何度も思っている間に過ぎた時間、唄って(腰掛けながらも)踊れた、土曜日の夜でした。

 良い土曜日の夜をありがとうございました。また伺います。


こんな夜が永遠だと良いなと。

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