梨著 かわいそ笑 に隠された謎を徹底考察
オモコロやnoteで珠玉の怪談を投稿している梨先生初の書籍作ということで楽しんで読ませていただきました。なかなか一読しただけでは全体像を掴むことができず、散りばめられたヒントから全体像を推察することが必要となる物語で大満足の読書体験でした。
ここでは私なりのこの物語の解釈とそれによる考察を書いていきたいと思います。
もちろん読んでいない方はネタバレ注意です。
(ネタバレ防止のためのスペース)
この本の正体は何か
この本は洋子(仮)が横次鈴を効率的に呪うために著者の梨に書かせたものです。
その呪いの方法はいくつかありますが、おそらくは以下の通りとなると思います。
この話で前提となる呪いについて
①怪談話の主人公の名前をある特定の人物の名前にすることで自分に関する負のものを呪いとして押し付けることができる
②呪いの効果を持つ画像を誰かに見せる、または何かに印刷・表示されたその画像をカメラで読み込ませると上記呪いと同じ効果を持つ
③右上から左下に名前もしくは呪いの対象者の写真、対象者を示す文字を配置し誰かに認識させても呪いは発動する
④上記の呪いの手順に巻き込まれた者は呪いの媒介者(加害者)となり、呪いを増強させる。また、何らかの呪詛返しの被害に遭う
⑤呪詛返しは呪いの媒介者を増やすことで軽減できる可能性がある(と媒介者は思い込んでいる)
また、上記方法とは別に呪物を生み出す方法として明晰夢と降霊術をミックスさせた方法(通称リダンツ)もあります。この方法で見た夢は現実改変能力を持ち、後述する首から下しかない写真はこの方法で生み出したものと考えられます。
以上は本編から導き出した私の仮説ですが、一つ一つその論拠を引用して解説した後、各章でどのような出来事が起きているか紐解いていきたいと思います。
①怪談話の主人公の名前をある特定の人物の名前にすることで自分に関する負のものを呪いとして押し付けることができる
この呪いの方法については本文中に明記されています。ただし、
と記載があるので洋子(仮)が考えたオリジナルの呪法と思われます。
②呪いの効果を持つ画像を誰かに見せる、または何かに印刷・表示されたその画像をカメラで読み込ませると上記呪いと同じ効果を持つ
③右上から左下に名前もしくは呪いの対象者の写真、対象者に関する文章を配置し誰かに認識させても呪いは発動する
この2つについては第五話で洋子(仮)と梨が最後に話すシーンで伺えます。
このように呪いを拡散している洋子(仮)ですが、拡散された側には何らかの問題が生じたことが第五話で出てきた幻の男(仮称)によって仄めかされています。
と幻の男は述べます。そしてこの文章は「読んだ人が呪われる話」ではなく、「読んだ人が呪う(加害者となる)話」であることが名言されます。この幻の男はすでに人間としては形を成しておらず、異型のものに成り果てています。この男はおそらく呪詛返しがないと高をくくっていたが、呪詛返しを喰らい、異型のものになってしまった呪いの媒介者の一人であると推察されます。ここから上記④、⑤のルールを推測しました。
それでは以上の呪いのルールを前提として各章で何が起こったかみていきましょう。
第一話 これは横次鈴という人が体験した怪談です.docx
この物語の一番初めに配置された話ですが、他の話と比較するとイレギュラーな構成です。
この話は洋子(仮)が梨に同人活動で出会った「りん」との間にあった奇妙な話を伝えています。「りん」は当然「鈴」で、「横次鈴」を指しています。タイトルこそ「横次鈴が体験した怪談です」となっていますが、内容自体は洋子(仮)が主人公であるために前述した横次鈴に対する呪いの効果はありません(ただし洋子(仮)と思われる主人公の名前も描写していないので洋子(仮)自身に呪いは降りかかりません)。この物語を梨に話した目的は自作(と思われる)の横次鈴の画像を斜めに引き伸ばしたものを書籍に印刷物として載せ、読者にそれを認識させることであったと思われます(そうでなければわざわざ横次鈴を主語とする物語以外のものを載せさせる必要がありません)。
また、mixiトピックにおいて、洋子(仮)が他の同人作者に自分の怪談を縦書きの状態で載せようと画策して迷惑をかけていることが伺えます。洋子(仮)は早い段階で書籍として横次鈴を主人公とした縦書きの怪談を発行し、誰かに読ませることを試みていたようです。
第二話 behead- コピー
ここでは首から下がしかない写真の初出が描かれています。この写真がネット上に出現した経緯として、オーバードーズスレに現れた「すず」という女の子がバッドトリップの末間違って上げたということになっていますが、普通に考えるとこのようなスレに本名で書き込みするとは考えられず、この「すず」=「洋子(仮)」と考えられます。当初は首から上も映された画像がアップされていましたがそれを見た人たちが幻覚や体調不良を訴えました。この写真は第四話で明晰夢(リダンツ)の中で洋子(仮)が作り出した呪物で、それを見た人間が呪いの媒介者になる効果があると思われますが、首から上まで映っているとその効果が強すぎて呪いを広めるどころかそのままそれを見た人間が幻覚に取り込まれてしまいます。なので、洋子(仮)が首の部分をトリミングして別の経路で再度インターネット上にアップし直したということが伺えます。
おそらくこのシーンは現実に起こったことで、高濃度の呪物(首から上が映った完全な写真)に触れた男が別の場所の出来事を受信してしまったのだろうと思われます。
第三話 受信トレイ(15)
この話ではあらいさらしという元々あったと思われる怪談の登場人物を横次鈴に直し、チェーンメールという形で洋子(仮)がネット上に拡散しようとしたという話です。
あらいさらしの話が洋子(仮)の創作ではなく元々あった話であると考えた理由は、この呪われている対象者が話の中では度々男性であると触れられている点です。洋子(仮)のオリジナルであればこのような描写は入れる必要はありません。また、この第三話では「よこつぎすず」と書かれた布の画像が出てきますがこちらは洋子(仮)の自作した画像と思われます。画像自体が本物っぽくなく、文字もどこかのフォントを使った安っぽいものとなっているため、おそらく画像ソフトか何かで作成したものと思われます。怪談の登場人物の名前を呪いの対象者にして拡散するという呪いと、あらいさらし自体が持つ呪術的な側面(あらいさらしは成仏のための作業ですが、途中で止めたら成仏できない呪いの行為と成りうる)、右上から左下に対象者を示すものを配置する写真(引き伸ばしの写真と同様)が呪いの力を持つものと考えられます。
なお、このあらいさらし画像が自作のものであるという点は第五話で洋子(仮)が自白しています。
第四話 ##name1##
冒頭のつまらない小説はおそらく「りん」こと「横次鈴」が実際にホームページ上に公開していた作品だと思われます。呪いに関する仕掛けが全くないため洋子(仮)がこれを載せる意味がありません。その後ホームページには横次鈴を主人公とした怪談が表示されるようになりますが、これは洋子(仮)がドメインを乗っ取って作成したものと思われます。また洋子はこの中で「やはりこの方向だとしっくりこない」と述べているのでインターネット上の左から右に文章が流れる状態であれば呪いの効果は弱いものと思われます(つまり呪いの前提①と③を合わせないと強い呪力を発揮できない)。
また、この章で前述した怪談の登場人物の名前を呪いの対象にする呪いについても言及されています。
ここから先は解釈がかなり難しくなりますが、首から下がない写真の誕生秘話と考えられるシークエンスとなります。
ここでは洋子(仮)が横次鈴を夢の中で写真撮影し、首を切ったりする描写が描かれます。もちろんこの書き込みをした人間は信頼できない語り手なので、全てを鵜呑みにすることができませんがおそらく本当に夢の中の出来事であったものと思われます。というのも、流石にめったに使われない公衆トイレであっても首を切断された遺体があればいずれ誰かに見つかり警察の操作対象となるでしょうし、接点のあった洋子(仮)にも捜査の手が伸びるでしょう。また、この章の後半に出現する電車を乗り過ごした洋子(仮)と横次鈴が偶然会ったと思われるシーンがあることから横次鈴が死亡しているのは色々辻褄が合いません(横次鈴が実在の人物かは別にして)。しかし、夢の世界で撮影したと思われる横次鈴の写真は第二話で実際に現実世界に登場しています。これでは先ほどの描写が夢の世界の出来事であるとするならば現実世界でこの写真が存在することとの整合性がとれません。ここからは論理の飛躍となるのですが、第五話で明晰夢と降霊術をミックスさせる方法(リダンツ)についての言及がありました。したがってここで見た夢というのはリダンツで見た夢であり、なおかつその夢で行った行為は現実にも影響を及ぼすことができる(なおかつ呪力を持つ)、という仮説を立てるとしっくりきます。これまで登場した他の写真(引き伸ばしの画像、あらいさらしの画像)は自作可能ですが、この首から下だけの写真だけは本物の被写体が必要であるため自作するのは困難と思われます。このシークエンスは明晰夢で呪物(横次鈴の死体画像)を作り出したことを描写しているのです。
そして第四話は第二十三話・欠けた心霊写真の章で洋子(仮)とおかしくなった横次鈴がたまたま出会った話が掲載されています。横次鈴はセーラー服を着て何かに取り憑かれている状態となっており、これはおそらく洋子(仮)の呪いが成功しているからで、横次鈴の後ろにいた異型の者は呪いの力が結実したものと考えられます。実際には「後ろにいる異型の者の声を聞かないように狂ったフリをしているだけ」と洋子(仮)に見破られていますが、横次鈴はかなり追い詰められているようです。
第五話 0x00000109
第五話は明晰夢を利用して幽霊に合う方法(リダンツ)が述べられ、「無題.mp3」という音声ファイルを利用してリダンツを行った描写がされます。このリダンツを行った人物はぼかされており、途中から読者がそれを行ったような描写に変わります。文章を読むことで読者に強制的にリダンツを行わせるような手法を取っているのでしょうか?
ここで出現した呪詛返しに遭い異型の者に変質した呪いの媒介者が出てきますが、読者を含めた呪いの媒介者の行末が暗示されています。
後半は再度洋子(仮)と梨が会話するシーンが出てきますが、こちらは第一話との整合性が微妙に取れない内容となっています。第一話ではそのまま「喫茶店から出ていった」洋子(仮)ですが、ここでは「ぷつりと姿を消しました」とあるため、少なくとも普通の現実世界の出来事ではなさそうです。
その後著者の梨より
や
との描写があるので、呪いの媒介者に何らかの呪詛返しが起こるという点と、呪いをさらに拡散しても梨自身に降り掛かった呪詛返しは消えなかったことが示唆されます。「もうそろそろ」とは梨が異型の者となるまであと少しであるということでしょう。
まとめ
以上梨著 かわいそ笑の考察を書かせていただきました。
インターネット黎明期の描写やオカルト板の雰囲気など懐かしい描写なども盛り沢山でネットで怪談を読み漁った昔を思い出させてくれるとともに、それぞれの話は怪談として大変クオリティが高く、満足の行く書籍でした。もう現時点でこの人より怖い話を書ける人はいないんじゃないかと思います。
梨先生の次回作にも期待したいですね。
何か気付いたことがあれば追記していきます。