ClubhouseとDispoから読み取れるイマのSNS事情
ちょっと前からClubhouseが招待制で流行り、そして間髪入れずにDispoが流行り出している。
こんなに激しい状況はC向けのSNSサービスを考えている人たちにとっては悔しいが参考になる事が多いので、メモがてらアウトプットしていこうと思う。
(Dispoに関しては2016年からある日本版ディスポとも比較していく)
もう編集も加工もさせない
クラブハウスは編集がきかないリアルタイムで音声を楽しむアプリだ。そしてDispoも画像加工という編集がきかない写真投稿アプリである。
このように制限をかけているアプリの方が、何でも便利な時代においては差別化がはかれて目立ちやすいだろう。
スマホで写真を撮る時普通だったら画面いっぱいに被写体が写るだろうが、Dispoの場合だと本物のカメラのように小さなファインダーで見ることになるのでどんな感じに撮れているか分かりづらい。という制限があるし、その場で確認出来ない。確認できるのは翌日になってしまうアプリなのだ。
今までのアプリの考えだと、何でも出来て、便利で、ユーザーに優しいアプリを作ることが普通だと思っていたが、今の時代のSNSは完全にアプリ制作側が有無を言わさず世界観を提供して、それをユーザーに体験してもらう。という形が流行りやすい傾向にある。
例えば「写ルンです」が似たようたアプリを出していてもおかしくなかったはずだ。まさしくエモい世界観を出せたはずだが、Huji Camみたいに画像加工アプリで留まってしまう。画像加工アプリは無限にあるがその中でDispoが目立ったのは「使い捨てカメラ」のリアルをアプリ化させたことだ。
あえてその場で写真を確認できなくするということがユーザーに刺さったわけである。
それに加えてDispoでは友達とカメラロールを作り上げる点が面白い。普通カメラロールというのは自分のスマホにあって自分だけが管理している場所だが、Dispoなら友達とRolls(カメラロール)というものをシェアしてみんなで同じ場所に写真を投稿しあえるのだ。それも翌日にならないと分からないから不思議なドキドキ感を味わえるわけだ。
そして普通の写真だったら面白くないけど、レトロっぽい加工がされてることによって、どんな変な写真でもエモく感じてしまえることがある。
そして最後に招待制だ。大昔のmixiから使われていた施策だが、今も使える施策と言えるだろう。Dipoは一人で20人まで招待できる。クラブハウスは最初は2人までだ。ここらへんの数字の作り方も理由があるのかもしれないが、まだ両者アプリの行末が分からないので参考にはならないが、この先の流行り方から今後、招待人数はどれくらいにすればいいのかとか見えてくるかもしれないので注目しておきたいところ。
しかし招待制というのはなかなかできる施策ではない。クラブハウスはそもそもビッグな金持ち投資家達に目をつけてもらっていたから出来たことだし、Dispoも有名YouTuberのDavid Dobrikというインフルエンサー発だったからこそPRに困ることはなかったのだ。
もし何者でもない人が作ったアプリを招待制にしたとしても、そこにメリットはないだろう。
招待制の本質とは、友達を招待することで自分も楽しくなれるというアプリの設計であることが大前提なのに加えて、俺らしか使えないんだぜっていう優越感を味わせることにある。
もし誰も知らないようなアプリに招待されたとしても、俺らしか使えないんだぜって優越感を得られることは少ないだろう。だから招待して欲しいともならない。(本当に中身が良いアプリならそうなるかもしれないが、そんなに中身が良いのであれば招待制にする必要もない)
この2つのアプリは招待制だから流行ったというシンプルな話ではないということを理解しておこう。招待制はそんな簡単に成り立つ施策ではない。
よくツイッターとかの考察でこの2つのアプリに関して、「あえて不便にしたり、招待制にすること」が人気アプリになる秘訣と言われているが、それを鵜呑みにしてはいけない。
そもそものバックグラウンドがないとうまくいかないということだ。
クラブハウスは音声領域なので自分にとってはあまり参考にならないのだが、Dispoは完全にインスタなどのSNS系に近いのでとても参考になった。
特にカメラロール共有というのは自分の中でもあったらいいなと思ってたので参考にしたいところだ。
例えば今までであれば友達と旅行に行った時に、最後みんなで撮りあった写真をラインにのせまくるだろう。しかしDispoなら旅行中にみんながそれぞれ撮った写真を翌日までみんな一緒に待つことになるのだ。この楽しみがどれくらいになるかは容易に想像できるはずだ。
SNSは友達との繋がりを感じさせることが一番大事だと思っている。
フォローフォロワーという機能で繋がるだけではもう足りないのである。当たり前すぎてそんなのはもはやSNSとは言えない時代だろう。
もっと細かくつながっていないといけないのだと思う。そんなことが自分の中でイメージできつつあるのでDispoには感謝したい。
そしてまだそれを言語化できていないから、徐々に記していけたらと思う。
実は2016年に全く同じアプリが日本からリリースされている。(他にも似たようなアプリはいくつかある)
2017年からアプデートされてなくて、最近の2020年2月1日に久しぶりにアップデートされていることを考えると、Dispoの流行りを感じ取ったのだろうと予測する。しかしDispoが盛り上がったのは本当最近だ。ということは偶然かもしれないな。もしくは自分でディスポを開発しているくらいだからその辺の情報をキャッチできるようマークしていたのかもしれない。
昔からあるこのアプリはなぜDispoのように流行らなかったのか。
もちろんマーケティングが一番大きいとは思う。有名インフルエンサーを利用してないし広告も全く打ってないからだろう。あとは時代でもある。2016年は王者インスタの時代だ。そして2020年はインスタに飽き飽きしている人も多くなっている。この使い捨てカメラ市場はインスタが廃れそうな時代じゃないとハマらなかったのだろう。
Dispoは「次世代のインスタ」と呼ばれているが、本質を言うと「インスタの逆」である。それが受け入れられるためにはインスタの衰退が必要ということだ。
だから日本産のディスポは早すぎたと言うわけか。
早すぎてうまくいかないなんてことはよくある。2010年代から動画が来ると信じて起業している人も多くいた。しかしその時代に動き出してもあまり意味がなく、資金がつきて終わってしまったのだ。2015年くらいから動き出せばちょうど良かったのかもしれない。。
もちろん日本産のディスポが今生まれていれば必ずうまくいくというわけでもない。マーケティング次第である。
あとはちょっとした機能の違いか。日本産ディスポのレビューを調べてみると、2016年から良いレビューがあった。コンセプトが「面白い」と書かれている。しかし全体的なレビューは2.7だ。
原因は「現像時間が3日から10日で長すぎる」ということだ。現像時間が長すぎるとそのアプリの存在を忘れてしまうかもしれない。だからDispoの翌日の朝9時に現像というのはちょうどいい時間なのかもしれない。
「すぐに見れないからワクワクする」という感情を起こさせればいいだけなので、3日も開ける必要はなかったのだろう。
日本版ディスポでは、現像時間を早めるには広告を見てね、というよくある施策を打っている。これもレビューが下げられた点だ。しかし運営側としてはすぐに稼がないといけない理由があったのだろう。だからしょうがない。
マーケティングが全てな気がして嫌な気分になってしまうな。コンセプトはいいのにマーケティング足らずで死ぬことが多くあって、逆にコンセプト微妙なのにマーケティングだけで軌道に乗せてなんとかしちゃう金持ち企業。
嫌なビジネス社会だこと。
Dispoについては石ころさんが詳しく書いている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?