『アトランティスの魔導士〈0〉』 ‐序章‐ part‐3
まどうし
『アトランティスの魔導士〈0〉』
~はじまりのはじまり~
〈序章〉 part‐3
(※前回、Part‐2からの続き…)
「だあっ、もうっ、やめろよぉっ! オトナってばみんなしてこのおれのボーズあたまをぐりぐりやりたがってさ、でもこれってすっげーめいわくなんだぞっ! ほんにんてきには!! だっておれってばそんなガキじゃないんだかんなっ、なんたってもうじき〝ジューダイ〟になるんだからっ!」
きっぱり!
それは敢然(かんぜん)と鼻息も荒くして叩きつけられた言葉には、だがはじめいまいちピンと来ないような、しらけ顔で首を傾げるくらいの相手だったか。それでも、間もなくすればしきりに合点のいった顔つきで、はいはいとその頭をうなずかせてもくれる。
「ええ、重大…? いや、十代、か! そっか、アトラちゃんてばもうじきお誕生日なんだったっけ? 記念すべき、ええっと、そうそう今年で通算、10回目の…?」
「あしただよっ! あんだよっ、シュウあんちゃんまでわすれてたのかっ? じいちゃんも今朝まですっかりとぼけてやがったしさ。ちっくしょ、みんなみんなハクジョーだぜっ!!」
むくれっ面でせいぜいかわいらしい犬歯を剥(む)くアトラに、柔和(にゅうわ)なサラリーマンは苦いようなおかしいような笑みを満面に浮かべる。
「あっはは! んー、でもこれってのは、実はアトラちゃんの大好きなあの駅前のお店の『プレミアム・チョコケーキ』なんだけどもな? いや、全然意識していかなった。ほんとに奇遇だね! ああ、そうだ。なんならば生ものたってこのまま冷蔵庫にでもしまっておけば、明日までは持つだろうしさ…」
「あんもうっ、そんなケチくせーことゆうなよぉ! うちのドケチながんこじいちゃんじゃあるまいしっ! だったらほら、あんちゃんさっさと上がんなよっ、お茶くらいならうまいのソッコーいれてあげっからさっ!」
「はは…それじゃあ、お言葉に甘えまして。よっと! …あ、ちなみにケーキはふたつだけだから、後でハイクさんと召し上がってよ」
「わあった!」
まず人当たりがよく落ち着いた物腰の青年は、目の前の幼い主に勧められるままみずからも高い敷居をよいしょっと一跨(ひとまた)ぎする。
いったん居間を背にして脱いだ靴を二足ともそろえてから、部屋の真ん中に据えられる、黒塗りの古ぼけたちゃぶ台に向かって腰を下ろした。
そこで大の好物だと聞かされて途端にニタニタと相好(そうごう)を崩して上機嫌となるお子様をとても微笑ましげに眺めるのだった。
するとそのアトラは、一時(いっとき)とて待たすこともない、しごくこなれた手つきで煎(い)れたお茶を、はいっ! とすぐさまに差し出してくれる。こんなほとほと鼻っ柱の強いきかん坊にはおよそらしからずした、まさに目を見張るような手際の良さでだ。
このあたり、さてはいつ何時(なんどき)とも知れぬ待ち人の帰りに合わせるべく、もうそれとハナから準備がしてあったものだとシュウは察しがつくのだった。
利発(りはつ)で、とかく勘がいい彼である。
それで目の前に出された深い緑の湯飲み、どうもと礼を言ってから一口、ズズとすすりつつだ。次にみずからにも注いでおいて、そのくせ口をつけるそぶりがないアトラが、その実はこの湯気の立つみずからの湯飲みで手を温めているらしいのまでもすかさずに読み取ってくれる。
よってそのあどけない少年がなすいかにも季節外れな格好をあらためて認識もさせられてだ。
お節介ながらも感じたことを率直(そっちょく)、口にしていた。
「…ねえ、アトラちゃん。いまはもうだね、十月のなかば過ぎになるっていうのに、そのやんちゃな格好はさすがに寒くはありはしないのかい? だったらばそう、そろそろハイクさんに長袖のシャツや厚物だとか、用意してもらったほうがいいんじゃないのかなっ?」
「へーきだよっ! そんなのじぶんで出せるもん、それにこどもは風の子なんだぞっ! おれはもうじきガキじゃなくなるけれどもさ。そしたらこのだっさいクリクリぼうずもきっぱりとそつぎょうしてやるんだもんね!」
それは間髪(かんはつ)置かずにした、元気さも有り余る返答だ。
これにずっと歳の離れたお兄ちゃんはまた思わず、渋くもおかしげに笑ってしまう。
「ふふっ、そうかい。いらないお世話ってやつか! …ああ、それにしてももったいないなあ、きみにとってはもはや立派なトレードマークの、せっかくの可愛らしいまんまる頭ちゃんなのに? ちょっと寂しいよ。うん、でもね、そうは言ってもさ、一人前の大人と認められるには、ほんとはまだあともう10回くらい、お誕生日をお祝いしてもらわなくちゃいけないよねっ…?」
そんな、さらっとさりげもなくしたもっともらしい言い聞かせにも、するとちびっ子大将はまたもやしての負けん気の強くした即答だ。
「んなことねーよっ! おれ、もうとっくにいちにんまえだもんっ、じいちゃんのおシゴトだってリッパに手伝えるもんさっ!!」
「そんな…無理を言ったらいけないよ? ハイクさんんの『仕事』がどんなものかはそれなりわかっているんだろう? 今日だってそうだけど、まだアトラちゃんなんかがその細い首を突っ込めるようなものじゃ、間違ってもありはしないはずさ。こればっかりは…ね!」
「むううっ! んなのわあってるよっ、でもさでもさ、おれ、はやく強くなんなきゃいけないんだから、ぜったいの、ぜええったいにっ…!!」
当人いかにやんちゃであろうとも、そこはそれ、ただ小生意気(こなまいき)にませているばかりでは決してなし、なのだろうか?
果たしてそのやせっぽちな胸の内に秘めた、じぶんなり一途(いちず)で懸命なる想いを吐露(とろ)する児童だった。
その、実にひたむきなるさま…!
これを間近に対する青年はあまりに哀しく、またこの上もなしに愛おしく見つめるばかりとなる。
「アトラちゃん…! 健気(けなげ)だね。うん。でもその気持ちだけで今はもう十分なんだと思うよ。おじいさんにとっては。だってきみが無事元気に育ってくれることが、今のあのひとにとっての何よりの生きがいなんだと、そう思うからさ…!」
だがそうしてしみじみ諭(さと)すまさにその半(なか)ば、これまでずっと穏やかなものに違いなかったはずその顔つきが、不意にどうしたことか――。
それはひどく険しいものとなっていた。
「そうだからね、アトラちゃん…っ、え、なにっ? いま…っ!」
※次回、Part4に続く…!
オマケ♪
※初期の挿し絵です♡