『アトランティスの魔導士〈0〉』 〈序章〉 part‐4
おおぬきたつや・著。
まどうし
『アトランティスの魔導士〈0〉』
~はじまりのはじまり~
〈序章〉 part‐4
(※前回、Part‐3からの続き…)
「そんな…無理を言ったらいけないよ? ハイクさんの『仕事』がどんなものかはそれなりわかっているんだろう? 今日だってそうだけど、まだアトラちゃんなんかがその細い首を突っ込めるようなものじゃ、間違ってもありはしないはずさ。そうとも、こればっかりは…ね!」
「むううっ! んなのわあってるよっ、でもさでもさ、おれ、はやく強くなんなきゃいけないんだから、ぜったいの、ぜええったいにっ…!!」
当人いかにやんちゃであろうとも、そこはそれ、ただ小生意気(こなまいき)にませているばかりでは決してなし、なのだろうか?
果たしてそのやせっぽちな胸の内に秘めた、じぶんなり一途(いちず)で懸命なる想いを吐露(とろ)する児童だった。
その、実にひたむきなるさま…!
これを間近に対する青年はあまりに哀しく、またこの上もなしに愛おしく見つめるばかりとなる。
「アトラちゃん…! 健気(けなげ)だね。うん。でもその気持ちだけで今はもう十分なんだと思うよ。おじいさんにとっては…だってきみが無事元気に育ってくれることが、今のあのひとにとっての何よりの生きがいなんだと、そう思うからさ…!」
だがそうしてしみじみ諭(さと)すまさにその半(なか)ば、これまでずっと穏やかなものに違いなかったはずその顔つきが、不意にどうしたことだろうか――。
それはひどく険しいものとなっていた。
「そうだからね、アトラちゃん…っ、え、なにっ? いま…っ!」
つい先ほどからまるで何かを真似るかのごとき奇妙なしぐさで、いまだこぶりなみずからのふたつの拳(こぶし)に生えそろう短い十指を、それは一心にグー、パア、グー、パア、と開いたり閉じたり繰り返すアトラである。
そしてこの、見かけおかしな動作のその何たるかをこれと理解するシュウながらもだ。そのすぐ背後、何かしらのキラキラした輝きめいたものまで奇怪にうごめくのを視界の隅に捉えたかに覚える。
それは刹那(せつな)の錯覚か――。
「そんなっ…!?」
ただならぬ驚きにハッと見開いた眼(まなこ)を向けるのだった。
普段から何かにつけてひとより目敏(めざと)くあった彼ならばこそだ。
またこの時、それ以外にも何やら形にはならぬが、不可解な気配のごときものが、そちらでかすかにチラつくのを察知もしていた。
しかるにそれらはこれとはっきり目で確かめるまで至らず、瞬(またた)く間にしてきれいさっぱりと消え失せる。
果たしてそう、〝幻覚(まぼろし)〟だったものか…?
※新しく描き直したり、過去の絵をそのまんま流用したりしています♡
今回は過去のヤツですね♪
不穏な疑念にその場でひとり身を固くするのだった。
これをまた一方で雰囲気的に妙な間が生じたものとして感じるボウズ頭は、両手のグゥパァをやめるといつしかこの真正面で強張(こわば)った顔つきを不可思議に眺める。
「ん、んっと…あ、どうかしたのか、シュウあんちゃん?」
「――はっ! い、いやっ、まさかね…ううん! ごめん、なんでもないんだ。そうとも、きっとただの思い過ごしさ…だってそう、アトラちゃんはまだ、十歳なんだもんねっ!」
「?」
その言葉のわり、顔つきのやけに困惑したさまで考え込んでいるシュウだったろう。
アトラははじめ、はてな? と目をパチクリさせるが、それでもさして気に留めるでもなしにだ。
代わり、何気ない目線を右手の柱のオンボロ掛け時計に遅る。
そうしてひとに問いかけるというよりは、みずからに自問するような口ぶりでワンパク小僧にはまず珍しいこと、神妙な声音を発していた。
するとこれにはしばし深刻に黙りこくったビジネスマンながらにだ、それでもどうにか気を取り直しては、何拍か遅れで適当な相槌(あいづち)を打ってくれる。
「ああ…じいちゃん、やっぱしちょっとおそいな! でもさっ、そんでもきっともうじき、帰ってくんのかな?」
「ん…うん、まあ、たぶんね! さて、と! それじゃぼくもいつまでこんなのんびりと油を売ってられやしないか。そう、こう見えてもまだお仕事の途中なんだ。だからヘタに顔を合わせたばっかりどやされたりしないうちに、とっとと退散することにしよう。じゃ、またね。お茶、ありがとう。とってもおいしかったよ!」
「え、もう帰っちゃうのか? そっか…うん、そいじゃあんちゃん、またあしたなっ!」
「うん。あ、いいやっ! 明日はそう、きっとまだアトラちゃんが学校にいるあいだにこっちにはお伺(うかが)いするはずだから、顔を合わせることはないはずなんだけどもね…ん、まさかもう、すっぽかしたりしちゃあダメだよ?」
若干だけ渋めた面(つら)で念押ししてくる相手に、こちら突発性登校拒否児はいささかも悪びれずにした、あっけらかんたる笑顔で返す。
「へっへ、だいじょーぶだよ。じゃね、ケーキあんがとっ! ついでに出るときそっちのシャッター、きちっと閉めてってよ!」
「はいはいっ…て、あとそうだ、このお店もこんなしてサボっちゃあダメ、なんだからねっ?」
「わあってる!」
それではと早々に席を立てば、最後まで苦笑いの相手の気配もじきに失せてなくなる。シャッターがしっかりと閉じるのを見届けたところで、ふたたび静けさの中にひとりで取り残されるアトラは無意識、かすかなため息ついていた。それきり疲れたふうなぼんやりした表情(かお)で力もなく、それまでにない寂しげな言葉を漏らす。
「…ああっ! たくもう、ほんとにどうしたのさっ? うちのバカじいちゃん、さっさと帰ってこいようっ…!」
くたって伸びるようにもたれかかるちゃぶ台に頬杖(ほおづえ)ついて、浮かぬさまで小さな身をさらに小さく縮こめる。
もはやそれきりに、これとすることも思い浮かばず。
ただつけっぱなしのテレビをつまらなそうに眺める彼は、しまいはつい、うとうととなってしまう。眠るまいと幾度もあくびをかみ殺すものの、そこはひどく憂うつで緩慢(かんまん)な時間の流れの中だ。
それだからいい加減に、ふあっ…と気抜けがしただるい意識などには、もはやでなすすべのひとつとてなし。
「ん…っ」
結果、知らず捕われたる深い闇に、心身ともただもう静かに埋没(まいぼつ)してゆくのみ、なのであった――。
※次回に続く…!