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常田大希を考察する-20世紀の西洋音楽を21世紀のJポップに繋ぐ者として(後編その1)
前編(重要だと思う加筆修正や必要な新たなリンクも加えました)からの続きなんですが、
コレだけやとディスる感じにしか見えないよなぁと我ながら思ってはいたものの、それを踏まえずして自分は常田さんをわからなかったんです
そこのところはご理解いただけますよう🙂↕️
多分もう少しファンの方々には不愉快な話が続くのかもしれませんが、あれこれ考えたり調べたりする過程で、ようやくわかって腑に落ちる感覚で常田大希さんが見ているものや経験してきたものは「こんな感じなのかな…」と辿り着き、もしそうならば、「それは確かにそうなるよね」と最後に結論が出たという感じですので
別に我慢してまでお付き合いいただく必要もないものですし、不愉快なら素通りしてもらっても全然構わないんですが、最後までお付き合いいただきお読みいただいた方がおられたならば、それはもう大変な感謝を申し上げます🙂↕️
(ヘルヴェルト・ファン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルによるイゴール・ストラヴィンスキー作《春の祭典》を聴きながら)
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常田大希さんの肩書きに東京藝大出身というものがありますが、ちらっと見た限りでは「箔付けのためだった」とコメントしていたように思います
(それでも現役で一発合格というのは凄いことですけどね)
で、藝大出身ということならば、ここまでやると常田さんご本人には多分嫌なことなんだろうな…とは思いながらも、坂本龍一さんの生涯にわたる音楽活動の振り返りを、常田さんのこれまでの音楽体験と共に洗いざらいやるのは避けられないと僕は考えざるを得ませんでした…
西洋音楽≒クラシックを「わかっている」人として、常田さんはこうした演奏を残していますが、
坂本龍一さんが最期に遺作のように残された同曲と聴き比べてみると、いかにもこれが常田さんだよなぁという感じが自分はいたします
嫌なことを先に申し上げておくと、常田大希さんは東京藝大器楽科チェロ専攻中退で、坂本龍一さんは東京藝大作曲科修士課程修了であり、同じ東京藝大出身だからすごいとは決してなりません
バッハから始まる西洋音楽の素養に関して、もう段違いと言っていいほどの差がそこにはあるんですよね…
僕はこれまで坂本龍一さんについてはいろいろmoteに書いてきてマガジンにまとめてあるほどなんですが、常田さんと同じくポピュラー音楽のフィールドでも多大な業績を残した人で間違いないものの、坂本さんは最後の最後まで西洋音楽家だったんだなぁと、一音一音まで神経の行き届いた先の映像を視るにつけて思わされます
若くて尖んがっていた頃は、おそらく彼の代表作として歴史に刻まれるこの名曲を「演歌みたいで嫌だ」とまで言っていたくらいの人が坂本龍一という音楽家ですから
このnoteを見渡しても、さまざまなブラウザに切り替えていちいち検索し直してみても、果てはチャットGPTに「単純に」尋ねてすらも、常田大希を「批判」するものはありませんでした
天才という言葉は溢れていたんですけど、どこがどう天才と呼べるのかという、きちんとした説明もそこには無くて…
でも、いくらなんでもチャットGPTまで忖度することはないやろと、アヤツから帰ってきた返事からキーワードを見つけて、自分で調べたりしながら仮説を組み立てて再質問するということを繰り返していくと、以下のような展開になっていきました
常田さんが率いるミレニアム・パレードのアルバムがRCAからリリースされたと、チャットGPTが擁護するような答えを返してきたので、じゃあミレパが契約したそのRCA UKはクラシックの名門レーベルであるRCAを代表するような名盤をこれまで残してきたのか?と、結構意地悪い感じで尋ね返してやったところ、ここはクラシック音楽部門ではないと白状しやがったのですが、西洋音楽≒クラシックという括りでならば、そうしたなんだか残念な結論になってしまうんですよね…
で、ダメ押しとばかりに『祝祭』に限らず常田さんの楽曲を、クラシックの本場である欧州で「西洋音楽」として評価している批評なりがあればそれを教えてほしいとチャットGPTに尋ねてやると、それは一切ないと遂に白状しやがって、これはもう勝負アリやなと自分は思いました
(西洋音楽とクラシックは、途中まで同じものを指していましたが、20世紀に入ってからは別物になります
ここまで西洋音楽≒クラシックとしか書けなかったのは、そうした理由がありますが、この先自分なりになるべく何方様にもわかりやすいように書いていきますね)
決して常田大希を貶すためにしていることではないので、そうしたチャットGPTとの壁打ち問答を繰り返す中で、これは…と気になるものが答えの中に見つけられ
ならば、そちらの方面に関して常田さんに対して感じてきた個人的な印象や評価を一旦全部白紙にして、改めて辿り直していくと(ここに結構な時間がかかりました)、なるほどねという感じで自分なりに常田大希という音楽家を理解することがようやくできたという次第でした🙂
一言で言えば、
それでも常田大希は21世紀の音楽を創作する人物として相応しい
となるんですが、ここから先は、そう結論するに至った話になっていきます
(黒木雪音p、セルゲイ・プロコフィエフの《ピアノ協奏曲 第三番 Op.26 ハ短調》を聴きながら)
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常田大希さんは、影響を受けた音楽家として、ソビエト連邦出身の作曲家であるイゴール・ストラヴィンスキーやセルゲイ・プロコフィエフの名前を挙げていることを知りましたが、それは相当程度に大きな興味深いことでした
ストラヴィンスキーやプロコフィエフらが作品に込めたものが、常田さんのつくる楽曲に大きく反映していることは、「好き嫌い」や「良し悪し」とは別に、きちんと見ておくべきものだろうとも強く思わされました
自分はこうした端正で美しいものを聴くと、もうクラシックはここで完成しているとも、この後にやって来る19世紀ロマン派の百花繚乱といった趣きのあるクラシック音楽の全盛期など付け足し扱いでいいんじゃないかといつも思うものなのですが、
ロマン派の音楽の中にも好ましいものは幾つもあるのも確かで、特に愛らしさを感じさせる作品はバレエの楽伴音楽としてつくられたものに多くあります
ピョートル・チャイコフスキーの《くるみ割り人形》はその代表格
そしてチャイコフスキーがそうであるように、この手の作品の良質なものは、ロシアやウクライナ出身の作曲家によってたくさんつくられていきます
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坂本龍一さんが言うように、バッハを始祖とする西洋音楽=クラシックを徹底的に突き詰めて「もうこれはこれでお終い」というところに行き着いたのがリヒャルト・ワーグナーで、それは20世紀に始まる西洋音楽≠クラシックの予兆を感じさせるものでした
実際、今我々がクラシックと普通に呼びならしている西洋音楽は、19世紀のロマン派まで
先に坂本龍一さんは生涯を通して「西洋音楽家」だった旨のことを書きましたが、それどころじゃなくて彼は一流の「西洋音楽家」としてワールドワイドに評価された人です
坂本さんがいかにもそういう人物として、クラシックを継ぐ20世紀の西洋音楽として常に一番最初に名前を挙げるのが、無調の音楽を始めたアルノルト・シェーンベルクなんですが、シェーンベルクは彼にとっては出来の悪い弟子だったジョン・ケージがいたりする人です
《4分33秒》という、もうそれが音楽なのかどうかすらわからないような、でも大変有名な作品を残したジョン・ケージらの音楽は「現代音楽」と20世紀には呼ばれていました
現代音楽は、その後ミニマルやエレクトロ等へと変遷していきますが、その中にはフリー・ジャズやカンタベリー系と呼ばれるプログレッシブ・ロックの「周辺」に居た人たちが演るものとの親和性も極めて高い即興も含まれます
東京藝大を卒業した、まだまだ一般には無名の20代の坂本さんが、「終わりが見えた」ように感じながらも、ほとんどの人に理解されないままにごく少数の聴衆を前にして演奏していたのが、まさにそうした即興音楽でした
アヴァンギャルドで瑞々しい感性を保ち続けた、彼よりも歳上の音楽家である高橋悠治さんに関わっている作品がこちらですね
19世紀ロマン派のクラシックとは全然違う世界になっているのは、一聴してわかるかと思います
決して誰にも親しみやすいとは言いがたい音楽だということも…
坂本龍一さんは若くしてお子さんを抱えることになり、ほとんどお金にならない現代音楽から一旦身を引き、「アルバイト」としてポピュラー音楽のフィールドでスタジオ・ミュージシャンとして活動を始めるのですが、すぐに頭角を現して注目を集め、程なくして細野晴臣さんに誘われて参加したのがYMOでした
その後の活躍はもう言うまでもないようなことでしょう
(浅井純p、イゴール・ストラヴィンスキーの《ペトルーシュカ》を聴きながら)
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坂本龍一さんは映画音楽家として世界的な名声を得た人ですが、僕はクラシックを継いで20世紀に花開いた「映画音楽」もまた、20世紀の「西洋音楽」だったと感じます
ロマン派のクラシックがバレエの楽伴音楽だったように、1985年にリュミエール兄弟が発明した映画は、ソビエト連邦のセルゲイ・エイゼンシュテインや🇺🇸のD・W・グリフィスの無声長編映画でほぼ完成したものとして、現在普通に観られているストーリーのあるドラマ性に富んだものに発展しますが、その際に求められたのが映画音楽の始まりです
発表された当初からあまり大衆ウケのよくなかったシェーンベルクではなく、映画音楽に引き継がれていったのは、19世紀末から20世紀に大きな足跡を残したクロード・ドビュッシーやモーリス・ラヴェルらのフランスの音楽家たちがつくっていった潮流でした
西洋音楽の楽理をきちんと押さえながらも、そこからはみ出ることも厭わずという彼らの音楽はとても流麗で美しいのに「今っぽく」、映画を盛り上げるにはぴったりフィットします
また、🇺🇸からはジャズの要素をふんだんに取り込んだジョージ・ガーシュウィンの親しみやすい音楽も登場します
1945年の第二次世界大戦終結後には、国力が🇺🇸に大きく傾いてハリウッド映画が世界を席巻し始めますが、そこで多くの映画音楽の需要も発生します
20世紀を代表する指揮者として評価された欧州人のヘルベルト・フォン・カラヤンと並び立つ🇺🇸人のレナード・バーンスタインは、クラシックの指揮者ながらもミュージカルから映画化されて多くの人々に親しまれた『ウエストサイド物語』のサウンドトラックを手掛けた人でもありました
欧州の映画音楽人も負けておらず、多分ニーノ・ロータが筆頭には来るんでしょうが、
クロード・ルルーシュやエンニオ・モリコーネも素晴らしい音楽を残しています
坂本龍一さんは映画音楽に関しては「来るもの拒まず」といった風情で引き受けていますし、まず間違いなくこの曲が代表作として残っていくだろうジョン・ウィリアムズは、今では多くのクラシックファンが認めて好んで聴いている音楽家の一人にまでなりました
クラシック後の西洋音楽のこの二つの流れは、坂本龍一さんは、完璧に理解しものにしていて、その勘所もきっちり押さえて、自らのキャリアとしてものしています
(セルゲイ・ラフマニノフの『鐘』をバックに演技する浅田真央さんを眺めながら)
かなり長くなったので、常田さんまで行きつけなかった…
もう少し文字数が必要ですね
つまりは常田大希という音楽家を理解するには、それほど大変なことだったとご理解くだされば幸いに存じます
一言で言えば、常田大希は坂本龍一が正しく評価しつつも自らの音楽人生を通して一貫して素通りしてきたソビエト連邦出身の音楽家たちのやってきたことを引き継いで2020年代の音楽をつくっている人で、それは20世紀の西洋音楽の正しい継承であり、今の音楽のあり方にもフィットしたものなのです
となりますが…
補足
YMOで広く知られる前の坂本龍一さんがシティ・ポップで良質な仕事をしていたのも多くの人が知るところとは思いますが、彼が最初に大きな賞を受賞したのはこの編曲を手掛けて得た、日本レコード大賞の編曲賞でした
また、日本語のロックの系譜の最初に置かれるはっぴぃえんどからYMOへ至る間に、幾つかの重要なバンドが存在しますが、矢沢永吉さんらが居たキャロルをその中に位置付けたのも記憶する限り、坂本龍一さんが最初にやったように思います
こんな名曲のバックに高橋ユキヒロさんと共に参加していたんたから、それは「おおっ」と惹きつけられるような強い印象を矢沢さんは残したはずやと思いますよ
また、常田大希さんが影響を受けたストラヴィンスキーやプロコフィエフらソビエト連邦出身の音楽家について触れながら、2020年代のシーンまで行き着く予定なんですが、こんな音楽ですね
『のだめカンタービレ』で取り上げられたストラヴィンスキーの名曲はこちらです