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「ラグスポ風」時計を探る中で見えてきた光景
この投稿から漏れていたものがありましたので、新たに付け加えるつもりでいろいろ調べていたところ、
「SEIKOのクォーツショックで壊滅するかに思われていた1970年代に、なぜジェラルド・ジェンタはわざわざ機械式ムーブメントを使ってロイヤル・オークやノーチラスをつくったのか」
という疑問に突き当たりました
カルティエやブルガリといった宝飾系ブランド、或いはフランク・ミュラーやジャン・クロード・ビバーが関わって大人気となったウブロといった振興勢力のラグスポ風時計を眺めながら、やはりラグスポというテーマならばそれぞれのブランドの歴史を振り返ることも不可欠なので、マニアの方が読まれたとしても間違いのないように考証を重ねていくと、そういう疑問に行き着いてしまうんですよね…
話が理屈っぽくて面倒になる前に、有力なブランドのラグスポ風を見ていくことにします
カルティエは安定して人気のあるブランドでしたし、何よりも世界で最初に「腕時計」(しかも男性向け)を製造したとの由緒もあり、ずっと支持され続けてきたが故にロレックスが「おぢ」臭いように感じられるのかわかりませんが、最近のファッション好きの若い人たちの間で人気が高まっている印象です
個人的にはタンクの方が好ましいものの、
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「サントス ドゥ カルティエ」は2018年の発表当初はややごちゃごちゃしたデザインでこのブランドらしからぬ印象でしたが、現行モデルはスッキリしていて人気なのもわかります
「あくまで伝統に忠実に」とするならば白文字盤を選びたいし、その方が完成度もはるかに高いと感じます
ケースとブレスレットが一体化していることがラグスポ時計の定義の一つとするならば、サントスが元祖としても文句は出ないはずでしょうけど、あまり言いふらすことなく奥ゆかしいのも良いところ
ブルガリは、1970年代に薄型の機械式スポーツ時計の名作をつくり「ラグジュアリー・スポーツ・ウォッチの定義」を定めたジェラルド・ジェンタ氏とはずっと浅からぬ関係がありました
そもそも宝飾ブランドだったブルガリが時計に進出してから長らくアイコンとなっていくブルガリ・ブルガリは、1976年発表のブルガリ・ローマを継承したものでしたが、それをデザインしたのはジェンタさんです
(ただしクォーツのみ)
所詮はファッションものと見られがちだった時計部門に注力すべく2012年に発表されたオクトシリーズは、晩年期に差し掛かっていたジェンタ氏を向かい入れて、彼の象徴たるオクタゴンの形状を守り抜きながらも、更にフランク・ミュラーとほぼ同時期に独立系時計師として名を馳せたダニエル・ロートを傘下に収めて、複雑機構の薄型ムーブメントの開発に注力し本格派の機械式腕時計ブランドとしての評価を高めていき現在に至ります
https://www.bulgari.com/ja-jp/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%83%E3%83%81/%E3%82%AA%E3%82%AF%E3%83%88
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オクトといえばグレーが基調だろうと感じますし、6.85mm厚でミニッツ・リピーターを搭載してムーブメントの開発能力の高さをさりげなく見せながらというこのモデルは、デザイン的にもインデックスのカットアウトがモデル自体のコンセプトとも合っていて、個人的には一番好きです
SSではなくチタンを素材に採用して、尚且つ超高額な役物時計なので、基本的に三針のシンプルさを重視してこれまで選んできましたが、ブルガリのラグスポ風時計ということならばこちらを代表させることにしました
元々馬具屋から始まったメルメスにとって、腕時計は女性のつけるアクセサリーという位置付けにあり、機械式にこだわるでもなく価格もこなれたものでした
腕時計メーカー各社を含めたラグジュアリー・ブランドの再編統合でも独立を守り抜いた硬骨漢ですが、最近では腕時計にも力を入れてきています
並いるブランドを押し除けて、トップオブトップと見做されるに相応しいラインナップとして腕時計も揃えていきたいという意向を感じたりしています
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チタン素材のラバーベルトとはいえ定価ならば¥960,300ですから、エルメス謹製としては安いとしか思えないですが、時計バブルの中で一方的に価格が釣り上がっていた状況下では、むしろ正当な値付けというべきなのかもしれません
ラグジュアリー・ブランドの再編統合に大きく関与して大成功したのがLVMHグループの中核にあるルイ・ヴィトンなのは背景を知らずとも感覚的に誰にでもわかるでしょうが、2002年に発表したタンブールと名付けられた腕時計に関しては、「鞄屋さんが余計なことをしなくても」という感想しか出てきませんでした
スマートウォッチだけはロゴドン感覚でつけるならばそこそこ面白いとは感じたものの、やっぱり梃入れ必須だったんでしょうね
ルイ・ヴィトンのブティックに訪れる沢山の人たちに向けて、「流行りには乗るべし」と言わんばかりに2023年に大幅に改変してきています
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個人的にはロゴが一番要らないとなるんですけど、熱心な顧客層には逆なのでしょう
これで¥2,618,000の値段ですけど、個人的な嗜好でならば、ベル&ロスのBR05の¥759,000の方が凝ったつくりになっていて写真では伝わりにくい魅力があると言いたいです
ただ、少し足せばエルメスのH08が買えてしまうんですよね…
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故にベルロス如きにこんなカネは払えんとする方がおられるのはわかりますし、世界的なインフレや極端な円安の結果こうなってしまったので、好みとはいえ発表当初の50万前後くらいが適正価格としか自分も言えないです
(個人的な話になりますが、これを試着した当時はルクルトのムーブを搭載したマークⅩⅠのそこそこ良品でオリジナルダイヤルの中古とBR05が共に50万前後で買えました
両方買える収入は無かったのでどちらを選ぶか真剣に考えたのですが、方向性が全く違ってきて比較するのを止めました
デニムや軍ものなどのヴィンテージ衣料にはマークⅩⅠが合う一方で、最新のテクノロジーを盛り込んだアークテリクスやサロモンなどにはBR05が似合います
その日の気分に合わせてどちらも着ていたので、最終的に選びきれなかったです…
品数の限られているマークⅩⅠの方を先ずは買うべきとは思いながらも、他にはないデザインのBR05にも未練が残り…となっていました
とっくに廃番になっていたハミルトンの小口径のカーキやスントのエレメンタムシリーズが手元にあり、そちらで代替できるよなぁと感じたこともありますが)
ウブロは、スイスの機械式腕時計復活の立役者であるジャン・クロード・ビバーが加わって以降のビックバンシリーズが爆発的なヒットモデルになる前でも、ラバーベルトを初めて採用したモダンなイタリアンテイストの腕時計メーカーとして確かな存在感のあるブランドでした
1980年創業ですから、ブルガリが時計に進出した時期とほぼ重なります
(駆動はクォーツ)
歴史の浅いウブロにもヘリテージがあり、それを「クラシック・フュージョン」のシリーズで充実させたラインナップになってきています
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ケースとベルトの一体化という点でラグスポ風としてもいいでしょうけど、¥1,045,000でこれを買うかとなると、ね…
2022年にインテグレーテッドシリーズの三針モデルがビッグバンに加わり、ラグスポブームに乗るとの意図はあからさまでしたが、
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¥1,804,000の値段で「ブームの終わった」ブランドを敢えて選ぶ人はどれほど居るのかと感じます
ウブロの前に一世を風靡したフランク・ミュラーもラグスポ風のモデルを用意してはいます
ヴァンガードシリーズのラインナップに加わったヨッティング、更にラグスポ風にデザインしたマリナー、そしてスリム・ヴィンテージですが、
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ヴァンガードシリーズの中古価格を見ると、結構哀しくなってきました…
ロベルト・カヴァリ・バイ・フランク・ミュラーというものもありました
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クォーツからのラインナップで10万円代の値段のものも多く、一番高級そうなラグスポ風の製品を探すとコレになります
プライスは¥385,000
フランク・ミュラーってこんなことをしていたの?というより言葉がないです
独立系のパルミジャーニ・フルリエのトンダGTやH.モーザーのストリーム・ライナーには触れないことにします
最初に選ぶ中には入らない選択肢でしょうし
下を見ればスウォッチにだってこんなんあるよとかになってきて、キリが無くなりますから
ここまでかなり調べて裏を取りながら書いたんですが、ブルガリやウブロがイタリアン・デザインのクォーツ時計を発表した1980年直前までの瀕死状態にあったスイスの機械式腕時計の逆襲がその数年後に始まることにハタと気づきました
振り返ってみれば幾つもの大きな動きがあったんですが、それらがほぼ1983年に集約されていることを知ったんですよね
例えば、
①学生の頃から天才児とされていたフランク・ミュラーが独立時計師として自前の超複雑機構の機械式腕時計をコツコツ作り始めたのがこの年です
②クォーツショックの只中にキャリアをスタートした(オーデマ・ピゲ〜オメガ)ジャン・クロード・ビバーが、機械式時計しかやらないと宣言して、ブランパンの権利を買い取ってブランド再興に乗り出したのも同年です
③天文三部作という歴史的な偉業を達成したユリス・ナルダンが再興され、早速とばかりに同三部作の最初のモデルであるアストロラビウム・ガリレオガリレイの試作がつくられたのも同じ年で
④機械式腕時計にこだわる姿勢を鮮明に打ち出したクロノスイスがスタートしたのも1983年という具合です
一方で、ジェラルド・ジェンタは、1972年にオーデマ・ピゲからロイヤル・オークを、1976年にパテック・フィリップからノーチラスを、それぞれ機械式ムーブメントを搭載したSS素材のスポーツウォッチとして発表しながらも…
1976年に「ブルガリ・ローマ」を担当してブルガリが時計部門に進出した際に使ったのはクォーツ式ですし、(ロレックスとは異なり)クォーツ時計の投入に積極的だったオメガから1982年にリリースされたシーマスター・ポラリスのデザインを担当した時もクォーツ式を採用しています
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1980年に創業し当時としてはユニークなモデルを発表したウブロがクォーツ式を採用したのは先述しましたが、クォーツショックの渦中にいたジェラルド・ジェンタは、デザインを重視したりクォーツを積極的に採用するブランドにはクォーツ式を、格式のある頂点ブランドには新しいテーマを持つ機械式をという具合に、デザイナーとしてそれぞれのブランドや時計に相応しいように使い分けています
カルティエの当時の時計を探してみるとクォーツ式が多めだとも気づくでしょう
ちなみに、1983年前後のロレックス・エクスプローラーⅠの日本での流通価格は20万〜30万、デイトナは30万〜40万です
ヴィンテージ・デニムやドイツ生産のアディダスやアメリカ製のナイキなどのスニーカーも普通に置かれていた時代でもあります
ブレゲの初代マリーンを手がけたヨルグ・イセックは、ヴァシュロン・コンスタンタンの222をデザインした大物として今後他のモデルも注目されていくものと思われますが、クォーツショックの中で三大ブランドが新基軸として打ち出したSS素材の機械式スポーツ時計が、すなわちラグジュアリー・スポーツ・ウォッチと現在呼ばれて大人気のジャンルだった
クォーツショックからスイスの機械式腕時計の復興、その後に大きく広がる展開の先にある今現在に、1970年代に打ち出された青い文字盤のSS素材でできた時計が尚もブームを牽引している
この辺はまだ自分には理解が十分ではないので、宿題にしておきます