甘い自己嫌悪/かやの夏芽

 久しぶりだね、と一か月前と同じ挨拶を交わして、明日香が向かいの席に座った。夜のファミレスとはいえ、まだ十九時過ぎだ。近くのボックス席では部活帰りらしい高校生たちが騒ぎ立てている。
「飲みじゃなくてほんとによかったの?」
「いーの。会社のオジサンたちと飲むのだってだるいのに」
 優佳の問いに、明日香がうんざりとした顔で答える。明日香はすぐにタブレットを取り、ドリンクバー入れるよ! と慣れた手つきで番号を入れていく。
「コーラでいいよね」
 明日香はさっと席を立って行ってしまった。優佳は浮かしかけた腰をそのままに、ありがとう、と呟いた。
 明日香とは中学からの友達だ。学生らしく、うちら親友だよねって確かめ合ったこともある。同じ高校に進学して、そのまま工場に就職して。別々の会社だけど似たような仕事だから、社会人四年目の今もこうして月に一度は会えている。それが嬉しくもあり、また、ちょっと後ろめたくもあった。
 最近の明日香はまるで別人だった。流行りのカラーに染め上げた髪をいつもキレイに巻いていて、メイクも上手で、彼氏もできて。対する優佳は髪なんて染めたこともないし、いくら練習してもまつ毛をうまく上げられない。
 垢抜けた明日香が、今の自分をどう思っているのか。優佳はいつもちょっと不安だった。わたし、まだ明日香と友達でいいのかな? そんな風に思ってしまう自分だってダサくて嫌だった。だってもう、わたしたちは高校生じゃない。
「お待たせいたしましたー」
 店員の声色を真似て明日香が戻ってくる。
「懐かしーそれ! 高校の時いつもやってた」
「もう優佳の前でしかやんないけどねえ」
「えー? うそぉ」
 優佳は努めて明るく振舞った。暗いとか地味とか、明日香にだけはそう思われたくなくて、とにかく必死だった。
 食事を頼んで、他愛もない話とほんの少しだけ仕事の話をし、気づけば隣の高校生グループはいなくなっていた。店内は急に大人の空間みたいな空気を纏いだして、すこし暗い照明に照らされた明日香がもっと大人っぽく見えた。居心地が悪い。優佳は空になったコップを掴んだ。
「別のやつ取って来るね」
「いてら!」
 不自然に見えないくらいのゆったりとした歩みでドリンクバーに近づく。明日香と飲むのはいつだってコーラかメロンソーダだ。それだけが昔のままで嬉しい。けれど、それを喜ぶ自分がまた嫌になる。
 グラスを右手に持ったまま、優佳はホット用のカップを手に取った。コーヒーは飲めない。緑茶は渋い。消去法でりんごの紅茶を選んだ。お湯を注ぐと甘い香りがふわりと鼻をかすめた。ちゃちな見栄だった。
 席に戻ると、明日香が「コーヒー? お茶?」とカップを覗き込んできた。
「りんごの紅茶にしたの」
「えー紅茶? なんかオトナじゃん」
 明日香にとっては適当な言葉だっただろう。なのに、優佳は今日言われたどの言葉よりも嬉しいと思ってしまった。そうかなあ、と返した声が上ずって、慌てて紅茶を口にする。香料で誤魔化したフルーツジュースみたいな味だ。りんごらしくも紅茶らしくもない。張った見栄通りの味だった。
 最後に二人でアイスを頼み、それで今日はお開きになった。駐輪場を見ると、いつもは明日香の自転車もあるのに、今日は優佳の自転車しか停まっていない。
「明日香は親の迎え?」
「ううん。今日金曜じゃん? 彼氏の家泊まるから今から車で来てくれるって」
「えーいいねー」
 嘘っぽく見えないよう、必死で笑顔を作る。でも明日香はずっとスマホを見たままだった。
「彼氏遅くなるって。優佳は先に帰りなよ」
「うん。ありがと」
 優佳が小さく手を振ると、その手に明日香がハイタッチする。
「また会お! 気をつけてー」
「うん! 会お!」
 自転車を漕ぎだす。ファミレスの敷地を出る寸前で振り返ると、明日香が大きく手を振ってくれていた。
 変わっていく明日香の変わらないところに、優佳はいつも泣きそうになる。劣等感からもう会いたくないとすら思うのに、また次も誘いに乗ってしまうのだろう。そんな自分もやっぱり嫌いでたまらなかった。


お題:フルーツジュース

前回の烏龍水さんに引き続き、指定したキーワードを必ず本文に入れる、というルールで書いています。

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