鱗、落ちて/烏龍水

 何がきっかけか、わからない。
瞼の裏が真っ青になった。次には、自分のものとは思えない声をあげて、手足を振り回していた。目の前のテーブルからマグカップが落ちていく。子どもならば、癇癪と呼ばれる状態だろう。憤りと悲しみと憎しみが混ざりに混ざって、形容し難いものに変容し、それがこの身を借りて暴れていた。それは、ありとあらゆる罵詈雑言を迸らせる口のみならず、目からも涙となって滴り落ちる。何が何なのかわからない。自分でも、わからない。ならば、私を抱く男はもっと理解不能なはずだ。だが、眉を顰め、目尻を下げたその瞳に見えるのは戸惑いや哀れみよりも何か別のものであり、私を抑える腕は弱々しく思えた。
体感にして数十分。現実ならばもっと短いはずだ。ぼんやりとした頭のなか、絶え絶えとした息が乾いた喉を痛ませる。目から下の皮膚が腫れたような感覚と、鼻詰まりが苦しい。のたうちまわっていた手足も怠かった。それでも、男は項垂れたように、未だ私を抱きしめていた。身体にまわされた腕に目線を落とすと、筋張った浅黒い肌が煌めいてた。光の加減によって青やら緑やらに見える金色のそれは、私がつけていたグリッターアイシャドウだった。大粒のラメが、まるで剥がれ落ちた鱗のようだった。
ああ、この後どうなるのかな。
諦観と後悔が混ざり合った溜息が漏れる。床には白い陶器の破片と、コーヒーがぶちまけられていた。

いいなと思ったら応援しよう!