七七を探して/かやの夏芽
ドーナツの穴を通して海を見る。
寝ぼけた頭で受けていた三限の講義中、天音は夢とうつつの狭間でそんな句を拾った。残りの七七を探そうとして――終業のチャイムに夢をかき消された。
夢の中に置いてきたものを現実で探そうなんてバカげている。でも今日の天音は三限しかないヒマ学生だったので、バカげたことをしようという気にもなった。
今季最大の寒波が押し寄せている日だ。空はどんよりと濃い灰色。冷え切った空気がマスクを突き抜けて鼻の奥が痛い。底の薄くなったムートンブーツでアスファルトを踏みしめる。のしのし。気分はさながらマンモスを狩りにゆく原始人のようである。とはいえ、天音は現代っ子なので、獲物はあたたかいお店の中にいる。すでに華麗に仕留められた状態で。
ドアベルを鳴らして店内に踏み込むと、暖気が一度に押し寄せて全身がぶるりと震えた。ぶるぶるしながらマフラーと帽子を取り、トートバックに突っ込む。まだ肺の奥には外の空気が残っていて、温度差でおかしくなりそうだった。深呼吸で肺の中身を入れ替え、天音はやっとトングとトレイを手に取ることができた。
さて。穴を通して、というくらいなのだから、今日はクリームの入ったドーナツは買えない。もちもちのリングドーナツも、穴だけど穴じゃない気がする。もっとこう、丸くて、景色もよく見えて、ついでに天音の好きな味で――……。
お会計を済ませ、天音は再び灰色の空の下に出た。ぷわぷわと雪の粉が舞ってくる。こんな日に海に行くなんてやっぱりバカげてる。けれど、夢の中に置いてきた十四音をどうにかして見つけたい。でも、でも、やっぱり寒いしバカげてる。天音はドーナツ屋の前でキッカリ三分唸って、結局来た道を戻った。
講義棟の奥にある研究室棟は、なぜか理学部だけ六階建てなのである。六階まで上ればギリギリ海が見える。古びたエレベーターで最上階にたどり着く。静まり返ったフロアを、ひたひたと窓際まで進んだ。
ちょうど日が傾き始めた頃合いで、遠い海は少しずつ色を変え始めていた。窓に向けてハニーチュロスを掲げる。いちばん穴が大きなドーナツを選んだだけのことはある。海はすっぽりとチュロスの中に納まった。
ドーナツの穴を通して海を見る、
ハニーチュロスの額縁の中。
凡庸、と苦笑いをしながら、天音はチュロスを齧った。はちみつの甘さがうれしい。バカげたことをした労をねぎらうのには、ちょうどいい甘さだった。
帰りのバスで眠ったら、落としてきた十四音と再会できるかな? 現実で探すのは、ちょっと諦めたほうがよさそうなので。天音はチュロスの最後の一口を飲み込み、バス停へと歩き出した。
お題:ドーナッツ
お題提供:一昨日の通話相手