雨だから/かやの夏芽

「雨降ってなかったら幸樹ん家行くから!」
 週明けから、恵太は別れ際にそう言うようになった。せっかく四年になって学童がなくなったのに。オレにとってはちょっとつまらなかった。三年の時、四月からは毎日遊ぼうって言って、本当に学校がある日は毎日遊んできたのに。
「なんで雨の日はダメなの?」
 水曜の放課後、オレはとうとう恵太に聞いた。今週はもうずっと雨なのだ。三日も遊べないのはちょっとじゃなくつまらない。
 恵太はムスッと口をとがらせて、昇降口の湿っぽい砂を蹴った。
「笑わねえ?」
「なに?」
「カサ壊したの」
 ――四年生のくせに? オレが言いかけたところで、「康太が!」と恵太が付け加えた。コータくん。恵太には一年生の弟がいる。オレと一字違いだから名前だけ知ってる。
「で、あいつカサないのね。でも家に子ども用のカサってオレのしかないからさ、そしたらオレの貸すしかないじゃん?」
「それでお前カサないの?」
「あるけどさあ! パパのやつ。黒くてデッケーやつ」
 恵太が両手を広げる。オレのパパのもなんか黒くてデカイからわかる。重いし目立つからヤダ! と言う恵太の気持ちが。
「だからオレ雨の日は家なの! じゃまた明日!」
 恵太は体操服のシャツを太陽の塔みたいに被って昇降口を飛び出して行った。雨の中を青いランドセルが遠ざかっていく。オレものそのそ歩き出した。水たまりを蹴ったところで、ふと気づく。
「オレが行けばいいじゃん!」
 スニーカーをべしょべしょにしながらオレは家と逆方向に走った。青いランドセルは見えない。カサなんか差したままだから走りにくいんだ! カサを畳んでまた走り出す。ランドセルが背中を打って痛い。筆箱と給食セットがガチャガチャうるさい。でもとにかく恵太に追いつきたくてがんばった。
「けいたー!」
 アパートの屋根の下に恵太を見つけ、オレはカサを掲げて振った。恵太がこちらに気づく。
「幸樹? なんで濡れてんのー?」
 五〇メートル先から声が飛んでくる。オレは答えずに、九秒以上かかって恵太の元に到着した。しばらく息が上がって何も言えなかった。
「邪魔だったから」
 落ち着いてまずそう言えば、恵太は一瞬何のことかわからなさそうな顔をしていた。お前が聞いたんだろ。でも言いたいことはそれじゃない。
「なあ、オレ気づいたんだけど、恵太ん家までオレが行けばよくない? そしたら雨でも遊べる」
「え、ダメ。勝手に家で遊んだらママに怒られる」
「じゃあ玄関は?」
「ダメ」
「玄関の外は?」
「ダメ……じゃないかも?」
 恵太はずぶ濡れのまま一度アパートの中に引っ込む。玄関に小さいスニーカーが隅に寄せてあった。コータくんは今頃長靴とカサを装備して学童にいるのだろう。
 五分もしないで恵太がお菓子を持って出てきた。
「スイッチ濡れたらさ、ほんとに終わるからさ。おやつだけな」
「いーよ。ありがとう」
 それから、道行く車が水たまりを跳ねるのを眺めて一緒にポテチを食べた。オレはランドセルも何もかもそのままだったから、筆箱から鉛筆キャップを出してベイみたいに戦わせて遊んだ。たまたま全負けしたけど楽しかった。
「カサ土曜に買ってくれんだって。早く土曜になんないかなあ。それか明日天気になんないかなあ」
「どっちもなったらいいなあ」

 そしてやっぱり次の日も雨で、恵太は太陽の塔になって駆けていく。オレはその背中に叫んだ。
「雨降ってるから恵太ん家行くから!」

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