土よ甘くなれ/かやの夏芽

 二月十三日の夜に土みたいな生地をこねている女子高生は、果たしてこの世に何人いるのか。美雨はレシピサイトとにらめっこをしながら、粉まみれの手で土をなんとか泥団子にしようと格闘していた。
 キッカケは一週間前。そろそろバレンタインのお菓子を決めようと、美雨は親友にそれとなく話を振った。今オススメのお菓子とかある? 聞かれた莉乃はちょっと悩んだ後、スマホを見せてくれた。
「スノーボールクッキーって食べたことないかも」
 画面には洒落たパッケージのクッキーが映っていた。ぽわぽわと白い粉を纏い、なるほど莉乃好みの可愛さだ。三駅先のケーキ屋さんのアカウントだった。
「これと同じやつ?」
「うーん? 同じじゃなくても」
 べつに、うん、いいかな。ぽつぽつ言葉が置かれる。
「……もしかしてバレてる?」
 美雨がいぶかし気な視線を送る。莉乃はいたずらっぽく笑った。
「えー? 知らない知らない」
「ほんとに?」
「美雨がバレンタインに作ってくれるとは思ってないよ」
「しっかり知ってるし」
 もう隠す気も失せて、美雨は目の前でレシピを調べ始めた。粉と油と粉砂糖があればどうにかなる、っぽい。
 なあんだ意外と簡単そう――と、思って全く試作しなかったのがバカだった。おかげで今の美雨は手を土、のような質感のココア生地まみれにしている。
「マジで土だった? 丸くとかなんなくね……」
 手のひらで転がす以前にヒビが入って空中分解する。やっとまとまっても綺麗なボールにできず、こねているうちに土に戻る。油ねんどで球が作れなくてキレた保育園時代を急に思い出した。
 今更別のレシピをググるのも面倒で、美雨は莉乃に電話をかけた。
『ほいほい何かね』
「ココアが土になってヤバいの」
 ふは、とスピーカーから笑い声が零れてくる。美雨はほとんど泣きそうだった。数Aの課題が終わらなかった夜よりつらい。
『それさあ、生地一旦寝かせたら』
「ほんとに? だいじょぶ?」
『なに、美雨泣いてるの?』
「泣いてなーい」
 手を洗う水の音に紛れさせて鼻をすする。土にラップをかけ、テーブルの隅に追いやった。
「ねえ、莉乃は何か作った?」
『キット買ってきてカップケーキ焼いてるよ』
 相手のカメラがオンになる。オーブンの中で膨らむケーキが見えた。
「私もそれにすればよかった」
『じゃホワイトデーは一緒に作ろ』
「うん」
 ネットでホワイトデー用のキットを探しているうちに、莉乃のカップケーキが焼きあがった。画面越しでもおいしそうだ。
『美雨も生地見てみなよ』
 放置していた土は、油がなじんで生地らしくなっていた。これならなんとか形にできそうだ。美雨の全神経を集中してボール状にしていく。
「がんばってるけどさあ、マズかったらごめんね」
『大丈夫だよ。美雨の気持ちが嬉しいし』
 莉乃がそう言ってくれるだけでも、ちょっとがんばった甲斐があった。親友の優しさを噛み締める。
 どうにか残りの生地も丸まってくれた。天板をオーブンに入れ、焼き時間をセットする。
 きっとおいしくなれ、と祈りを込めながらボタンを押した。

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