グラス・イン・マイライフ/烏龍水

 しゅわしゅわ。
炭酸が弾ける。
僕の人生観は、ソーダだ。
グラスが育った環境。形も耐久度も、中身は選べないのに、グラスによって決まってしまうような不条理。中身、つまりは飲料水は、色と味は個性と呼ばれるけれど、奇抜だったり、グロテスクなものだったら、周りから距離を取られる。含まれる炭酸は、生命そのもの。弾けるうちはいいが、炭酸の抜けた水は、ただただ味が強調されるだけだ。培ってきたそれだけが、残る。
「哀しいかな。」
「何がさ。」
喫茶店のカウンターで高足のメロンソーダを啜る僕の独り言を、マスターが拾う。このマスター、彼の祖父から店をついで三年なのだが、二十五歳の僕と同じ歳の若者である。その割には、シックな店内で、白シャツがに黒いベストで珈琲を淹れるのが様になっていた。
「炭酸って、人生だよね。」
「はあ。」
哲学めいた僕に、気の抜けた返事がされた。
「ゆっくり飲もうとすると抜けちゃうのに、急いで飲むには刺激が強いのよ。」
「…ふうーん。」
マスターは僕の言葉を考えているのか、洗い物がそぞろになっていた。
「ニートの君には、こんな喫茶店で茶をしばいてる暇はないってこと?」
「そーゆーことになるのかなぁ。」
真夏の濃い影が揺れる窓の外を、今日も忙しそうに人は歩いていく。それを眺めながら、僕はちょっと反発した。
「でも、こんな店って言いたくないかなぁ。」
「なんでさ。」
「好きだからね。」
この店も、マスターのことも。
それを聞き、マスターは口角を上げた。
洗い物を止め、手を流すと、冷凍庫を漁り、白い箱とディッシャーを手にする。箱を開け、軽く濡らしたディッシャーをめり込ませると、そのまま、僕のグラスの上に持っていき、カチリと持ち手を動かした。
「じゃあ、君の人生にはアイスがあってもいいんじゃない?」
14番ディッシャーのバニラアイスがぽこんと浮かび上がる。島のような、雲のようなそれは、メロンソーダの化学的な緑をさらに鮮やかにした。
「生クリームも、さくらんぼもあるよ。」
銀色の缶を取り出すマスターを苦笑で制止する。
「いや、飾りすぎは好みじゃないよ。」
早速、バニラアイスが溶け出していく。混ぜればきっと、また違った味と色になる。
「まあ、人生に必要なのは。」
ソーダにアイスクリームをのせてくれる人なのかもしれない。
渡された伝票を見る。
税込450円。ソーダフロートの値段であった。

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