蛇の天下り/烏龍水


  本日、何度目かわからないが鏡を見た。冠から下がる燐論珠玉に、身に纏った金銀錦の衣が我が身の落ち着きの無さを表すように揺れている。今日この日のために磨かれた鱗がなんだか頼りない。
「ねえ。」
隣にいた世話役の大蛇に声をかける。
「ミーさ、これ、全部着るしかないの。」
「はい。」
「這いにくいったらありゃしないんだけれど。」
居心地の悪さを自分の尻尾で訴えたが、先端につけた鈴が鳴るだけで、ただ楽しそうにしているだけになった。
「祝いの席に主役が裸のまま来たら、下々の者が困るでしょう。」
「そのとおりだけどさぁ。さすがに、下界に降りたら脱いでいいんでしょ?」
「さあ?」
「え。ミーはずっとこのままかもしれないの?まさかね?」
不安から世話役に問いただす。露骨にうるせえなと顔に出した世話役が、時計を見ると「そろそろですねぇ。」と呟き、グイグイと自分の背中を押す。
「ちゃんとあっちでは真面目にやるんですよ。」
「いつもミーは真面目だよ!」
「そのふざけた一人称は絶対やめてくださいね。」
「え、親しみがあって良いと思ったのに。」
「ダサい。」
「な、ダサ……?!」
「はい、じゃあ、いってらっしゃーい。」
一生懸命考えた一人称をばっさりと切り捨てられた動揺から思考が停止したところを玄関扉から尻尾でぶん投げられた。実家が雲の上にあるもので、当たり前だがそのまま落下する。
「1年会えないのにそんな見送り方でいいのかよ!じいやー!」
遠くなる実家に叫ぶが、空気抵抗で口があばあばしてまともに言えてない気がする。というか、着地どうするのこれ。
「やあ。蛇さん。」
必死に雲の中をくねくねしてると下から大きいハスキーボイスが聞こえた。
「あ、前任の。」
「初めまして、辰です。次、よろしくね。」
自分たち蛇とは似て非なる、鬣に立派な爪を持ったその生物とは初めて会ったが、恐らく牙を剥き出しにして微笑まれた。
「そうやってくねくねするのもありだけれど、慌てずにね、まずは受け止めることから始まるんだよ。」
「はい……。」
「不安?大丈夫だよ。そしたら、自分なりの進み方がわかるから、ちょっとずつ進め。なに、1年なんてあっという間だ。次に繋げられれば全て良し。」
そう言って龍は上昇していく。しかし、ぴたっと停止して振り向いた。
「あ、干支マニュアルは机の上にあるから!着いたらすぐ読みな!」
「ありがとうございますー!」
良い龍だなと思いながら、落下は続く。くねくねするのもぐずぐずするのもやめた。大人しく空気に身を任せていると、雲が晴れた。
下界は灯りが煌めいて、地平線を縁取っていた。
現在が嫌いな誰かが自分と決別しなくても変われるように、負った傷を癒せるように。脱皮することでそれを象徴する自分は見守ることしかできないが。
「がんばろ。」
時間は刻々と迫っている。
「3、2、いーち。」
誰かのカウントダウンが聞こえ、自分は着地した。
「あけましておめでとう!」
紅白の紙吹雪が舞い、金碧煌煌の花火が上がる。人々は楽器を打ち鳴らして、鐘の音が遠くまで響いた。
「よろしくね。」
誰にでもなく蛇が呟く。
この年の干支は、その一人称が変わっているとかなんとかで少し話題になったとか。


お題「カラフル」

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