星空職人リューグ/烏龍水

 昔、人が地上と呼ばれる場所で暮らしていた時代、空はその名を冠する色で表され、さらに上にある宇宙と呼ばれる空間から星と呼ばれる光は届けられた、らしい。とても古い話だ。だが、なぜかわからないが、今では、地面深くに穴を掘り、掘り続けて、大きな空洞を造り出し、そこに街を築いてほとんどの人が生活している。その開発は鉱夫たちにより今なお進んでおり、僕らの世界は広がっていく一方だ。そして、ここで必要不可欠なのが光である。『オヒサマ』がないために、人工的な光源の発達が進み、『ツキ』と『星』を創りだし、その管理をする僕らは〝星空職人“と呼ばれた。
 
 ワイヤーの継ぎ目でゴンドラが揺れる。自動運転で進むそれの中、僕は今日の仕事内容をパンと咀嚼していた。
(セドニアム地区M-51の3等星『ユコモロ』の光球交換と、隣の地区のT-6の5等星『ニリラ』のメンテナンス……。)
ゴンドラの上部から顔を覗かせる。眼下の街とは異なり、はるか前方に『星』はなく闇が広がっている。そこは開発途中の地域で、これから新しい『星』が設置される予定だ。しかし、見習いの自分では新しい『星』を創らせてはもらえず、ただ既存のもののメンテナンスしか仕事が振られてこない。『星』と『ツキ』は明かり以外に道標や暦に使われており、インフラといっても過言ではない。代々、それを生業としてきた家に生まれたため、耳にタコができるぐらいその重要性を説かれてきたが、来る日も来る日も街の上空を周るしかなかった。
(飽きてきたな。)
ゴンドラが向きを変え、体が傾く。上空には自分のような見習いでは触れることさえできない『ツキ』が煌々と輝いていた。星空職人の家だからか、はるか昔の人の暮らしについては祖父から寝物語で聞かされてきた。彼曰く、星やら月やらは神が創り賜うたとのだったと。ならば、それを造りだした自分たちも、神と呼ばれるのだろうか。
(なんて、烏滸がましい…。)
そろそろ今日の仕事場に着く。僕は命綱とヘルメットを確認した。つい先日も、職人の1人が落下して重体だそうだ。まったく、命懸けである。

「あー疲れた。」
振られた仕事を終え、ふらふらと街を歩く。寝る前に酒でもと思って酒屋を覗いていると、上着の裾を引っ張られた。
「ん?」
「お兄ちゃん、星空職人でしょ?!」
前歯が1本抜けた子どもが、自分の裾を握っている。
「ああ、まあ。そうだが。」
「ちょっと来て!」
「え。えー。」
子どもにひっぱられるまま、酒屋の外に出る。(ああ、店閉まっちまうよ。)
子供は路地を抜け、広場に入り、そのまま高台へ登った。
「あの星を、なおしてのしいの!」
指差した先の空に無数の『星』が見える。
「…あー、どれ?たくさんあるんだけれど。」
「『ヴィネ』!『ヴィネ』って言うの。」
持っていた星図を広げ、示された方角と名前から子どもが言う『星』を見つけ出す。
「4等星かぁ。」
街の明かりでどれかはっきりわからないが、見当をつける。まあ、しかし、子どもの頼みと言えど、仕事を終えた身としては今日やるのは面倒くさい。
「明日でいい?」
「えー!だめ!」
子どもが頬を膨らまして地団駄を踏む。
「今すぐやって!」
「いやぁ、部品あるかわからないぞ。」
「やだやだー!」
五体投地もかくやという有様である。仕方ない。
「わかったよ、とりあえずなおせたらなおすさ。」
安請け合いだが、子どもを泣かすのは後味が悪い。拠点の工房に道具を取りに行くことにした。

装備を整えてゴンドラに乗り込んだ。子どもはもちろん連れてこれないから、工房に置いてきた。すれ違うゴンドラは少なく、酒屋は閉まってしまっただろうと嘆きつつ、着いた現場の『星』は点滅すらしていない。
「光球切れ…か?」
見たところ、古いものではなさそうだ。スイッチを切り、八面体のガラス製のカバーを外す。中の光球を取り外し、持ってきた4等星用のものと替える。
(良かった、対応してるやつだった。)
職人によって使う光球が異なるため、留め具が合わないことがある。今回は杞憂だったようだ。スイッチを入れると、パッと明かりがついた。見立て通りだったようだ。カバーを嵌め直すと、一角に黒いシミみたいなものがある。拭っても落ちないため、よくよく見ると文字であった。
『2xx年x月1日 ヴィx スード』
掠れた部分もあるが、製作年月日と『星』の名前、そして製作者だろう。軽く布で全体を拭き、僕は工房に戻った。

「おーい、なおったぞ。」
子どもはおとなしく待っていたようで、外に出るなり、表情が明るくなった。
「あ、ほんとだ!ありがとう!」
「ここからよくわかるな。」
「うん、だってお母さんだもの。」
感心したような声を出した僕の体が一瞬ぎこちなくなった。
「お母さんはね、急にいなくなっちゃったんだけれど、あの『星』になったんだって、お父さんが言ってたんだ。でも、お父さん、昨日大怪我しちゃって、今日が〝ヤマバ“だって…。お母さんも見えなくなっちゃったし…。」
「そうか…。」
星を見上げる。4等星の弱い光が揺らめいた気がした。古来、人は星にその望みを願ったらしい。自分は職人であって、神ではない。その願いを叶えることはできない。だが…。
「…親父さん、良くなるといいな。」
一緒に祈ることはできる気がした。子どもの手をひいて家に送る。人造の『星』たちが街を照らしていた。

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