シュガーバターの慢心/烏龍水
世間的に、〝シュガーバター”というものが、どういう立ち場を持っているのかよくわからない。
大体のクレープ屋のメニューには常駐しているが、注文する人を見たことがなく、自身も頼む機会がない。いや、不味い訳でも嫌い訳でもないのだ。その理由を正直に言ってしまえば、クレープの皮さえ用意できれば、家でも簡単に作れてしまうから。加えて、クレープでなくても食パンにバターを塗って砂糖をかけて焼けば、その味を堪能できるのである。そう考えてしまうと、わざわざクレープ屋で頼む気は無くなってしまい、大体、〝ブルーベリーチーズケーキ“とかいう洒落たものを注文するのである。
しかして、先述のようにクレープ屋から〝シュガーバター“が消えることはない。そして、大体、私の注文候補のうちの一つに入っているのだ。
「まるで、貴方みたいだよ…。」
「あ?」
クレープ屋のショーウィンドウに並ぶ食品サンプルを眺めていた彼氏が過剰反応する。この過去最高と言われる炎夏で気が立っているのだ。
「貴方はシュガーバターなのよ。」
「ついに頭がおかしくなったか。」
彼氏はアイスコーヒーだけを頼もうとしているようだ。カフェインは水分に入らないのに。
「てか、俺のこと、地味って言いたいの。失礼じゃない?」
「ちょっと違うんだよなぁ。」
「何がだよ?」
喉が渇いているのか、男はこちらを急かすように財布を取り出す。小銭を確認するように、ジャラジャラと音を鳴らした。
「決定打がない。」
「…は?」
小銭が黒い財布の蓋の隙間から逃げだして、床に落ちていった。チャリンと、転がる音が床に響く。
「付き合って十年だからそろそろ将来を考えたいんだけれど。これと言って、貴方じゃないといけないって理由がないのよね。」
昔こそ、この男と恋に燃え上がった時もあったが、店に入ってから三分も相手を待てなくなった彼では、燃えるものも何もない。ただ、このままでいいのかと、行く末のわからない我が人生が問いかけて来ることがあるのだ。
五十円玉を拾って彼に渡す。暖色系の照明でさえ、銀色の冴え冴えした輝きは変えられなかった。
「…長く、愛されてきた自信があります。」
「驕りじゃないの、それは。」
黙ってしまった彼は、五十円を握る。
カウンターでは店員がバツ悪そうに立っていたから、とりあえずアイスコーヒーを一つ頼んだ。クレープは食べる気が出なかった。