【掌編】ハッピーバレンタイン!/かやの夏芽
自分に花が送られてきたらしい。そんなメッセージを受け取って柊一が帰宅したときには、すでにリビングのテーブルに小さなフラワーアレンジメントが置かれていた。母が「おばあちゃんからだよ」と教えてくれる。
「ごめんね、お母さんの名前だったから開けちゃったの」
「いいよ」
祖母はいつも同じ花屋さんを使うから、宛名が母の名前で登録されているらしかった。
送られてきたのは、片手で持てるくらいの小さなフラワーアレンジメントだった。カードには『ハッピーバレンタイン!』と祖母の字が添えられている。花を贈られること自体が稀なのに、送られてくるなんてもっと稀だ。とはいえ、最近はバレンタインに花を贈ることも珍しくはないとも聞く。それが祖母から男子高生の孫へ、というのは、やはり少し珍しいかもしれないが。
「これ部屋に飾ってもいいかな」
「いいじゃない」
母が嬉しそうに微笑んだ。この人はいつも、柊一の部屋が黒いものに溢れていることを気にしている。
柊一は花の居場所としてカラーボックスの上を選んだ。名前は分からないが、かわいらしい花だった。赤とピンクを基調に生けられており、小さな花束のようである。色数の少ない部屋が急に華やいだ。
スマホが上手く使えない祖母のために、柊一は返事の手紙を出すことにした。祖母にしか使わないレターセットを取り出す。これすら、黒だの紺だのの地味な色ばかりでちょっと可笑しかった。
『おばあちゃんへ
お元気ですか。僕は元気でやっています。
花をありがとう。とても気に入りました。
また夏休みになったらそちらへ遊びに行きます。お元気で。』
書いてみたら、たったの四行だ。これではつまらないなと、花を飾った様子を写真に撮り、印刷する。これでもまだ微妙だ。
「ねえ、おばあちゃんに手紙なんて書けばいい?」
リビングに戻って母に手紙を見せた。一読して、あなたの字って綺麗ねえ、と母は関係のないことを言った。
「お菓子でもつけたら。まだスーパーやってるでしょう」
「そっか。バレンタインだもんね」
柊一はそのまま夜のスーパーへ走った。特設コーナーには色とりどりのチョコが並んでいる。つい、黒やら紺やらの箱に手が伸びそうになるのをグッとこらえて、柊一は売り場を見回した。あの花みたいに、かわいいチョコ。ないかな? ふと、鮮やかな花柄の箱が目に入った。バラの形をした小さなチョコが、スウィート、ミルク、ビターの三種セットで入っている。うん、おばあちゃんらしいかも。
一応値段を確認した。うん、予算的にも問題ない。ギリギリ。小さなカードも買って帰った。
祖母がしてくれたように『ハッピーバレンタイン!』と書き添える。ようやく贈り物らしくなった。
母に梱包材を貰って、手紙の封筒とチョコを一緒に紙袋に入れる。それを薄いプチプチで包み、さらにビニール袋の中へ。最後に専用の封筒に詰めて、透明なテープでしっかり封をする。
「そんなにすることないんじゃないの」
母が笑う。
「今週はずっと晴れ予報だよ」
「いいの」
柊一は念には念を入れた。だって、大切な贈り物に傷がついたら悲しい。
「ポストに入れてくる」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「いってきます!」
柊一はまた寒空の下を駆けた。近所のポストは一日一回しか回収に来ない。次の回収は、明日の十三時。それから郵便局で仕分けられて、県境の町まではどれくらいかかるのだろう。なんとか十四日のうちに届くといいな。もし間に合わなくても、折れたり凹んだりしないで届けばいいな。
願いを込めて、柊一は封筒を投函した。