春を取り戻せ 猫カフェ編 /烏龍水
若い頃は夫婦揃って仕事漬けで、金もなかった。家には寝るために帰り、食事すらテーブルについて食べなかった。そんな私たちには子供も、もちろん、ペットもいなかった。
「…」
かつてないほど無言で真剣な面持ちの夫だ。このような顔、両家顔合わせの時でも見せなかった気がする。彼の手元からはゴロゴロと雷雲を思い浮かばせる音がきこえる。
「かわいいわね」
「…」
もう夫は夢中だ。ふわふわと軽く、しかし中身のある暖かさをもつこの生き物は、古来から人間を虜にし、下僕にしてきた。
そう、猫である。
私たちは家の近所にできた猫カフェに来ているのだが、思ってたより猫の数は少ない。客数に合わせているのか、休憩時間があるのかわからないが、夫はさっきから窓際で寝ていた白猫を撫でていた。
「お前はどうなんだ。」
「え。」
「ずっと俺の近くにいるだけだろう。」
猫が嫌いなのかと聞かれたが、そうではないのだ。ただ、
「私、猫には好かれないのよ。」
ぼそりと呟くと夫は目を丸くした。白猫に手を伸ばし二、三度撫でるが、猫は「何か違うんだよなぁ」みたいな表情で起き上がり、反対の壁へ行ってしまった。
「ほらぁ。」
「撫で方がちがうんじゃないか。」
他の猫のところへ連れて行かれたが、どの猫にもそっぽを向かれるか、逃げられる始末。餌を持った時だけよってくる、ゲンキンな奴らである。
「も、もういいわよ。」
夫が3個目のおやつセット(1個300円)を買おうとしているのをついとめてしまった。
「だけど、つまらんだろう」
たしかに、つまらないが、だがなんだか餌という手はズルい気がするのだ。
「そうかぁ。」
少ししょんぼりとした感じで財布をしまう夫に、なんだが、三角の耳とへにょりとした尻尾を幻視してしまった私は笑いながら言った。
「いいのよ、私、犬派だから。」