ただひとつの味/かやの夏芽
桜の木に葉が目立ち始める頃になると、スポンジを焼く甘い香りを思い出す。父が『新年度の甘味初め』と称して四月に作っていた、シンプルなショートケーキの香りだ。それを思い出してしまうから、家を出た今でも、湊は毎年春にケーキを作っている。
――簡単なレシピだから湊もすぐできるようになるよ。
そう言って父がレシピを伝授してくれたのは、小学生のときだった。甘味初めなんてものは他のどの家にもないらしい、と知った頃だった気がする。
父からの教えは、材料を量って粉をふるえば、あとはひたすら混ぜる、混ぜる、混ぜる。それだけだ。なんでそうなるんだってくらい顔に粉を付けながら、幼い湊は一生懸命父を手伝った。ハンドミキサーの勢いにビビって父に笑われながら。
父の言った通り、中学生になる前に一人で作れるようになった。今ではもうレシピもいらない。湊はさっさと生地を作り、オーブンレンジに型を置いた。あとは二十五分待つだけ。
母親を早くに亡くした湊にとって、父は父親であり母親でもあった。仕事も家事も、子どもに愛を注ぐこともそつなくこなしていた、ように思う。なんでもない日のケーキはエールだった。新学期を頑張る、愛する我が子のための。
子ども心に、たった一人で両親のお役目を果たすということの重みを感じてはいた。だからこそ、父が大変な思いをしないで済むのであれば、あたらしい『母』という人が現れても受け入れよう、という心持ちでいた。
しかしながら、その人はついぞ現れなかった。湊にとって母親がただ一人であるように、父にとっての妻も生涯ただ一人だったのではないだろうか。ちゃんと聞いたわけではないが、このケーキのレシピが母のものだと知ったとき、なんとなくそんな気がしたのだ。
ゴムベラやボウルを片付けているうちに、甘い香りが部屋に漂ってきた。まもなくオーブンが鳴る。焼き上がりだ。
「竹グシを刺してスッと通ればできあがり。」――丸い文字で書かれたレシピの最後の一文を、湊は今も鮮明に思い出せる。今も残る母の字は、きっとそれしかない。
魚焼きの上でスポンジを冷ましながら、湊はずっと甘い香りを静かに味わっていた。明日になったらシロップを作って、クリームを泡立てて、スーパーのカットフルーツで適当に飾り立てて。十五センチのケーキを四等分し、腹に納めきれない分は二、三日かけて食べる。父といた頃はもちろん、一人になってからは、ますます甘味初めなんて言葉だけになっていた。四月になって最初の甘味はたいていケーキじゃない。
けれど、どうして父が『甘味初め』をしていたのか、今ならわかる。時期なんか本当はいつだっていいのだろうけど、でも、毎年やらなければいけない。ただ一人の大切なあなたの味を、今日も、今年も、そして来年も忘れないように。大切なあなたを、忘れないように。