あいまいのままで/かやの夏芽
カーテンが揺れる些細な音で意識が浮上した。窓、開けたまま寝てた? 慌てて布団を跳ねのける。しかし、自分がベッドの真ん中に寝ていたことに気づいて、充希はゆっくり立ち上がった。六時。自堕落な大学生にとっては早朝だ。
「蓮華」
着替えてダイニングの戸を開ける。が、家主の姿はなかった。ついでに、昨晩の宅飲みの跡も綺麗さっぱり消し去られていた。蓮華はいつでも早起きである。高校時代の朝練の名残らしい。最近は充希もつられて少し早起きになった。蓮華と一緒の朝だけは。
ダイニングのテーブルには充希のスマホと、ストローが刺さったままのカフェオレだけが置き去られている。まだ半分以上入っているし、パックが冷たい。蓮華はしばらく戻らないだろう。先に身支度を済ませようと、充希は鏡の前に立った。別に出かける予定はないが、お洒落をしておくに越したことはない。
ふたりの関係は曖昧だった。しばしば互いの部屋に泊まるし、休日は二人で出かける。ひとつのベッドで眠ることもある――けれどそれは文字通りの意味しか含んでいない。出会って一年と少し、はじめて二人で遊んだ日からたぶん半年以上は経つ。いつの間にか揃って二十歳も過ぎてしまった。
――なんか、そろそろって感じじゃない? 鏡の中を見つめて様子をうかがう。アイロンとコスメに整えられた顔は、澄ました表情をしているのみ。やっぱそうでもないのかも。顔をゆがめると鏡の充希も苦笑いをした。
百面相をしているうちに蓮華が帰ってきた。おはようを交わしながら洗面所を譲る。うがいが終わるのを待って、蓮華の名を呼ぶ。鏡の蓮華と目が合った。
「私たちって恋人だと思う?」
蓮華は返事のかわりにゆっくりと振り返った。一歩近づいて直接目を合わせる。見つめ合って数秒、そのまま蓮華の手が伸びてきて充希の頬に触れた。洗いたての指が肌の上をやさしく撫でる。ちょっぴりつめたい。ハンドソープの桃がふわりと香った。
「……どきどきした?」
逆に問われてしまった。充希は蓮華の目を見たまま小首をかしげて、つめたい右手に自分の左手を添えた。一秒、二秒、三秒。蓮華の温度が充希に溶けていく。
「蓮華は?」
「ぜんぜん」
間髪入れない返事に、充希は思わず吹き出した。だってその通りなのだ。
「どきどきしないね」
「しないなー」
ひとしきり笑ってから、蓮華が買ってきた朝ごはんを袋から出す。
ふと、置きっ放しだったカフェオレのことを思い出した。ちらりと目をやれば、パッケージのヤギが滝汗をかいている。なんだか可哀想で蓮華に知らせてやった。蓮華が笑い出すから充希もつられてしまう。
やっぱりなんか、そろそろとかそういう感じじゃない。けれど、私たちにはそれが一番楽しい。だからそれでよかった。今はそれが、よかった。
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お題:飲みかけの珈琲
この作品はpixivよりお引越ししたものです。初出は下記になります。
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