もう、見えなくなっちまったよ/烏龍水
ああ、『ニンゲン』?飼っていたね。
俺の掌ぐらいの大きさで、名前は『ンギャラピア』。体毛の色から名付けた。42年間を一緒にいた。最期の方は、毛が白くなって更に小さくなっちまった。目がくりくりしてて、散歩が好きだった。優しいやつで、俺が仕事でヘマをして家で凹んで泣いてたら、背中をさすってくれたんだぜ。
だが、こいつは元々野良だったらしく、飼い始めた当初は気性が荒いこと荒いこと。手は噛まれるし、引っ掻かれるし。意外に歯が鋭くて、俺の手の鱗を突き破って、血が流れたこともある。ほら、ここ。もう、見えなくなっちまったけれど。小さい歯形だったよ。え、世話が嫌にならなかったって?……いや、叱ったことはあっても、嫌になることはなかったね。拾ったからには最期まで面倒を見るっていうのは当たり前だけれども、可愛くて仕方なかったよ。こんな可愛くて小さい生物が生きているだけで、俺は励まされたんだ。飼って後悔はしてないよ。ああ、でも、二度と『ニンゲン』は飼えないかなぁ。おいてかれちゃうからなぁ。でもなぁ……。
そういう先輩に、自分の買っている『ニンゲン』が産んだ子の写真を見せる。先輩は目を抑えた後、彼が連れ添ったペットの名を呟いた。生まれて1年の『ニンゲン』の子は、その名と同じ毛の色をしていた。
お題「もう、見えなくなっちまった」