ほんのちょっと特別/かやの夏芽

 高二の春に、同居していた祖父が亡くなった。程なくして、由樹の慣れ親しんだ部屋はリフォームされることに決まった。生前の祖父の提案通り、部屋を繋げて父の仕事部屋にするらしい。家族総出でひと月も片付ければ、部屋の物はほとんどなくなった。
 空っぽになってしまったけど思い出に浸りたくて、由樹と兄は自然と祖父の部屋に集っていた。
 今部屋に残っているのは、祖父が愛用していた座卓と四つの写真立てだけだ。四枚とも幼い由樹と兄の写真である。引っ越す前のアパートの部屋。昔あったコンビニの前。今はなくなってしまった、田んぼ横の用水路。よだれかけをした由樹と、半袖短パンの兄が笑顔で写っている。
「懐かしいな」
「兄ちゃんは覚えてんの?」
「小一くらいの時だから、何となく? お前はチビすぎて覚えてないか」
「俺こんな赤ちゃんだよ」
 よだれかけを指す。どう見ても、由樹は一歳か二歳くらいだ。覚えている方がちょっと怖い。
「あ、でも、これはわかる」
 青色の写真立てを手に取る。幼い由樹が座布団の上で寝ている写真。この座布団は、仏壇の前に置いてあるものと同じ柄だ。色味は違って見えるけれど。
「この俺、可愛いな。なんかちょっと笑って寝てる」
「ほんとだ。柱がここに写ってるから、そのへんか?」
 兄が襖の前あたりを指す。写真を掲げて見比べると、同じ位置のようだった。
「由樹、仏壇の座布団持ってこいよ」
「なんで?」
 兄がポケットからスマホを出す。
「なんかあんじゃん、赤ちゃんの頃と同じ場所で撮るやつ」
「あるけどさ。やんの?」
「やろ。ここにある写真で再現できるの、その由樹だけだろ」
「そっか。うん、そうだね」
 由樹は居間の仏壇に座布団を取りに行った。ばあちゃん、ちょっと借ります。
 アパートの部屋も、コンビニも、田んぼと用水路も、今はもう思い出の中にしか残っていない。祖父の部屋だって来月にはそうなる。なら、最後にほんのちょっと、思い出を特別にしてみたい。
 座布団を抱えて部屋に戻る。襖の前に置いて転がってみた。
「どう?」
 写真となるべく同じになるようにポーズを取る。昔は座布団の中にすっぽり収まっていたのに、今はそうはいかない。肩より下は畳の上だ。
 なんとなく一緒、と兄が笑う。
「撮るぞー」
 由樹は目を閉じて少し微笑んだ。
「大きくなったなー。由樹」
 兄が画面を見せてくれる。座布団の中に納まる昔の由樹と、肩すら収まらない今の由樹。写真と見比べて二人で笑った。
「あとでそれプリントして飾りたい」
「じいちゃんの祭壇に置く?」
「うん。置きたい」
 この特別を分けてあげられたら。そうしたら、じいちゃんも喜んでくれる気がする。
「きっと喜ぶよ」
 兄が微笑んでくれて、由樹は嬉しくなった。


今週はかやの夏芽のターンでした。
お題は下記サイトからお借りしています。
ランダムお題 - お題.com https://お題.com/randomall/
お題:同じところで笑う

次回もお楽しみに!

いいなと思ったら応援しよう!