家に帰ると妻が/烏龍水
仕事に揉まれ、帰宅ラッシュに揉まれ、世間に揉まれて、それでも帰ってきた我が家。
アパートの玄関灯に虫が集っている。日は伸びたが、虫も元気になってきたなぁと思いつつ、玄関のドアを開けた。
「…。」
框から垂る赤い液体。その中心にいるうつ伏せの女。女の背中に刺さった包丁。よくわからないが、でかい魚のぬいぐるみ。
「…。」
あまりの惨劇に、悲鳴のような言葉が出た。
「ケチャップ何本分よ。」
「四本。」
死体が、喋った。
「世界中のトマト農家に謝れ。」
女の顔が上がる。ニコニコと顔を真っ赤しながら。
「おかえりー。」
「ただいま。」
しょっぱくて甘い香りに包まれたそこには緊迫感はない。あるのは、片付けへの怠惰と疑問である。
「何なの?いや、元ネタはわかるよ?寂しいの?」
「いや。」
「だよね?今日で結婚して同棲四日目で、残業しないで家に直帰してるよ、俺。ていうか、一日目からやってるよね。」
「うん。」
「なんで?」
怒ってない。怒ってはないのだ。ただ、なぜ、こんな手の込んだことをしてるんだ妻は。
「やってみたかったから。」
「…。」
なんてこったい。
「あの動画、好きだったの。」
「…とりあえず、片付けようか。」
「うん。」
ああ、神様。
婚前から彼女は変人だと思ってましたが、まさかここまでとは思ってませんでした。
「てか、なんなのそのぬいぐるみ。」
「サカバンバスピス。」
「なにそれ。」
でも、クククと笑った彼女を可愛いと思う自分は末期だと思います。
「マンボウの着ぐるみが売ってなかったの。」
「原作に忠実であれよ。」
トマトに祈りを捧げながら、片付ける。
妻には今後、ケチャップは使わないように言っておいた。彼女は、血糊を使用すると宣言していた。いや、そういうことじゃない。先に彼女に風呂を譲ってから気がついた。
テレビをつける。夕飯は何だろうか。
ちょうど、画面では缶コーヒーのコマーシャルが流れていた。