ひとりの女として
王も王妃も生まざりしかばたそがれの浴場に白き老婆は游ぐ
ーー水銀傳說 塚本邦雄
ひとりの老婆が広々とした浴槽にゆらゆらと身を投げ出してたゆたっている。モザイクタイルで装飾された静寂のローマ式浴場には、白い湯気が立ち昇り、半球の天井へ水音が柔らかく反響する。窓辺のステンドグラスを通って、色のついた西陽が老いた白い身体を祝福するように彩る。かつての誰かの記憶が眼前に呼び起こされる。
それはたぶん浴場の記憶だ。
老婆は穏やかな表情で心地良い孤独に安らいでいる。
かつて世界中のどこにでもいたであろう、歴史からこぼれ落ち、忘却された女たちへ眼差しを向け、その生涯をこんなふうに祝福し、慈しむ塚本邦雄は本当に素敵だ。
社会人2年目、24歳になり、周囲から結婚するとか出産したとかそんな話をぽつぽつと聞くようになった。私には恋人もいないし、今のところは無縁のお話だ。今は正直言って明日のことすら上手く想像できていなくて、況や自分が今、もしくは今後、誰かの妻になったり母になったりするなんてまったく想像できない。
もしかしたら浴場で游ぐ老婆は何十年後の私かもしれないし、私ではないかもしれない。それが分からない今が不安でもあるけど、一番楽しかったりするんだと思う。
でもきっとどちらになっても大丈夫。誰かと共に苦労しながら老いるのも楽しいし、一人で游ぐ午後の浴場はこの上なく気持ちが良い。
2018.11.24