2020年4月19日
午後3時40分。洗濯物を干しにベランダに出る。「海の匂いがする」と思ったのは気のせいで、そのとき着ていた波模様の柄シャツからする日焼け止めの残り香だった。昨年の夏によく着ていたので、洗濯しても落ちなかったのだろう。
怠惰な性分なので、洗濯物を干し始めるのが日が翳り始めるこんな時間になってしまう。田舎だったらあそこの娘は、などとご近所に笑われていることだろう。こんなとき、都会はいいと思う。それと同時に孤独だとも思う。またすぐベッドに寝そべるとなんとなく日記を書こうかな、と思う。
この街に越してきてからの2ヶ月、慣れない仕事と新しい人間関係に右往左往していたのと、流行の感染病のせいで外出を規制されていたので駅と家の往復しかしていなかった。仕事もそのうちに在宅勤務になり、家とスーパーの往復のみの生活が3週間目に入ろうとしている。ここに来て気が滅入り始めたのを感じて、午後2時、少し散歩してみようと思いマスクを着けて外に出てみる。
約2ヶ月ほど前に越してきた街は、海沿いの県にある。街中から海は見えないのだが、街のつくりが海沿いの街というかんじがする。長い階段が続く山の斜面に比較的こじんまりとした家々が並んでいて、細い路地が多い。路地が狭くて坂が多いのは生まれ育った町に少しだけ似ていて安心する。海は見えないけどどこかに海の気配がある。(海なし県で育ったので海へ異様な憧れがあるから、そう思い込もうとしているのかもしれない。)外に出てみてすっかり季節が変わっていたのを知る。知らなかったのだけど西向きの家は外よりも暗く寒かったのだ。少し歩くと汗ばむほど暖かく、コートを脱いで丸めた。家々の庭先にあらゆる花が真っ盛りに咲いている。しばらくぶりの白くまぶしい光線と神様の作った繊細な色彩が、ブルーライトで日常的に傷めつけられた視神経に染みた。マスク越しに駐車場の雑草の青い匂いを感じて、「学校の裏の原っぱ匂い」が甦って懐かしい思いになる。誰かが言っていたように人間以外は少しも変わらぬ春なのだった。
目的地の神社に着いて、氏神様に手を合わせて引越しのご挨拶が遅れたことを謝る。(今日もまた御朱印帳を忘れた)帰り道の途中に鴨蕎麦屋さんがあって、店主が道行く人にテイクアウトやってますよ、と声をかけていたので、塩鴨重とあさりと春菊のオムレツを遅い昼食に買った。手提げ袋から香る出来立ての卵料理の匂いで楽しい帰路となった。なんとなくこの街を好きになれそうだと思った。