アルヴァ・アアルト展
依然として寒いけれど、空気の成分に春が極微量混入してきているのを感じる。2019年の3月上旬、東京駅ではアルヴァ・アアルトという不思議な名前の建築家の展覧会をやっていて、私は若さと退屈を無意味に持て余している。
耳慣れない名前の響きが気に入ったのと、ポスターに映っている窓辺の空間が美しかったのでふらりと覗いてみる。
展示室には建築の写真、模型、デザインした家具などが展示されていた。アアルトはフィンランドの人らしい。清潔な直線と曲線の組み合わせが自然に溶け込むようなデザインが印象的だ。 あかるくて穏やかで清しい。だけど、どこか寂しくて、「取り返しのつかない最果てに来てしまった」と思わされる。
展示室の中に、突如部屋が現れた。アアルトの代表作と言われる、サナトリウムの病室が再現されている部屋だ。
真っ白の壁。薄いミントグリーンでペイントされた天井やベッドやチェスト。雑然とした日常小物を隠すであろう、無機質な半筒がペタリと壁に張り付いている。素っ気ないまでに飾らない空間はあまりにも清潔だ。そこには「終わりと永遠」が佇んでいるように思える。これでは療養する者に死を告知しているようなものではないか。思い出すのはレモン哀歌。
そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
かなしく白くあかるい死の床。アアルトの建築にはどこかそんな趣がある。あの世とこの世が極限まで接する最果ての地点はこんな空間のように思う。あの世へ行く手続きをする役所のような場所があるとすれば、その待合所は彼が設計している気がする。
そう言えば、ノルウェーの画家、ムンクの作品を観た時も同じ感覚があった。行き止まりの水辺や森の前で立ち止まる男女。寂しく清しい全ての終わり、そして永遠。
北欧という地はきっとメルカトル図法の地図上でだけ最果てなのではなく、本当にこの世の最果てなのだろうと思う。
アルヴァ・アアルト『パイミオのサナトリウム』
『アアルト自邸』
エドヴァルド・ムンク『森へ』
2019.03.19