異国の森の記憶(オチ無し)
14歳の夏、異国の地で言葉も通じない家族と8日くらい過ごした。南ドイツの田舎町にしては裕福そうな家庭で、気の良さげな父親と、世話焼きな母親と、いかにも一人っ子というような無邪気なわがままさのある娘の3人家族だった。言葉は通じないけど、優しく接してくれた。娘のリサは、空港に降り立った、メガネの野暮ったいアジア人の私をものすごい力で抱きしめてくれた。モデルのように綺麗なリサに対して自分の滑稽なダサさが不相応で申し訳ないような気がして戸惑ったのを覚えている。こんなに強く抱きしめられるのは初めてだな、とも思った。
ある日車に乗せられて、長いこと揺られた。目的地は分からない。車は古いベンツで、シートはクッションがスカスカで座り心地が悪かったし、耳がおかしくなるような大音量でラジオを流しながらアウトバーンを爆走するのであまり快適な旅とは言えなかった。
気づくと私は眠ってしまっていて、起きた時には森の中にいた。ログハウスのような家が数軒建っている。どうやら親戚の家らしく、リサはその家でトイレを借りるという。3歳くらいと5歳くらいの女の子二人がが不思議の国のアリスの絵本に出てくるような古めかしいワンピースを着て、部屋で遊んでいた。
トイレを借りた後、私たちは二人の女の子に先導されて森の中を歩いて行った。
黒っぽい、日本の森には見られないような背の高い木々が、すんと立ち並び、針葉樹はその針のような葉を草上に散らしている。少し前に雨が降ったのか、草いきれが薄っすらと足元に漂う。狼が木々の暗がりから様子を見ているような気がする。絵本で見たドイツの森そのままで、挿絵の中に迷い込んでしまったようだった。
歩いて行くと、少し開けた草地があり、親戚一同と思われる中年の男女が集まってバーベキューをしていた。ソーセージを焼いて、ビールを飲んでいる。ステレオタイプの期待を裏切らない。リサの父親が私をその人たちに紹介する。皆少し不思議そうな顔をしながら社交辞令の握手を求めてきた。そのあとはみんな、私なんか居なかったみたいに眉根を寄せた顔で会話しながら神妙にバーベキューを継続した。
私はそこで供されていたものを食べたかどうか記憶が無い。 森の中で開催される、いまいち盛り上がりに欠けるドイツ人の親戚会で、野暮ったいアジア人少女は浮いた存在だった。
下ばかり見ていたのか、親戚の叔母さんの1人の丸太のような脚の図像が網膜に焼き付いている。
ドイツ滞在中は、そのほかにも有名な観光地に連れて行って貰ったりしたのだけど、この異国の森の微妙な記憶は何故だか生涯忘れない気がする。機会があれば、ドイツの森をまた散歩してみたいと思う。
2019.01.30