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若冲の世界

もう8年前の展覧会というのに、思い出しても熱い思いがみなぎってきます。

「生誕300年記念展・若冲展」
ご覧になった方も多いと思いますが、4時間待ちであきらめたという知人もいました。
この出来事あたりから、事前予約などが始まっていったように思います。

その「若冲展」ですが、なんといってもあの「動植綵絵」30幅がすべて揃って観られるというのだから、勢い込んで初日に福岡からお江戸まで馳せ参じました。

思えば数年前からじわじわと「奇想の系譜」の画家として知られてきていた若冲ですが、この展覧会で決定的な人気を不動のものにしたと思います。
若冲本人は「自分の絵は千年後の人にわかってもらえればいい」というようなことを言っていたようですが、300年で達成!笑

そして見事にまあ素晴らしかったのでした。
入り口入ってすぐに展示されていた水墨画の葡萄の絵で、すでに感動して泣きました。

金閣寺の障壁画のものでしたが、若冲のコレクターであるジョー・プライスさんが、N.Y.の古美術店で、名も知らない葡萄の絵に惹かれて購入し(この障壁画ではありませんが)、それが若冲という日本では忘れ去られていた画家の作品であり、そこからプライスさんのコレクター人生が始まったというのは有名な話です。

墨の濃淡だけで描かれた葡萄。
余白がたっぷりとあり、自由にツルを伸ばしている葡萄の葉と実。
言葉にするなら「すげえ~~!!」としか言えないのですが、とにかくイイんです。
じわじわと心に染み入ってくるような、言葉にできない美しさなのですが、それは絵と向き合って、じっとそれを見つめていると起こってくる体験なのだと思います。

動植綵絵は、釈迦三尊像を囲んで円形に展示されていました。
その色彩の見事なこと。
250年近くたっているのに、絵具の剥落や退色もほぼありません。
たくさんの花、虫、鳥、魚や草。
それらすべてに焦点が合った形で、これでもかという細密さで表現されている。

それは、若冲がすべてを平等に捉えて描いていたということで、まさにそれは「あらゆるものは仏性を宿している」ということを表している。
「ああ、ここは浄土なんだ。若冲は仏の浄土を私たちが目に見える形で描くことで、それを体験させたいと思ったのだ。
鳥も花も、虫も魚も一緒に生きている。
仏教でいう縁起の世界。
それらの息遣いが、鳴き声がこの世界を鮮やかに彩り、すべてがつながりあって、こんなにも美しく輝いている。

それらが圧倒的な筆致と相まって会場を包み込んで迫ってきて、大感動、大泣きでした。


わたしはこの日、若冲を見た後に、同じ上野の地で開催されていたカラヴァッジョ展にも行く予定でした。

若冲を見て、カラヴァッジョに行くと、なんとしたことでしょう!
カラヴァッジョの絵が全然入ってこないのです!
カラヴァッジョだって素晴らしい天才画家です。
楽しみにしていたし、観たい作品だってあったのです。
でも、もう頭と胸の中が若冲でいっぱいで
「またあの空間に行きたい。あの浄土を味わいたい。浸りたい。」
という思いだけが湧いてきます。

カラヴァッジョも葡萄を描いていました。
それはとてもとてもリアルに描かれていて、葡萄の甘さまで感じられそうな素晴らしい絵です。
でも、わたしは若冲の葡萄の方に心をわしづかみにされていました。
これはもうどっちがうまいかとかの話ではないわけです。

同じ葡萄を描いているのに「なにを描こうとしているのか」という根本の部分のアプローチが全く違う。
それは西洋と東洋の違いともいえると思います。

葡萄そのものをいかにリアルに描けるか。
世界ってこう見えるよね!葡萄ってこうだよね!
俺ってうまくね?すごくね?
という目に見えるものをとことん追求し、その中で自己実現していこうとするカラヴァッジョ。

葡萄の存在自体を、精神性のようなものを描こうとしていく。
葡萄を描くこと、それは存在すべてを描くことでもある。
だから絵を見ることで、自分との対話が始まる。
そんな若冲の絵。

同じ葡萄を描いていても、何を描いているかが真逆に感じられました。
いやあ~、この違いはほんとうにおもしろかったです!

そして、なんと自分でもびっくりしたことに、わたしは足早にカラヴァッジョ展の会場を後にして、ふたたび若冲展のチケットを買ってあの浄土の中に舞い戻ったのでした。

1日に同じ美術展に2度足を運ぶなんて!
初めてのことです。
それをさせてしまう絵の力。
本当にすごいと思います。

一生の記憶に残る展覧会でした。

そして、カラヴァッジョの絵をほとんど覚えていないことに後になって気づき、この時以降見ごたえのありそうな展覧会をはしごするのはほどほどにしよう・・・と思ったのでした。


「生誕300年記念展・若冲展」
 2016年4/22-5-24
 東京都美術館

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