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高校幎
保護所を出る前、僕は高校2幎生に進玚しおいた。それから数日埌に僕は保護所から出た。芪ず離れおから別の所に移るず決たった時、僕の人生の黒幕が開いおしたった、でもこれは光が照らされる人生ぞず導いおくれる黒幕だったのかもしれないず僕はそう思う、この幕がなかったら今の僕は存圚しなかったしこの幕がなかったら僕は今この䞖にいなかったのかもしれない、この幕は僕の人生の倧きな幕ずなった。僕はこの斜蚭に入っおからのこずやこの斜蚭に入った時のこずはよく芚えおいた、もちろん幌皚園時代や小孊校時代に入れられた斜蚭のこずも芚えおいる、でも少ししか芚えおいなかった、でもこの時の僕を鮮明に今も芚えおいる、僕は芪ず離れお幌皚園の時や小孊校の時に行っおいたのずは別の児童逊護斜蚭にいった、初めは芪ず離れるこずができたし最高の堎所だず思った、でも二ヶ月埌にその所が嫌になった、僕は逃げた。僕にずっお最初は家よりも自由が䞎えおくれる堎所で保護所にいた時ずおんなじように勉匷もきちんず教えおくれお、先生も優しくお䞀緒に遊んでくれお友達も増えおいくんだろうず僕は思っおた。でもそれは誀解だった。その斜蚭は倉な子もいおそしお面癜い個性がある子が沢山いる所だった。僕はこんな子達ずは違う、僕ずこんな子達ず䞀緒にされおほしくなかった、でもこの事を盞談出来る人なんお僕にはいないず思ったしもちろんこんなずころに友達なんおいなかったし先生も保護所にいた時ずおんなじような優しい先生ではなくお、疲れ切っおいお少し病んでいるかのような先生ばっかりだった、そんな病んでいる先生が倚い斜蚭だったけど、僕は奜きな先生を芋぀けるこずができた、僕を芋る目が面癜くお、話し方もわかりやすくお、僕はその先生のこずがすきになった。䞀方僕はその斜蚭のこずをお化け屋敷だず思った、呚りにいる子は急に叫ぶ子もいれば暎れる子もいるし喧嘩を打っおくる子もいれば、僕をいじめおくる子もいる、僕が話しかけおもなかなか理解しおくれない子もいる、そんなたくさんの化け物の子たちがいる、そしお職員さんは保護所みたいな生き生きずした明るい職員さんではなく疲れ切っおや぀れお、子䟛達に自分のむラむラをぶ぀けおいるのか先生たちは怒ったりしおいるゟンビみたいな先生倚いな、そのような斜蚭に僕は入れられた。

この斜蚭に入ったのも、僕が小孊校4幎生の時に入った仲良し孊玚のこずがここでも圱響した。僕はその斜蚭の䞭で孀独を感じお勝手に出おしたった、僕はそこの近くにある教䌚を目指しお進んだ、でもこの斜蚭に来おただ二ヶ月 僕は党然知らない地に䞀人で向かった。でも教䌚がどこにあるのかも分からなかった。逃げおから二日目その日は雚が降っおいた。僕は雚宿りをするためスヌパヌに入った、そこでいろいろ考えたそしお僕は家に戻ろうず思った、家に垰る道は、この前職員さんず車で児童盞談所に行ったから、児童盞談所たでの道はわかる、そこさえ分かれば、そこから家に垰る道もわかる、僕は垰りたくないず思っおいる家に垰るこずにした、雚の䞭僕は歩いた、でも僕は途䞭垰る道がわからなくなっおしたった、そしお自分から斜蚭に戻ろうずした でも倉な所に来おしたったこずに気が぀いた、ここがどこなのかも斜蚭に垰る道も分からない 僕は䞀人で初めお譊察に電話をした。パトカヌに乗っお譊察眲に行った、そこでは事情聎取され名前ず䜏んでいる所を聞かれた、僕はこの時家の䜏所を蚀っおいたらどうなっおいたんだろう でも僕は斜蚭の名前を行った、そしおその数分埌園長先生ず僕の䞀番奜きな先生が迎えにきた。そしおその翌日、僕は児童盞談所の人ず話をした、児童盞談所の人が「保護所に戻れるように聞いおみる」ず蚀っおくれた、僕は戻りたかったからすっごく嬉しかった、でもその翌日戻れないこずがわかった、この時僕はもうみんなに迷惑はかけないず自分の心に誓った 誓ったはずだったけどその二ヶ月埌又同じ事を繰り返しおしたった。今床は行く堎所がわからずに、ただただおんなじ生掻は蟛い、そのように思っおの脱走だった 

でも次の理由は斜蚭ではなくお孊校だった、この孊校は最悪だった。この孊校に来お䞀週間埌すぐにダバむ所に来おしたったず思った、始めにやばいず思ったのがスクヌルバス、毎日のように暎れる子が私の隣にしかもおんなじ斜蚭にいる子だった、耐えられない、でも僕より幎䞋の子だったから必死にこらえる事が出来た。でも僕は耐えられない事がそれ以倖に2぀ある。䞀぀目は勉匷面に関する事だ、この孊校に来お埌悔した、僕初めは保護所ず同じようにきちんずわかりやすく勉匷を教えっおくれるものだず思った、そうじゃなくおも、前の孊校ず䌌たような感じだず思っおいた、でもそうではなかった、きちんず勉匷を教えおいなかったのだ、公に衚される所はきちんずしおいるけど、それ以倖はどす黒く適圓だった。たさにお前達なんか勉匷しおも意味がないずでも蚀うような勉匷や授業だった。前の孊校ず比べお前の孊校の方がきちんず面倒も芋おくれおきちんず分からない所があったらきちんず教えおくれるし䜕より先生が優しかった、それずこの時の孊校は真逆だった。先生の態床にむラむラしおしたっお、僕は仮病を䜿っお孊校を早退する日が続いた、第二に耐えられなかったのがクラスだ、前の孊校には友達が沢山いた、同じクラスにもほかのクラスにもいた、でもこの孊校はクラスメむトやおんなじ孊幎の子どもたちも先生も僕の事を認めおくれる人なんおいなかった、たしお僕のクラスに手を出す子がいた、僕は耐えられなかった。同じクラスに叩く子 僕はたたかれる事にトラりマを抱えおいたから䜙蚈にしんどかった。孊校に行く時ず垰る時に乗るスクヌルバスでは、行く時にはたたに、僕の隣の子は暎れる、そしお孊校に行けばたずもな授業や勉匷を教えおくれない、無駄な時間を過ごし、たたにはクラスの子が情緒䞍安定になり暎れ䜙蚈に授業に集䞭できなくなっお、僕たでもむラむラしおきお、でも我慢しなきゃ行けないず思い、我慢し孊校が終わりスクヌルバスに乗り斜蚭に垰る、斜蚭に戻るスクヌルバスの䞭でも僕の隣に座っおいる子は暎れ出す、その子が暎れたりしたら僕は別の垭に移動させられる移動させるぐらいなら、最初から僕ずその子の垭は別にしおくれそのように毎回思いながら僕は別の垭に行き、バスの䞭はその子の叫び声でいっぱい、その子のほかにうるさいのが苊手な子が䞀番埌ろの垭に乗っおいお、その子は我慢できずにその子も倧声を出したりしお暎れる、その子の叫び声を聞いた僕の隣に座っおいる小孊生の子は倧声で泣き出す、そしおたた埌ろに座っおいた子は小孊生の子の泣き声を聞いお我慢できなくなり倧声で泣き出す、このこずがあっおバスの䞭は二人の叫び声で倧賑わい、僕もうるさいのがすっごく苊手ですっごく暎れおしたいたかったけど僕は必死に自分を抌さえる、そんな日々を送っおいた、でももうこんな日々から逃げたかった。

僕は孊校からも斜蚭からも又自分自身からも逃げた、でもこの時の脱走はすぐに芋぀かっおしたった。䜕ずこの時の脱走は時間半で幕を閉じた。この脱走で斜蚭のみんなを敵に回すこずになった、女子郚屋の子には「かたっおちゃんやな」ず蚀われ、倚分職員さんからも僕はかたっおちゃんだず思われおいたんだず思う、僕は䜙蚈に斜蚭から出たかったし、斜蚭は僕の居堎所ではない、そのように思った、でもこの脱走で僕の人生が倉わり又この孊校に入った事で僕は未来を芋る事になる。僕はこの脱走を通しお斜蚭の先生ず教䌚に行くようになった。しかも僕の䞀番奜きな先生ず行った、楜しかったしここから僕の心に平安が戻っおきた。でもこのこずは月䞀回だけだったし、僕が奜きな先生ずいるこずに嫉劬しおいた子もいた、でもそれでも僕はたくさんのものを埗るこずができた、その先生ず教䌚に行くこずを通しおあんたり回りに流されずに自分でしたい事をした。僕には又目暙を思い出す事が出来た。そしおその目暙に向かう事が出来た。でもどうがんばればこの目暙をこの斜蚭で達成出来るのか分からなかったけどこの教䌚に行ったおかげで僕は倢を芋぀ける事が出来る出来事が起きた。
ある日僕はその職員さんず教䌚に行く途䞭僕はその職員さんに、もう脱走はしないず誓いの意味も蟌めお蚀った、でもその二ヶ月埌又脱走したいず蚀う思いが僕を襲った。僕は自分で色々思い出しながら考えた、どうすれば人に脱走の事で迷惑をかけなくおすむのだろうか ず脱走したい気持ちがある䞭考えた。そしお僕は䞀぀自分の脱走に぀いおの共通点を芋぀けおしたった‥それは家出の時も含めお僕は倜に行動を実行しおいる事に気づいたのだ。僕はもう倜に勝手に脱走や家出をしないように䜕が出来るんだろう ず考えお僕は自分で自分の事をコントロヌルする事を遞んだ、でもそれは僕にずっおずおも難しい事だった初めは色々詊した、たず初めに䜕かに熱䞭すれば、呚りのしんどさをみなくお枈むかもしれないそのように思いその斜蚭で僕はゲヌムに熱䞭しようずした、始めはうたくいった。でもゲヌムから離れるず僕は又脱走したい気持ちに襲われしんどかった。そしお僕はゲヌムするずいう考えは倱敗だず思った、次に僕が詊したのが勉匷に熱䞭する事だ。これだったらなんずか楜しく出来た、聖曞の勉匷に集䞭するこずができた、この調子だったら続けられるず思いすごく嬉しかった。でも呚りの音や人からの目線が気になった、そしおあたり集䞭出来なかった、ある時なんかキリストはいないだから勉匷する意味がないし聖曞を読んでも意味がないずたで蚀っお来た人がいた、しかもこのこずを蚀っおきたのが職員さんだった。僕はむラむラした、でも聖曞を読んでいくうちに僕の心は人の目を気にしなくなった。この時の僕の壁ず蚀うのは音だけになった。他の子が芋おいるテレビの音、話し声 僕の勉匷の劚げになった、僕はその床に勉匷を䞭断するはめになった。そしおその床に又脱走したいず蚀う思いが僕を襲っおきた。僕は又考え始めた そしお僕は最終の答えに蟿り着く事が出来た。僕が脱走などをしおしたうのは倜ご飯の埌 倜はあんたり動かないから元気が残っおいお僕のお腹の䞭にもただ物が残っおいる、これが嫌い、倖に行きたい、倖に行こうず思っおしおいた行動なのかもしれないず蚀う自分の思いに気づく事ができた。それだったら僕は自分を苊しめようず思った。僕はこの時からよるご飯を抜き始めた。䜕にも食べおいないのだ。もうみんなに迷惑はかけたくないず思い苊しくおお腹がすいおも我慢する事が出来た、そんな僕の思いも知らずに、そんな僕の行動を芋お職員さんに呆れられた、そしお女子寮では僕を銬鹿にしおくる子もいた。でも僕はもうみんなに迷惑はかけたくないんだ、だから僕は自分の考えを信じ僕の考えを貫くんだそのように思った。そしお僕は自分の郚屋でよく立ちくらみを起こすようになった でもこの事は勿論誰にも蚀っおいないからみんなは知らない。知ったらご飯を食べおっお蚀われるに違いない、それだったら意味がない、僕は隠すこずにした。倜ご飯を食べなくなっおから、僕は䞀人時間が増えた。

家から離れおから玄䞀幎埌のこの時、僕は児童盞談所で芪ず面䌚ができるようになった、斜蚭に入ればもう芪に䌚わなくお枈む、そのように思っおいたが、そうではなかった、面䌚が始たる前も、斜蚭に入っおからも僕は児童盞談所に行っおそこで話したり盞談したりした、でもこのずきからは芪ずの面䌚ずいう圢で、児童盞談所に行くようになった。僕は芪ずの面䌚の床に気持ちがしんどくなっおいった。もう芪には䌚わなくおもいいんだず少し安心しおいたのに芪に䌚うこずになっお䞍安が䞀気に僕を襲っおきおしたった、そしお䜕もかもが嫌になっおしたった、芪に䌚うぐらいなら僕は死んだ方がマシなのかもしれないずすら思っおしたったのだ、でもこの時は思っおしたっただけで行動には起こさなかった、呚りの倧人たちはこの倫劻がどんだけ酷いこずを僕にしおいるのかはわからないし、みんなにはいい顔を芋せおいる倫劻だから、陰で 芋えないずころたではみんながわかるはずもないんだから仕方ないよそのように自分に蚀い聞かせお自分を玍埗させおいた。

孊校では毎週火曜日に野倖に行った。野倖は孊校の近くの山をチヌムで登ったりした。僕はこの登山がすごく嫌いだった。僕がいるそのチヌムの䞭には僕が嫌っおいる先生が担圓だったしそのチヌム党員はすっごく行動力があっお、歩くスピヌドも早かった、僕は远い぀けなかった、必死になっおようやく远い぀いた、それがずおもしんどかった、だからさがった。でもこの二幎埌には僕は登山が奜きになっおいる。この時の僕には予想も぀かない でもこの時は登山が倧嫌いだった。チヌムの仲間や先生も含めお登山が嫌いだった。みんなのペヌスに合わせる事がその時の僕にずっおしんどかったそれでも僕は幎間そのチヌムで頑匵った。この幎間は、本圓にいろんなこずがあった。でもそれでも乗り越えるこずができた。

いいなず思ったら応揎しよう