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聖曞孊校䞀幎目の䞀日は初めたしおの人や初めお䜓隓するこずばっかりだった、入孊匏の時はお母さんが来おくれた、その日が初めお児童盞談所以倖のずころで䌚った、お母さんだけかず思ったら、お父さんも䞀緒だった、入孊匏の時は来おいなかったが、入孊匏が終わり聖曞孊院を出お近所の河蟺のずころにお父さんはいた、僕はびっくりした、別にお父さんのこずは奜きだったけど、本圓はお父さんず䌚わない玄束だった。䌚いたい気持ちは分かるし僕も久しぶりにお父さんに䌚いたかった、でもみんなで玄束した事はきちんず守っおほしかった。もしお父さんず䌚った事が知られたら䞀生お父さんに䌚えなくなるんじゃないのか、そのように思った、でもやめおずは蚀えなかった。僕は少し苊しかった、なんで玄束を砎っおたで僕に䌚おうずしおくるのかそのこずをしたら僕が苊しむのではないだろうかずか、考えなかったのか僕は芪のやった行動を信じるこずができなかった、そしお芪をすっごく曎に嫌うようになった。このずきから、お父さんずお母さんは、あの手この手を䜿っお離れおいる僕を苊しめるようになった。この時の僕は児童盞談所の人にこのこずを蚀ったらよかったのかもしれない、そしたら芪ずはもう䌚わなくおいいようになるし、この倫劻ずは瞁を切るこずになっおいおこの先の僕の人生は違っおいたものになっおいたのかもしれない、でももう遅かった 

入孊匏の時でも関わらず僕は斜蚭に戻るバスの時間があったから、入孊匏の途䞭から早く䞀人で出た。少し残念だった、始めの時から最埌たでみんなず同じ時間を過ごしたかった。入孊しお䞀日目、すごく緊匵した、僕は䞀䜓本圓に朰れずにやっおいけるのだろうかみんなの勉匷に远い぀くのだろうかず心配になった。でも入孊したからにはやり抜かなくおはならないのがわかったから僕は広く深い海に入る気持ちで䞀幎間取り組んだ。日が重なるに連れおその海は浅くなった。先生やその他の生埒ずも仲良くなっお、第䞀にい぀も聖曞の埡蚀葉の䞊に固く立぀事が出来る、毎朝、隣の孊校の生埒さんず䞀緒に朝の䌚みたいな時間があった、そこでは牧垫先生がメッセヌゞをしたり、生埒たちがメッセヌゞをしたりした、だから聖曞の埡蚀葉を聞かない日はなかった、そのこずに僕はすごく嬉しく孊校にいるずきすごく楜しかった。僕もいずれは朝瀌の時みんなの前にたっおメッセヌゞをするんだろうな、そう思ったらドキドキした。埌そこに居る先生も優しかった。特にそこの孊院長が僕の事を気にかけおくれお僕の為に色々しおくれたすごく嬉しかった。この孊校には幅広い䞖代の生埒がいた、そしお孊幎ごずに勉匷も違っおいた時もあったけど、合同で授業を受ける時もあった、僕の孊幎は党員で四人もいた、この孊院にいる生埒も優しかった、隣に居る人は僕が教科曞などを忘れた時声をかけおくれお 貞しおくれたり䞀緒に芋せおくれたり、僕の前に居る人は色々話しかけおくれたり䜕よりその人は笑かしおくれた、でもその䞭でも僕は苊手な人を芋぀けおしたった。でもそのこずには特に気にならなかった、僕はすごくここに来お良かった、ここが僕の居堎所だず思えた。孊校に居るずきは、僕を衚すこずができた、矜を広げながら勉匷や、先生や他の生埒さんたちずの亀流ができた、すごく嬉しかったし楜しかった。今たでこんな経隓をしたこずない、すっごく楜しかったからもっず長く孊校に居たかった、でもそのずきの僕はバスの時間ず蚀う鎖に繋がれたたただった。孊校から出お斜蚭に戻る途䞭、僕は斜蚭の友達ず合流しお僕はその子ず䞀緒に垰った、その時間が僕は嫌だった、䜕より嫌だったのは斜蚭での時間だった、僕は斜蚭が嫌いだった 僕は斜蚭に戻った時は苊痛の時間を送った。そしお孊院に行けばしっかり勉匷しみんなず仲良くできる人になっお斜蚭に戻れば、先生たちを嫌っお、孀独感を感じながら生きおいる人、぀たり僕は二぀の顔を持ちながら生掻するようになった。1孊期はここの孊校のこずを理解し先生や生埒さんたちずの絆を深める䞀方で、勉匷もしっかりする、そんな孊院生掻を送っおいた。

䞀孊期が終わり二孊期になった。この孊校は、孊院デヌず蚀っお、他の教䌚にいき自分がどのようにしお、神様を信じるようになったのか、たた神様が自分に䞎えおくださった奇跡はなんなのか、そのこずを蚌するずいう日が䜕回かあった、僕は初めそれが嫌だった、初めおの人に初めおの所‥僕は初めおが嫌いになったような気がした、初めおのずころに行き、初めおの人ず話をするこずがすっごく苊手なのだ、その人からどう思われおいるのだろう、䜕を話せばいいのだろう、僕のこずを理解しおくれるだろうかそのこずばかり考えおしたっお、人ず話すこずが怖かったのだ、でもある日孊院の行事で、他県で䞀泊するずいう行事があった、他県の教䌚に行きそこで蚌し、その県の䌝統文化に觊れるずいう行事があった、ある日孊院長から「他県に行き䞀泊二日で他県の教䌚に行きそこで蚌をしに行きたす」ず蚀っお行く人を決めた。そしお翌日行く人が決たった。行くのは先生二人ず生埒、僕入れお二人で行くこずになっお、蚌をするのは僕が遞ばれた。もう䞀人の生埒ずいうのは圓時の僕の苊手な人だった、よりによっお僕が初めお蚌する、ドキドキしおいる時に、苊手な人ず行くこずになるずは、そう思っお、初めは自分の心の䞭で葛藀しおいた、でも自分の気持ちを萜ち着かせた、䜕より嬉しかったのは、斜蚭から少しの間はなれるこずができるず思えたこずだった、僕は斜蚭ずいう牢獄から離れたい、離れる機䌚を埅っおいた、その時が぀いにきたのだ僕は蚌をする準備をしたり䞀泊の甚意をしたりした、人前で自分の蚌をするこずは初めおだ、他の人の話や蚌は聞いたこずがある、でも僕はやったこずがない、どのように蚀えばみんなにキリストの玠晎らしさを知っおもらえるんだろうどの様に䌝えたら、みんなに誀解を䞎えるこずなく䌝えれるんだろうそんなこずを考えながら、僕は準備した。僕はこの時、小孊校の運動䌚でみんなの前で発衚した時に感じた感情を忘れおいた。
そしお僕が蚌をする教䌚に前の孊校の先生を誘った、高校2幎生の時の担任だった先生を誘ったのだ、来おはくれないず思い぀぀、その先生が䜏んでいる県だしダメもずで教䌚に誘っおみた。そしたら䜕ず二人来おくれた。僕が誘った先生ず僕が高校䞉幎生の時に僕の隣のクラスの担任ですっごくお䞖話になった先生が来おくれたのだ、倚分僕が誘った先生がその先生を誘っおくれたんだろう、そのように思った。僕はすっごく嬉しかった、でもこのこずは圓日に分かったこずだった。他県に行く二週間前に僕は蚌がかけた、孊院に行った時に、孊院長に芋せた、修正点が䜕個かあった、そしお修正しお翌日孊院長に芋せたらオッケヌをもらった、その日から蚌を発衚するための発声緎習ず、原皿をあんたり芋ずに発衚する緎習、そしお孊院にある教壇を借りお、みんなの前で発衚する緎習を繰り返しおいた、もちろん教壇を借りお発衚の緎習をした時は前に人なんおいなかったから、いるずいうむメヌゞをしながら緎習した、䜕回も䜕回も緎習した、間違えないために、恥をかかないために、僕は必死に緎習をした、緎習をすればするほど、僕の䞭に自信ず喜びが沞々ず湧き䞊がっおくるのを感じた。
そしお圓日になった、緎習を䜕回もしたけど、それでもドキドキしおいた、間違えたらどうしよう、そのようなこずだけしか頭になくお、その教䌚に着いおから人ず亀わるこずができなかった、瀌拝が始たる時間になった、発衚者の垭は䞀番前だった、い぀も瀌拝の時僕は埌ろの方に座っおいた、でも孊院長に前に座るようにず蚀われた、僕の心臓は今にも匵り裂けそうだった、瀌拝にも集䞭しお参加するこずができなかった、その時僕は孊校の先生を誘っおいたこずを思い出し僕は少しだけ元気が出た、でもそう思うず䜙蚈に緊匵しおきた、僕は期埅しお少しだけ呚りを芋枡した、その先生の姿がなかった、始めは誘ったのに来おくれないず思いがっかりしながら、出番になった。前に出お前を芋おみるずその先生が来おいた、すごく嬉しかったしかも誘ったのは䞀人だけなのに、その先生はもう䞀人の先生を誘っおいた 僕は 神様の力はどれだけすごいんだず思っおすごく嬉しかった。僕はこの時から人前で自分のこずを蚀い蚌する事が楜しく又この時に神様の事を蚌を通しおみんなに䌝える事はこんなにも喜んでいい事なだず思った。この日から斜蚭の担圓の先生にも孊校で起った事など䌝導を含めながら毎日のように蚀った、その先生にもむ゚スの事を知っお信じお救われおほしいず心から思ったのだ、でも孊院のこずを話しおいくうちにもしかしたら迷惑なのかそれずもあきれられおいるのかず僕は䞍安になり孊校であった事は蚀えなくなった。でも心ではその先生に蚀いたいず思っおいた。キリストの事を少しでも興味を持っおくれればず思ったでもそう思っおくれないのも仕方がない この斜蚭には僕以倖にキリスト教である人は利甚者も含め誰もいないのだ。この時の僕はそう思った。
 
この孊校に入っおから、お父さんず児童盞談所で面䌚する機䌚が䞎えられた。もう入孊匏の時にお父さんず䌚っおしたっおいたから新鮮な感情にはなれなかった、この面䌚を通しお、僕の人生の幕が䞊がった。この時から斜蚭を出るたでの戊いが始たった。勿論斜蚭を出おからも戊いがあるのかなず思うのだけど 僕は斜蚭でダンスチヌムに入っおいった、僕は孊院の時にみんなの前で発衚したこずがきっかけでみんなの前に出お䜕かをするこずが奜きになっおいた、そしお毎日のように斜蚭でダンスの緎習をしおいた、斜蚭の職員さんが念入りに教えおいた、そのダンスに参加した子どもたちは党員で10人前埌いた、そしお本番を迎えた、月はただ䞉月ぐらいだった。その時はただお父さんずは䌚っおはいけない玄束だった、でもダンス本番の時お父さんが目に入っおしたったのだ、お母さんが来おいたのも分かった、出挔が終わっお僕は泣いおしたった、玄束を砎る倧人 しかも芪に玄束を砎られたず思っお憎くお仕方がなかった、でもその時は先生に話を聞いおもらっお、お父さんを蚱す事が出来た。そしお埌になっお、もうこの時からお父さんも児童盞談所以倖の時でも僕に䌚っおもいいずいうこずを知った、僕はなんで早く教えおくれなかったんだろうそのように思っお、少し倧人を憎んだ、さらに信じるこずができなかった。

いいなず思ったら応揎しよう