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北欧文化のHyggeが広島で普通な訳

皆さんこんにちは、ひろしま観光大使の大岡です。

最近、幸せな生き方、サスティナブル思考の高まりなどから北欧のライフスタイルが注目を浴びているようですね。

それら北欧のライフスタイルの基本にあるのがHygge(ヒュッゲ)という言葉。「居心地がいい空間」や「楽しい時間」を意味します。

ヒュッゲブームの火付け役と言われているのがイギリス人ジャーナリストHelen Russellさん。英国版のマリ・クレール元編集者です

2016年にイギリスBBC、アメリカNewYorkTimesなどで取り上げられたこともあり、欧州・米国で一大ブームとなり、2017年にはイギリスでの流行語候補になったほどです。

また2017年にデンマークの作家Meik WikingがThe Little Book of Hygge: Danish Secrets to Happy Living(邦題:ヒュッゲ 365日「シンプルな幸せ」のつくり方)を発表。世界34か国で出版されました。

当時私は東南アジアや中国と東京を行き来する日々でしたが、行く先々で「ヒュッゲ」の話題を見聞きしました。

しかし、すごい違和感が・・・

私にとってHYGGEは新しくない。ずっと昔から生活に根付いてる気がする。別に意識高い系ってわけでもないし、北欧ファンってわけでもない。でもHYGGEは知っている。なぜだ?いつ覚えたかもわからないぐらいなのです。

広島のHygge認知は東京を超えてヨーロッパ並み!?

一応、念のため周りの人間に聞いてみました「HYGGEって知ってる?」

東京@品川オフィス内  知ってるよ…30%
中国@上海事務所内   知ってるよ…40%
オランダ@顧客事務所  知ってるよ…100%
インドネシア@大学構内 知ってるよ…10%
広島@友人知人10人調査 知ってるよ…100%

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そー、思い出しました。広島には、おおよそ30年前からヒュッゲな生活が入ってきてたのです。

広島人がHyggeを知っている理由

広島のパン屋さん「タカキベーカリー」の事業活動と深い関係があります。

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1948年 タカキのパン創業 https://www.andersen-group.jp/history/より

いわゆる町のパン屋として創業されたそう。その後業容を拡大し、
1952年 広島一の商店街「本通り」に新店舗を開設。
(当時小学生だった私の父いわく、腹が減っててなんでも旨いうまいとくっとたが、あそこのパンは格別旨かった。そうです)

(昭和34年)広島のパン屋、Hyggeに出会う!

1959年、高木社長は初めて欧米に視察に出かけた時に、デニッシュペストリーとの劇的な出会いをしたそうです。

帰国後、どうしてもペストリーの味が忘れられなかったのか、社長は自分で開発を開始。自前のパン職人だけでなく欧米から技術者も招聘して納得のゆくまで研究と開発を行ったことは想像に難しくありません。

そして社長が広島に持ち帰ったのは美味しいパンだけでなく、Hyggeでした

美味しいパンとHyggeの記憶を広島に持ち帰る

高木社長がデンマークに関心を持った理由として戦後、焼け野原になった日本の状態と、敗戦から復興を遂げたデンマークを重ね合わせたと言われています。デンマークはドイツに負けて、ユトランド半島を奪われながらも、「外で失ったものはうちで取り返す」という精神で、国を発展させた。そういうこともあり、「このペストリーを日本に紹介したい!」と考えたそうです。

この悪条件下での底力というか、無い物ねだりはせずコントロールできるもので最善策を考え行動するという考え方は、他の広島企業にもみられる特徴です。「できないからやらないじゃない、やらんからできんのよ」この言葉はほんと多くの経営者からお聞きした金言です。

国の発展には国民生活、安らぎが必要です。楽をするとか横着をするではく安らぎ、まさにHyggeが戦後復興、企業経営にぴったりの言葉に移ったのではないでしょうか?

タカキベーカリーではヒュッゲをこう説明されています。

まいにちに、ヒュッゲ。
ヒュッゲとは「人と人とのふれあいから生まれる、温かな居心地のよい雰囲気」を意味するデンマーク語。1959年、デニッシュペストリーとの出会いからはじまったデンマークの人々との交流のなかで私たちがもっともお手本にしたいと思ったこと、それが"ヒュッゲ"でした。家族と味わう、日々の食卓。お気に入りに囲まれて過ごす、心地よい時間。
自然のなかで、仲間と思いっきり楽しむ週末のひととき。
デンマークの人々は、日々の暮らしの中で、それぞれのちょっとうれしいときや家族や仲間との時間をとても大切にしています。
私たちは旗艦店「広島アンデルセン」を中心に、パンを通じてみなさまの毎日に「ヒュッゲ」をお届けできるベーカリーでありたいと想っています。

公式ホームページより引用 https://www.andersen.co.jp/hygge/

Hyggeがインストールされた広島のパン屋さん「タカキベーカリー」は、他に類を見ないユニークな企業経営で地域社会への貢献、文化的貢献と業容拡大を実践してゆきます。今風に言えばサスティナブル経営という表現がぴったりな経営を昭和37年に始めたってすごいと思います。

(昭和37年)Hyggeと共にペストリーが大ヒットへ。

欧米視察から研究開発を重ね、
1962年 デニッシュペストリーをリリース。

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参考物価
大卒初任給(公務員)14.200円 高卒初任給(公務員)9.500円
牛乳:15円 かけそば:40円 ラーメン:50円 喫茶店(コーヒー):60円
銭湯:19円 週刊誌:40円 新聞購読料:390円 

当時、父は京都の大学に通っていて帰省した時に食べたそう。中学生だった母は近所のおばちゃんからおすそ分けでいただいたらしい。2人ともメッチャ旨かった。びびったらしい。

このデニッシュペストリーは今でも看板商品。ほんと美味しいパンです。

(昭和42年)モノ提供からコト提供。デンマークにアイデンティティを求めた店舗誕生

1967年 パン屋とレストランが融合した店舗「アンデルセン」が誕生。
単に売り物を増やした複合店というわけではなく、お客様にとって価値ある時間を過ごせるようサービス面でも様々な工夫が凝らされており、それらは現在にも通じている。その一つの例が、顧客がトングとトレーを持ってパンを購入するセルフサービス方式。日本で初めての試みとして始まったものだがその後全国に普及し、現在のスタンダードなスタイルになっています。

美味しいパンや料理の提供で特徴づけるだけでなく、自社と顧客が共存できる新しいサービスを開発し提供するのは令和の今ではサービソロジーやHCD(人間中心設計)、UI/UXデザインなどで扱われる事項ですが、時は昭和42年!先見の明があるというか、ここにも北欧から学んだ影響があるのでは?と考えてしまいます。

モノからコト、そして習慣化するメッセージを継続して発信

私個人の意見ですが、アンデルセン店舗は単に売り場ではなく、メッセージを発信し続けているサロンのような場所であると思います。

もちろん、パン屋さんにはパンを買いに行くわけですが気づくと全く知らなかったデンマークの文化、風習を持ち帰っているのです。それも少しずつ。

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1968年 第一回デンマークフェアのチラシ。同様のイベントは令和の現在も継続して行われている https://www.andersen-group.jp/history/

重要なのはキャンペーンでぶち上げるだけでなく、普通の日々にどれだけ普通にメッセージを発信し続けるか。同店ではそれができているように感じます。

例えば、パンを買いに行くと・・

私たちがお手本とするデンマークでは、お誕生日を迎える本人がプレゼントを用意してふるまう習慣があります。
アンデルセンでも〇月〇日(店舗OPEN日)にパンをご購入くださった方、先着○○名様にささやかなプレゼントをご用意いたします。

とかって店舗に掲示されてたりします。ほんの少しの事ですが、私が生まれる前から広島は徐々に北欧文化が浸透していったようです。

(昭和45年)大阪万博でデンマーク国の調理支援?

1970年 交流の深いデンマークを応援するため、大阪で開催された万国博覧会のスカンジナビア・ロイヤル・バイキングレストランへ社員を21名派遣。本場北欧のコックやベーカーに交ってバイキング料理の提供を支援したそうです。デンマーク風、雰囲気ではなく本気でデンマークを理解して広島で展開する同社の姿勢が伝わります。

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大阪万博Expo’70 スカンジナビア館レストランエリアの写真 https://wood.co.jp/13-company/kouen/sayasendi.html より引用

(昭和45年)なんと東京青山にいきなり出店!?

1970年 東京の青山にアンデルセンOPEN。
キャッチコピーは「青山通りにコペンハーゲンの街角をもってきました」

私はこの東京出店がその後の展開を特徴づけたのではないかと思います。

ネットも携帯電話もない時代、東京と地方の格差は今とは比べ物にならないくらい大きかったと聞きます。もうすでにその頃のタカキベーカリーは町のパン屋さんとしては大規模で複数の店舗を有していました。失敗のリスクもある中で都会の一等地、ファッションの最先端「青山」に店を構える必要が地方のパン屋さんにあったでしょうか?おそらくパン屋というモノ提供ではなく北欧文化の発信というコト提供を考えての事だと思います。結果、東京という中心地でまさにアンテナショップとして出店したことで、コト売りへのシフトができ、競合他社が競争相手じゃなくなったのだと思います。

しかし、残念なことに2017年に表参道駅改修の影響で惜しまれつつ閉店。

閉店でこんなにお客さんが来るパン屋さんを見た事がありません。

リクエストに応えて2019年に青山にあるカフェで「8日間限定」再オープンしたぐらい東京でも確実にファンはいるようです。

(2021年現在、青山地区での再出店の計画はあるそうです。)

(昭和47年)新業態、焼き立てパンの店舗リトルマーメイド誕生

先に紹介したアンデルセン店舗とは別に「あなたにいちばん近い、パン屋さん」を目指した新業態リトルマーメイドが誕生。

リトルマーメイドは当時珍しかった焼き立てパンの業態。これによりタカキベーカリーは一気に店舗数を増やしたと思います。

美味しく、焼き立てのパンを提供するには特殊な設備と高度な技術を持つパン職人が欠かせません。と思いきや、タカキベーカリーは新たな生産技術と店舗オペレーションで、美味しい焼き立てパンを手軽な価格で提供できる仕組みを構築しました。

従来、生地を作り焼いていた形態を、生地は集中工場で作って店舗では焼くだけにした訳ですが、味や品質を守って店舗へ配送する仕組みの構築など簡単にできるはずもなく、現在でも同社はこの分野のトップシェアを有しています。

苦労して取得した特許を業界発展のために開放!?

リトルマーメイド店舗展開に合わせて、同年「パンの低温製造法」に関する特許をタカキベーカリーは自社での研究開発し取得しました。一般的な企業ではこれを競合他社との差別化ポイントととしてホールドしそうなものですが、同社ではパン業界全体の成長と需要拡大を願ってこれを競合他社も含めてオープン化(特許開放)!

えー!もったいない。信じられない。などという声が聞こえそうですが

実は広島の企業ではほかにも同様の例が見え受けられます。

日本酒の生産技術、牡蠣の養殖方法、柑橘類の新種情報、恵方巻の登録商標などなど、一社で独占せず、オープン化で市場拡大を図るのは、ひょっとして広島の企業の特徴の一つかもしれません。

リトルマーメイドと共に始まったリピートサービス

現在では当たり前になっているポイントサービス。実はアンデルセン、リトルマーメイドともかなり早い段階で開始していました。

私(1974年生まれ)が小学生の頃、お使いでパンを買ってくるときにポイントシールをもらい忘れた時など、母に「もう一回行ってもらってきなさい!」と言われたほど、多くの広島県民に愛されているサービスです。なぜそこまで一生懸命になるのか?その理由はポイントの交換対象に魅力を感じるから。感の良い人はお気づきかもしれませんが、交換対象の多くはデンマークの品々。イベント、各種PR、日々利用する店舗からのメッセージですっかりデンマークファンが増えていたのですね。私の記憶でも同級生のほとんどの家にデンマーク製のカップや花瓶、お皿がありましたね(笑)

(昭和53年)本店リニューアル。広島人認知100%へ

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広島アンデルセン(お城じゃないです)https://ameblo.jp/hbc2014/entry-12087636982.htmlより引用

パンとレストランに加え、パーティーフロアや北欧式の挙式が行える式場、北欧用品のショップなどを備えた相当大きいパン屋さんが広島本通りに誕生。これで広島県人の認知度100%店舗になったのは間違いありません。

日本初のデリカテッセンシステムのキッチンを設置

これも今では当たり前ですが、調理ステーションごとにできたての料理を自分で自由に選べるデリカテッセンシステムですが、実は広島アンデルセンが日本で初めてです。料理を食べるだけじゃなく、選ぶ楽しみ、各人が自由に縛られず、それでいて同じ時を過ごす。今考えるとまさにHyggeですね。

(昭和56年)デンマーク王国女王が来た!

1981年4月 デンマーク王国マルグレーテ2世女王陛下が、パン屋に来た!地元の新聞やテレビは大騒ぎでした。まだ小学生だった私もしっかり覚えています。ただ、アンデルセンの広告やイベントでデンマークに慣れていたのか、親近感を持ちましたし、女王ってなんかスゴ!って話題で盛り上がりました。

大人になった今考えると一国の代表を自社に迎い入れる事って相当な事。
もはやお金で動くことは、ほぼないので熱意、誠意が伝わったとみるべきです。もう、タカキベーカリーはなんちゃってではなく、本気でデンマークの文化を伝えていることに異論を唱える人はいないと思います。

※外務省の要人来日記録を見るとびっくりです

女王陛下が来日されたのは2021年現在4回

1963年 非公式訪問
1970年 万博列席の為訪日
1981年 公式訪問(国賓) ※この時来広
1990年 即位の礼参列

もう、すごいと思いませんか?訪日4回のうち半分はタカキベーカリーが関係しているって。継続した人の熱意は国や地域を超えると心から感じます。

(昭和58年)童話大賞を創設

アンデルセンのメルヘン大賞(主催:タカキベーカリー 後援:デンマーク大使館)で公募の童話大賞を創設(現在も継続中。2021年は第38回)

モノ提供からコト提供とは現代でよく耳にしますが、それにはサービス提供側だけではなく顧客の意識変容も必要とする高度なものです。

パン屋さんが公募の童話大賞を始めた意味を考えるとコト提供のポイントである顧客との価値共創が見えてくるような気がします。

実際、この賞が始まった時小学生だった私。本が好きだったこともありますがリトルマーメイド、アンデルセンのお店に行くときの楽しみがパンを買うだけでなく、新しいことがなんかあるに変化していった事をよく覚えています。

そして何より、始めた事を途中でやめない。中長期の視点で取り組む同社の姿勢は別でも紹介する広島企業の特徴のひとつかもしれません。

(昭和61年)デンマーク王国、広島に名誉領事館開く

この時、私は中学生。しっかり覚えています。タカキベーカリーの社長がデンマーク王国から名誉領事を拝命し、広島アンデルセンのビルにデンマーク王国名誉領事館を設置されました。

このころ、Hyggeは市民権を得ていたように思います。(中学生の私でもまったりするときにヒュッゲしよーるけーとか言ってました 笑)

まとめ


ヒュッゲをキーワードに広島のパン屋さん、タカキベーカリーについて個人的な思い出も併せて書いてみました。

・Hyggeはデンマーク語でまったりする的な意味の言葉。
・Hyggeブームは2016年位から。英国の流行をきっかけに世界でバズった
・日本のHyggeブームは2017年位から。「丁寧な暮らし」と共にバズった
・広島ではHyggeって身近な言葉。1959年広島のパン屋さんが広めた。
・そのパン屋さんはタカキベーカリー。Hyggeを流行にせず継続している
・「パンから始まるHyggeな暮らし」がメインメッセージ
・筆者(1974年生)は小学生時代にはヒュッゲの意味を知っていた。
・Hyggeな経営に学ぶ点が多い。デンマーク王女もわざわざ来たパン屋。
・流行りじゃなく地域に根差した文化にした貢献は大きく、ビジネスも拡大
・タカキベーカリー社長、デンマーク名誉領事を拝命、広島名誉領事館開館
・広島の街のパン屋さんが東京に青山に出店
・とうとうデンマークにも出店

https://epmk.net/takanoriteshima/


・その後、アメリカ/香港/インドネシアなど海外にも展開
・2020年旗艦店 広島アンデルセン フルリニュアルオープン


この会社の参考になる点

モノ消費からコト消費という視点で参考になる企業だと思います。
イノベーションの事例として非常に参考になると思います。
新しい文化の定着、サスティナブル経営の参考になる企業だと思います。





もし、知り合いに広島出身者がいたらHyggeって知ってる?って聞いてみてくださいね。

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