リゼロすぐ万発でるんだけど知らなかったわ 後編

人生最大のピンチは、1コマ60分の職場の研修の開始2分で尿道がパンパンになってしまったことだったろうか。ひたすら耐えに耐えて研修を受講後、キン○マが重くてうまく歩けなかった。股の間に砂袋を吊るされてらようなそんな感覚だった。
当時19歳だった僕は幕張の駅で遅刻ギリギリにタクシーを拾い、汗だくだくで研修施設にヘッドスライディングを決め込んだ。間に合ったのはいいものの、すぐに研修がはじまりトイレに行く暇もなかった。あと5分早く家を出ていたら、こんな目に合うことはなかっただろう。その少しの差で人生がうまく過ごせるか否か変わってくると思う。少しの差「50%をとる力」これが人生では重要だ。閉店2時間前。「甲鉄城のガバネリ」のST中の複合チャンス目、期待度66%を華麗に外し、「押忍!番長0」の特訓の期待度70%の10tを2回連続外したところでこんな理論なんら信憑性のないことは幼稚園児でもわかるが、とにかく余裕を持って毎日を過ごそうと、日々思っているところではある。
さて、話をどこまで戻せばいいのだろうか。一貫してうまく順序立てて話すことなんて、文章で表現する時や実際の会話の中でも出来た試しはない。そういえば、先週は仙台の話をしていましたね。少しずつ思い出しながら、仙台の旅打ちの思い出を話させていただきます。
初めての仙台を堪能しつつ、スロットでは爆勝ちして電車で車をとりにいくところまで書いたと思う。
駅前のパチンコ屋の駐車場に車をとりに行ったのは大体22時ぐらい。閉店間際ではあったがまだまだ、勝利に飢えていた。というより、この頃の僕はレバーがあって3枚メダルが入る物質を触っていれば何でも良かった。松本人志が若い頃は「郵便ポストにでもチン○入れたかった」と言っていた。僕も今にして思えば、若さだったのかもしれない。いや、若さ以外のなにものでもない。こういう日は惰性で打ってしまう。ちなみに何年か前の忘年会の帰り道に血迷って100㎏超の嬢と対戦したことは惰性にも惰性だった。
夜も更けて、22時だったが店は大変賑わっていた。ハイエナ台を徘徊すると、合算130分の1を切っている「マイジャグラーⅡ」が落ちていた。これだけじゃなんの根拠にもならないが、データをぽちぽちすると、9000回転回っていた。この時間で9000回転?こんなの朝からタコ回しても厳しいんじゃないのか、と思ったが隣の台、その隣の台も9000回転以上回っていた。不思議に思い、あたりを見回すと、AT機をゆったりと回していたり、タバコ吸いながら談笑していたり、何人もこの時間から来店する客がいたりと、およそ閉店前の光景とは思えない光景が広がっていた。なにかあると思って携帯で調べてみると仙台のパチンコ屋の営業時間(お盆期間)は店によって開店が早まり、閉店時間が延長している事実が発覚した。おもいっきり店の前に看板が立っていたのだが今日一日見逃していた。ちなみに、この店は8時半開店の24時閉店で営業するらしい。三重のオールナイトに強い憧れをもっていた僕はこのプチオールナイトに心を躍らせ、「マイジャグラーⅡ」を閉店ギリギリまで打ち切り、店を後にした。ほぼプラマイ0に終わって車に乗り込んで、いざ国分町へ、ウキウキ気分で駐車場に車を停めた。
朝から何も食べていなかったので、祝勝会も兼ねて、目に入った居酒屋に入った。やきとり盛り合わせ(塩)と日本酒を注文した。疲れもあって、2杯ぐらい飲んだらもうほぼ完全に酩酊状態となった。日本酒は好きなのだが、酒自体が弱いので、それなりに眠くなるし、体も重くなった。
明日に備えて、キャバクラの客引きを押しのけ、デリヘル嬢とすれ違い、「ディスクアップⅡ」があるビルの5階のボタンを押した。今考えても DVDボックスとパチンコ屋が同じビルにある建物は秀逸すぎる。まじ萌える。まじで推す。地元にあればもうその店しか行かないレベルだと思う。
「お客さん、今日は満席です」
店員が元気のない声で言った。
繁華街。時刻は午前1時。当然といえば当然か。少し離れた通りにビジネスホテルが何軒か列挙していたので、この一つくらい空いてるだろと、片っ端から突撃した。この時点から嫌な予感はすでにしていた。
皆様、ご想像の通り、結果全滅。一つも空いていなかった。受付のボウイ否ボーイは若干眠たそうで若干キレ気味に空いてませんよと言うホテルもあった。久々の夏の車中泊か、しょうがない・・・と思い、マルボロメンソール8㎜に火をつけた、その時だった。
「あれ?ここどこ?」これは自分の心の中で言った言葉ではなく、実際口に出して言ったと記憶している。あんまりにも見慣れない風景に、ついつい口から言葉が出てしまった。ホテルを探すのに夢中で、ここがどこなのか、全く見当もつかなくなった。大きな道路沿いにホテルが建っていたため、国分町から少し離れると、街頭しかない暗闇の道路という田舎ならではの風景が広がっていた。頼みの綱はさっき通った牛タン屋だが・・・果たして辿り着けるだろうか。
五里霧中で、歩いたり、走ったりを繰り返していると、どうやら遠くの方に明かりが見えた。思考を停止しながらほぼ千鳥足で明かりにたどり着き、何階か忘れたがレンタルームと書いたボタンを押した。当時、レンタルームについて、全く知識がなかったので、店員の顔を見るやいなや、「ここ何するところですか?泊まれますか?」と聞いた。
同年代ぐらいの若い男の店員が、「ここは女の子を呼んで、あーいうことをするようなところです。一応泊まれますけど?(笑)」店員は常に半笑いで僕のことを見ていた。相当、切迫詰まっているように見えたのだろう。とにかく、泊まれることに安堵した。店員に「ありがとう」と言い、部屋に入った。
部屋は白いシーツの敷かれた人が1人ギリギリ寝れるぐらいのベッドが1つとペイチャンネルが2チャンネルあるテレビ(地上波は見れなかった)とシャワーがついていた。部屋全体の大きさは細長く、スペースはほとんどベットで埋まっていた。本来、休憩目的として作られている店舗なので仕方がない。ないよりはマシだ。そして、停めた駐車場がどこにあるかなんて、こんな暗さでは検討もつかない。明日、駐車場は見つかるだろうか。ホテルを探すことに夢中になってこんなことになるとは、少し、泣きそうになってきた。ホームシックと、先にの見えない不安に苛まれ、なかなか、寝ることができない。目を瞑っても、寝れない。眠いのに、寝れない。なんでだろう。明日、駐車場を探さなくては、早く寝なければ!
全く寝れない。なんで寝られないんだろう。答えは明確だった。さっきから流れてる有線がうるさすぎるからだ。
中島美嘉、大塚愛、ORANGE RANGEのJ POPエンドレスループ。これ有線というのだろうか、よくわからないが若干懐かしめのメロディが一生流れてくる。たまに流れるサザンもいい加減にして欲しい。おそらく、部屋通しの声を遮るための店側の配慮なのだろうが、なんせ爆音すぎる。宿泊をする人間にとっては、強烈な破壊力を持ったアンセムだ。やめろ、止めろ。まあ、休憩を目的とした店舗に宿泊する人間が悪いのだが。カラオケ屋はカラオケをするところだ。セック○をするところではない。ティッシュも置いてない。そういう話と一緒だ。ゆっくり泊まりたきゃ、ちゃんとホテルに行け。20周目くらいの大塚愛の「プラネタリウム」もしくは中島美嘉の「glamorous sky」が流れたところで眠りにつけた。その間6回ぐらい竿運動をして、体を極限まで疲労させる荒技が必要であった。ペイチャンネルで女の人が裸で布団に横たわっている。「glamorous sky」とペイチャンネルの映像と音声が仙台の明け方の小さな部屋でカオスを生み出していた。とやたら、「カオス」という言葉を使いたがる文学者のような稚拙な文章で申し訳ないのだが、とにかく、僕は寝れた。2時間だけだったけど。
翌朝は6時に目が覚めた。酔いはすっかり覚めて、今度は見ず知らずの土地で車を探さなきゃ行けないというミッションが僕を待ち受けていた。
昨日の記憶がないため、駐車場探しは難航を極めた。朝の7時から何度も同じ道路を行き来し、朝の散歩をしているおじさんを横目にひたすら、駐車場を探した。見つからない。
頼りなのは、昨日の記憶なのだが、ぼんやりと覚えているのは、駐車場の緑の看板だけだ。  2時間ぐらい彷徨って、全く駐車場の影すらない。あの時、ああしていれば、昨日遅くまで、中間設定のジャグラーを打たなければ、早めにDVDボックスをキープしていれば、酩酊しなければ。そもそも隣の駅の駐車場に車を停めなければ。
最悪の事態にならないような分岐点は、無数にあったと思う。全てが筋書きを外れ、悪い方に作用し、こんなことになっていることを昨日の自分を恨みながら、ブツブツと文句を垂れながら歩いていた・・・雨が降ってきた。
「時に世の中がおかしくなって全てが裏目に出ることがある。取り返しがつかなくなるかもしれない。うまくいくこともある。確かさ。僕は間違ってない」
ダニエルパウダーの「Bad Day」を口ずさみ、雨から逃れるのと、疲れもあるのと、携帯の電池切れが起きたのと、喉が渇いたのと、やってられないのと、「キングダム」を少し読みたいのと、少し冷静さを取り戻したいのと、とにかく朝から疲れ切ったので僕は漫画喫茶に僕は逃げ込んだ。僕は間違ってない。
僕は間違ってない。いや、間違っていかもしれないがただの計画性のないバカだ。まさかこんなことになるとはというのが1年で数回襲ってくる、こないだもデリヘルで無計画なことをしてしまった。それは追々お話しします。
コーヒーを一杯飲み干し、脳にカフェインを入れると、電撃が頭に落ちるようにとてもいい打開策が浮かんだ。
Googleマップのストリートビューで駐車場を探す。という超画期的かつ、単純な打開策だった。これなら歩かずに済むし、緑の看板の駐車場を探せばすぐに向かうことができる。
ものの5分で駐車場は見つかった。あとは携帯にここの住所を入力して、向かうだけだ。
ことなきを得た。大塚愛の「happy day」が脳内に流れなかった。腐れJ-POPは昨日散々聞いていたのでしっとりと山口百恵の「いい日、旅立ち」を口ずさみ、駐車場へと帰還した。
この日を境に、見慣れない場所に行く時は必ず駐車場の写真をとっている。また、遊ぶ前に宿を一番先に予約する。これは両輪だ。一つかけると、無駄なロスタイムや車中泊を余儀なくされる。
この仙台での出来事はとても良い教訓として、僕の人生に生かされている。また機会があったら、仙台、国分町を訪れたい。香ばしいパチンコ屋や真っ暗なピンサロ、あのJ-POP垂れ流しレンタルームは今も残っているのだろうか。夏の匂いはいつだってネオンの匂いとカエルの精子の匂い、ひと夏の思い出としてとても懐かしく今も思い出したりしています。
長文になってしまいました。そして、毎週投稿は途絶えました。猛省の上、精進したいと思います。
マタネー。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?