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IQOSやPloomなどの加熱式たばこ製品は常位胎盤早期剥離のリスクを増やす
こんにちは。
普段は病院で産婦人科の臨床医をしつつ、いろいろな研究も行っている者です。
先日、タイトル通りの内容を論文として発表しました。
Ooba, H., Maki, J., Tabuchi, T. & Masuyama, H. Relationship between heated tobacco products and placental abruption: A prospective cohort study using online questionnaire. J. Epidemiol. Glob. Health 15, 1–8 (2025).
https://doi.org/10.1007/s44197-025-00373-2
ただ論文として発表するだけでなく、啓発が必要な内容かと思いますので、解説記事を書こうと思った次第です。
この記事の結論
先に結論を書いておきます。
IQOSやPloom Tech,gloのような加熱式たばこ製品は(通常のタバコ製品と同等あるいはそれ以上に)体に悪い
です!
これだけ覚えていただければこの記事を書いた甲斐があります。
加熱式たばこ製品(HTPs)とは
加熱式たばこ製品(Heated Tobacco Products:HTPs)とは、たばこ葉を使用し、たばこ葉を燃焼させず、加熱により発生する蒸気(たばこベイパー)を喫煙する製品とされています(JT社のホームページより)。
歴史的には日本とイタリアでまず先行的に流行りだし、近年アメリカや韓国でも喫煙者が増えています。
加熱式たばこ製品は安全か?
たばこ会社が広告するところによると、「火を使わず燃焼による煙が発生しないため、たばこの煙のニオイがせず、灰も出ない(JT社)」、「紙巻たばこより害の少ない代替製品(フィリップモリス社)」というようなポジティブな文言が並びます。
火を使わずに専用のデバイスを使って加熱するため、燃焼を伴わず灰や煙が出ないので、紙巻たばこの煙と比べて発生する有害性成分の量は大幅に低減されているというのが彼らのロジックのようです。
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これらの製品は、かっこよさや煙が出ないことにより周囲に迷惑が掛からないなど、(当たり前ですが)ポジティブな文言を優先的に訴求し、主に若者を対象に従来のたばこ製品にとってかわる製品として位置づけようとしています。
一方で、有害事象に関する情報は意図的に面倒なアクセス方法を取るようにされており、喫煙者がニコチンなどに興味を持たないようにしようとしていることがわかります。
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フォームに入力してもエラーを起こす
たばこ会社が主張するところによれば、「火を使って燃焼しない」ので「有害物質の量が減る」ことが健康を損なわない理由だといいます。
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しかしWHOも指摘しているように、「有害物質の量を減らしたところで人体へのリスク低減にはつながらない」ことはすでに再三指摘されています。
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ただ、加熱式たばこ製品は世に出てからまだ日が浅い製品であり、健康に対する影響が十分に検証できていません(これをもって「健康に悪いとは言えない」とは言えないことに注意してください)。
しかしそんな中でも、加熱式たばこ製品は身体に悪いというエビデンスは蓄積されつつあります。
こちらについては日本禁煙学会のHPがわかりやすいので、興味のある方はぜひ参照してください。
常位胎盤早期剥離とは
常位胎盤早期剥離は、我々産科医が最も恐れる病気の一つです。
通常、妊娠したお母さんと赤ちゃんの間では、胎盤とへその緒を通じて赤ちゃんが育つための酸素や栄養のやり取りを行っています。
酸素や栄養は血液によって運ばれますから、胎盤にはとても多くの血流が行くことになります。
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胎盤はおなかの中に赤ちゃんがいるときに酸素をあげるための仕組みですので、赤ちゃんが生まれて一人で呼吸ができるようになると要らなくなります。
そのままおなかに入れておくと胎盤が腐ってしまいますので、ふつう赤ちゃんが生まれた後は自然に胎盤が剥がれます。
その際、血液のやり取りをしている部分なので当然出血するのですが、赤ちゃんがいなくなった後の子宮がぐーっと縮むことで胎盤とくっついていた部分の血管が潰され、止血されるというのが分娩後の一連の流れです。
常位胎盤早期剝離は、この一連の胎盤が剥がれる過程が、何らかの理由によって分娩前に起きてしまう病気です。
この場合、ものすごい勢いではがれたところから出血がおきます。
赤ちゃんは胎盤を介して酸素をもらっているので、胎盤から出血すると酸欠に陥ります。
またお母さんも胎内で大出血を起こしていますから出血性ショックに容易に陥りますが、赤ちゃんがいるので子宮が縮むことによる止血も期待ができません。
激しい腹痛などの症状が生じ、一度発症すると母子ともに亡くなることもある、とても危険な状態に陥ります。
厄介なのは、滅多に生じることがないにもかかわらず、一度発症すると母子ともに重篤な状況に陥ることです。
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「加熱式たばこは常位胎盤早期剥離を増やすか」を調べる研究の難しさ
従来の紙巻き式たばこは常位胎盤早期剝離を引き起こすことがすでにわかっています(https://obgyn.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1600-0412.2010.01030.x )
問題は、近年若い人の間で流行している加熱式たばこが、従来の紙巻きたばこ製品と同様に病気のリスクを増やすのか?ということになります。
これには様々な先行研究があり、産科領域に限っても妊娠高血圧症候群のリスクが上昇する( https://doi.org/10.1136/bmjopen-2021-052976. )ことが本邦の研究からわかっています。
今回の研究テーマにおける大きな問題点の一つは、アウトカムである「常位胎盤早期剥離」が発生する頻度がもともとそんなに多くなく、かつ妊娠中に加熱式たばこ製品を喫煙するような人も少ないということです。
基本的にこのような研究は、「注目している変数があるか・ないか」によって「注目しているアウトカムの数が増減するか・しないか」というロジックで行うため、加熱式たばこを吸う妊婦がそもそも少なく、常位胎盤早期剝離の発生頻度が少ない状況では大規模にデータを集めても、ほとんど該当する人がいないため、比較そのものが難しくなります。
また、仮に十分な数が確保できたとしても、単純に数を比較すればよいというわけではありません。
なぜなら、生物には個人差があるからです。
理想的には同じ個人において加熱式たばこを吸わせた場合と吸わせなかった場合を比較すれば、その個人における加熱式たばこの影響というものを正確に測ることが可能です。
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しかし実際には、当たり前ですがこのうちの片方しか観測することはできず、もう一方は観測することができません。
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そのため、我々は人数をいっぱい集めることで一人ひとりの個人差を希釈し、平均的な差というものを見ようと試みます。
この考え方はよく味噌汁の味見にたとえられます(味噌汁を一口味見すれば、鍋いっぱいの味を推測できる)
しかしこの考え方も十分ではなく、偏った人たちばかりを集めてしまうと、いくら頭数がそろっていても偏った結果しか得ることができません。
今回の例で言えば、新型たばこと常位胎盤早期剝離の発症を比較しようとしたときに、新型たばこを吸っている人たちはお酒を飲んでいる妊婦ばかりを、新型たばこを吸っていない人たちはお酒を飲んでいない妊婦ばかりを集めていたとすると、得られた結果が新型たばこの影響なのか、お酒の影響なのかわかりません。
味噌汁のたとえで言うと、よく混ざっていない味噌汁のうわべだけ掬って味見して薄いと感じても、それは味噌汁全体の味ではないのと同じです。
したがって、できるだけ対象者の背景をそろえて比べることが大事になります。
今回の研究はこれらの問題点を、ベイズ統計とboundary factorという方法を利用して解決しました。
ご興味のある方はぜひ論文をご一読ください。
新型たばこは常位胎盤早期剝離のリスクとなるのか?
結論としては、調整しない場合のリスク比は13.2、調整後のリスク比は11.3~11.9程度の影響があることがわかりました。
色々解釈には注意が必要ですが、字義通りに受け取るならば、新型たばこを吸う妊婦は、吸わない妊婦と比較して11倍程度常位胎盤早期剝離のリスクが増加することになります。
この数字はとても重要で、妊婦さんはタバコを吸うべきでないと我々産科医が自信を持っていうことができます。
今後、「本人が吸っていないがパートナーが新型たばこ吸っている」場合でもリスクが増加するのか、「新型たばこを吸っている妊婦が他の病気を発症するリスクは増えるか」についても同様の調査を行う予定です。
もしまわりに(加熱式、紙巻き式を問わず)たばこを吸っている人がいたら、積極的に禁煙するよう促してください!
妊婦であればなおさらですが、妊娠していない人にとってもたばこは百害あって一利なしです。
ここまでお読みくださりありがとうございました。