1分でわかる「ルイ15世王位継承」とは!【RE-CEREBRO】1分で脳を再構成する-EP089
ルイ15世の王位継承は、フランス史における転換点と言える出来事でした。
1715年、太陽王ルイ14世が崩御すると、わずか5歳の曾孫ルイ15世が王位を継承しました。
幼王の即位は、摂政政治の開始と貴族勢力の台頭を招き、ルイ14世の絶対王政体制に変化が生じました。
歴史的意義
1.摂政政治と貴族の復権
ルイ15世が幼少であったため、オルレアン公フィリップ2世が摂政に就任。
摂政政治期には、ルイ14世時代に抑圧されていた貴族が政治への発言力を増し、国政への参与を拡大しました。
これは、絶対王政から、貴族層を含む合議的な政治体制への移行を示唆するものでした。
2.政治の不安定化
摂政政治は、貴族間の権力闘争や陰謀、腐敗が横行し、政治の不安定化を招きました。
この不安定さは、ルイ15世の親政開始後も続き、宮廷内の派閥争いや愛妾の政治介入などにより、フランスの政治は混乱を極めました。
3.啓蒙思想の萌芽
ルイ15世時代は、啓蒙思想が台頭した時期でもありました。
ヴォルテールやモンテスキューなどの思想家は、理性に基づいた政治や社会の改革を訴え、絶対王政や封建社会の矛盾を批判しました。
これらの思想は、後のフランス革命に大きな影響を与えました。
4.対外政策の転換
ルイ14世の積極的な対外政策とは異なり、ルイ15世時代は、ヨーロッパ大陸での勢力均衡を重視する政策へと転換しました。
しかし、オーストリア継承戦争や七年戦争などの度重なる戦争により、フランスは財政難に陥り、国際的な地位も低下しました。
ルイ15世の王位継承は、フランスの絶対王政の衰退と、新たな時代への移行を象徴する出来事でした。
摂政政治による貴族の復権、政治の不安定化、啓蒙思想の台頭、そして対外政策の転換は、後のフランス革命へとつながる社会変革の兆しを示していました。