◇不確かな約束◇第4章
このお話の続き。第4章をMizukiが書きます。
***
シュウにお別れを切り出したその日、
カフェからでて、
私はまっすぐに家に帰った。
覚悟して、ことばにして、
きっとこれっきりじゃない
また会えるっておもうのに
家の扉を閉めた途端、涙が出た。
言えてよかった。
でも寂しい。
7年なんて、言わなければよかったかな。
もっと早く会っても。
ううん。
中途半端ではいけない。
シュウに、
なんでそんなに長く?って
思ってもらえるような年月でなければ
ならなかった。
シュウも、私も、
やっぱり会いたいと、決意をしなければ、
もう一度会うことも叶わないような、
それだけの期間が必要だった。
***
わたしはつい最近まで、
友達の言う、ドラマやアニメにでてくる、
「あの人が好き」っていう気持ちが
よくわからなかった。
小学生にもなれば、
ちらほら浮いた話が出て、
中学生にもなれば
そんな話題で持ちきりになる。
人との会話や、関わりが
「そういうこと」でいっぱいになってしまうのが、
もったいないなあ、と
私は思っていた。
ときめくことについて話をするのは
楽しいと私も思うけれど、
それが恋愛の話題だけに収束されていくのは
納得ができなかった。
この世にはもっと、
人間関係にだってもっと、
きれいなことも
すてきなことも他にあるのに。
あるかないか
わからないような微かなことも。
それらから目をそらされるようで、
恋愛の話題は好きじゃなかった。
***
「好き」って感情は、幼少期から
私の中ではかなり
安定した感情で
ナポリタンスパゲティがすきとか、
猫が好きとか、
あと、
お母さんが好きとか。
お母さんについては、
「きらい」と「おもてうら」だけど。
(そういえば、
好きでもきらいでもいられる人といると落ち着く。)
そういうことは結構揺るぎなくて、
安定している。
パスタは同じ作り方を守れば
いつだって同じ味でいてくれるし
猫はいつだって
猫をやっている。
お母さんも、大体お母さんをやっている。
突然変わってしまって、
全然好きでなくなってしまうということがあるとは思えない。
猫にだっていろんな猫がいるとは思うけれど、
どの子もだいたいかわいい。
それは、汚れて町中をあるいている野良猫でさえも。
だけど、異性や友達に向けての
「あの人を好き」というのは
なんだか、
口にするのがはばかられるような、
不安定さをはらんでいる気がした。
「本当に好きか?」と問われると、
実はそうでもなかったかもしれない...
と気づいてしまいそうな。
人間は、複雑で、揺らぎがあるから
いつもいつでも、好きだなんて
そうそうたやすく
いえることではないんだ。
きっと。
シュウのことは好きなのかもしれないと思う。
付き合ったのはシュウが初めてだった。
どこがすき?ときかれても
応えてはいけないような気がしていた。
だって、それだと、
その箇所が変化したら、
好きでなくなってしまうから。
そんな些細な変化のために
一人の人のことを
諦めるのは、
私はいやだった。
そんな通り方をするくらいなら、
最初から好きだなんて言わないほうが
私はいい。
***
今日のカフェでの会話。
もしかしたら私たちには、
最後になるかもしれない会話だった。
それぞれが、もっと、
いろんな経験をしなくてはいけないと思ったのは、
それらを経験する過程で、
自分のことを好きではいられなくなる時が
必ず来るから
これまでもそういうことはあった。
けれどそれは、たまたま
シュウのことを一緒に嫌いになってしまうようなものではなかった
というだけ。
これからの私は、
もっと、
自分のことで手一杯になりそうな気がした。
そういうときは、だれかといることで
自分と一緒にその誰かを傷つけてしまいそうな気がした。
そして、遠距離の恋愛ともなると、
そのつらい部分だけが
やりとりのなかで
目立ってきてしまう。
きたいすると、すがってしまう
すがってしまうと、
思うように相手が動いてくれない時に、
つらくなるし、疑ってしまう。
本当は自分への疑いなのに、
相手を疑うようになってしまう。
勘で、それが見えた。
だから、
別れを言い出したのだった。
好きだから、
誠実でいたい。
誠実でいるために
いちど、けじめをつけたい。
いろんな経験をして、
一人で生きることもいっぱい経験して、
それでもやっぱり、一緒にいたいと、
そう思ったときに、会いに行きたい。
それがきっと、7年後。
ただの勘だけれど。
自分が、もしかしたら
初めて人を好きになれるかもしれない、
と感じたシュウとの関係を
私は大事にしたかった。
***
もっと
強くなれたら。
やさしくなれたら。
お互いの背中を預けられるような
心を育てて
諦観も抱いたならば、
きっと。
***
お風呂から上がり、
ベッドに倒れ込んだ。
ベッドサイドに
白黒模様のシュシュが置いてあった。
今日、シュウから買ってもらったんだ。
手にとり、胸元へ持って行った。
この感触を忘れずにいよう。
時々身につけよう。
天井を見つめて、ゆっくり息を吐く。
ああ、別れちゃった。
これまでの日々、楽しかった毎日は、
明日からはもう、ないのだ
シュウとの楽しかった思い出ばかり、
次々と脳裏に浮んでくる
イチ、ニ、サン、シ、ゴ...
幼い頃からの習慣で、
眠れない夜には
目を瞑って数字を数える。
ロク、シチ...
別れ際の、シュウの
かなしそうな、困惑した顔が浮んで、
息が詰まった。
ポタ、としずくが落ちる音が
静かな部屋におっこちた。
大丈夫。きっと大丈夫...
そう思うのに
思えば思うほど、
ぬくもりのある水が湧いてきて
とめどなくあふれ
頬を伝い
シーツに滲んでいった。
「ごめんね。ありがとう…」
***
卒業まで、
私とシュウは話もしなかったし、
メールも含め、ことばのやりとりを一切しなかった。
すれ違うことはあっても、
目が合ったことに気づくと、
少しうつむいて目をそらしてしまう。
シュウはどう思ったのだろう。
あの日、ずっと黙っていた。
シュウはそういえば、いつもそうだった。
私が何か言ったとき、
意味が分らなかったり、
受け止めきれないときに、
何も返してこない。
ただ黙り込んで、
自分の中に入ってしまう。
思えば、
私はシュウのそういうところも
好ましく感じていた。
じれったいけれど、愛おしい。
相手が誠実に考えた言葉なのに「分からない」ことは、
どれだけ聞きなおして問いただしても、
結局のところ分らないまま。
それは自分の心に聞くしかない。
ことばで埋まらない、
シュウとの関係が
心地よかった。
別れの日の、
やっぱりそんな
シュウの様子をみて、
むねが締め付けられた。
こんな私でごめんね。
シュウ、ありがとう。
また会おうよ。
私は、ずっと...。
あなたのことを想ってるから。
ただの思い出にするつもりなんて、
ないんだから。
***
第5章につづく。
27years old,10.1,Mizuki
絵を描くのは楽しいですが、 やる気になるのは難しいです。 書くことも。 あなたが読んで、見てくださることが 背中を押してくれています。 いつもありがとう。