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ARSS2024/韓国大会の振り返りと、その後の中国大会の結果フォローアップ

アジアラグビーセブンズシリーズ(ARSS)2024が始まった。今年のシリーズは全3大会で、第1戦の韓国(仁川)大会が9月8日~9日、第2戦の中国(杭州)大会が9月22日~23日、第3戦のタイ(バンコク)大会は11月9日~10日に開催される予定。日本代表は男子、女子ともにアジアナンバーワンを目指してシリーズに参戦している。


9月8日~9日に行われたシリーズ第1戦の韓国大会の結果はつぎのとおり。

第1戦を終えて、シリーズポイント上位4チームはつぎのとおり。※( )内の数字はシリーズポイント

  1. 香港チャイナ(12ポイント)

  2. 中国(10)

  3. 日本(8)

  4. 韓国(7)

なお、今年の男子の参加チームは、香港チャイナ、中国、韓国、UAE、タイ、シンガポール、マレーシア、日本の8チーム。

おなじく、女子の上位4チームはつぎのとおり。

  1. 中国(12)

  2. 香港チャイナ(10)

  3. 日本(8)

  4. タイ(7)

今年の女子の参加チームは、中国、香港チャイナ、タイ、カザフスタン、UAE、シンガポール、マレーシア、日本の8チーム。

第1戦の結果、日本は男子女子いずれも3位にとどまった。昨年に続いて韓国大会を現地取材してきた身としては、いまの日本がアジアで勝つのは簡単なことではない、というのが引き続きの実感だ。


ARSSはアジアのトップを決めるシリーズであると同時に、ひとつうえのカテゴリーである「HSBC Sevens Challenger」(便宜的に、チャレンジャーシリーズと呼ぶ)への出場権をかけた戦いでもある。

アジアからは2(または3)チームがチャレンジャーシリーズに参加できることになっているため、ARSSのシリーズランキング上位2(または3)チームにチャレンジャーシリーズへの出場権が与えられる。ただし、チャレンジャーシリーズの上位カテゴリーである「HSBC SVNS」(便宜的に、SVNS「セブンズ」と呼ぶ)のコアチームのステータスをすでに持っているチームは除く、ということで、女子のほうは日本と中国を除いた上位2(または3)チームに出場権が与えられることになる。

※各地域ごとに2(または3)の出場枠が割り当てられる。
※枠の数はチーム実績を考慮しているため、各地域均等ではない。

昨シーズン、ARSSからチャレンジャーシリーズに参戦したのは、男子が日本と香港チャイナの2チーム。女子は中国とタイと香港チャイナの3チームだった。このうち、チャレンジャーシリーズの上位4チームに入ったのは、女子の中国のみ(男子香港チャイナは5位、日本は8位、タイは7位、女子香港チャイナは9位)。そして、女子の中国はコアチーム昇格大会に参戦し、みごとに勝ち切って、今シーズンのSVNSのコアチーム昇格を果たしている。

ちなみにその昇格大会には、女子の日本もSVNSのコアチームとして臨んでおり、こちらもなんとか勝ち切ってコアチームのステータスを保持している。なお、SVNSのコアチーム全12チームのうち、シリーズポイント上位8チームはグランドファイナル(プレーオフ、みたいなもの。昨シーズンからはじまった形式)でシリーズチャンピオンを争い、下位4チームはチャレンジャーシリーズの上位4チームとともに昇(降?)格大会でコアチーム残留(4枠)をかけて争うことになっている。

さて、実質的に今年のARSSで(SVNSへの昇格を争う)チャレンジャーシリーズの出場権争いがシビアになるのは、男子のほうの日本、香港チャイナ、中国の3チームだ。日本にとっては、チームづくりが遅れていることに加えて、ARSSは3大会「しか」ないことも不安材料。すでに第2戦の中国大会がおわって、結果が入ってきているところで、予想通り、最終戦までもつれる混戦もようになってきたが、その話はまたのちほど。なお、女子のほうは日本と中国を除くと、タイと香港チャイナの実力がほかのチームを大きく上回っているために、チャレンジャーシリーズ出場はこの2チーム(+1チームの可能性あり)でほぼ確定だろう。


ここでパリオリンピックを少し振り返っておこう。女子の結果は日本が9位、中国は6位だった。SVNSのコアチームである日本がオリンピックで9位というのは、シリーズスタンディング(9位)そのままそのとおりの結果なわけで、実力通りといえば実力通り。メダル争いをしたチームの顔ぶれがシリーズスタンディングで上位につけているチームであることからも、やはり「ひごろ」の成績がモノを言うことがよくわかる。「将来の夢はオリンピックで金メダルを獲ることです」、というのはいいとして、「今回のオリンピックでの目標はメダルです」、なんて口にするのは、まずはSVNSでベスト4を争えるようなチームになってからでいい。オリンピックのときだけ、うまいこと活躍しようなんてのは虫のいい話――という現実を早く学ぶべきだ。

とは言いながら、コアチーム外の中国の6位という結果には驚かされた。アジア最終予選で日本に敗れて(実力はやや中国優位だったにもかかわらず)、世界最終予選に回り、そこで勝ち上がってきた勢いをそのままパリのサンドニのピッチで表現していた。2番ヤン・メイリン、7番チェン・クイ、11番リュウ・シャオチェン、まさに躍動。そういえば、男子のほうのオリンピック最終予選を勝ち上がってきた南アフリカはなんと銅メダルを獲得していて、しかし、そもそも世界の強豪である南アフリカがアフリカ予選で負けた(ケニアに負けた)、ということ自体ショッキングなのだけれど、そこからチーム崩壊の危機を乗り越えて、見事に世界最終予選を勝ち上がって、オリンピックでいつものブリッツボッカ(南アチームの愛称)の姿を見せてくれたことは、とくべつうれしかった。

男子ではアジアからオリンピックに参戦したのは日本のみ。振り返るのもつらいほどの圧倒的最下位におわった。加えて、プール戦での3試合連続40点以上の失点はこれまでのオリンピック記録を大幅更新というおまけつき。サイモン・エイモー前HCのもと、「Faster & Braver(より早く、より勇敢に)」を合言葉にして戦いに挑んだけれど、いかにも言葉だけがおどっていて、オリンピック前からほんとうに苦しいチームづくりの連続だった。いまとなっては、サイモンに会った最後の機会になったけれど、昨シーズンのチャンレンジャーシリーズで結果が残せないまま最終戦のドイツ大会を終えたあと、めずらしく(!)試合後のインタビューを受けつけないそぶりでロッカールームに引き上げていったサイモンの後ろ姿が、いまでも目にうかぶ。

ようするに、日本はチャレンジャーシリーズを捨てて、オリンピックで番狂わせを起こすための戦術を練っていたのだけれど、チャレンジャーシリーズがSVNSコアチームへの唯一の階段であることを考えれば、後先のことをまったく考えない、ただのギャンブルと呼べるような戦術が、日本のラグビー界になにかしらのレガシーを残せたかと言われれば、はなはだ疑問でしかない。具体的には、3回以内のラックでボールを取り返す(相手のペナルティかターンオーバーをねらう)というスーパーラッシュディフェンスを戦術の肝にしたのだが、ざんねんながら最後まで機能せず。というか、その戦術が機能する可能性がどれだけあったのか、そこがはっきりしないまま、そしてサイモン本人はなにも語らないままHCを離れてしまった。

選手のほうも、オリンピックスコッドのうち、今回のARSSのメンバーに入ってきたのは、津岡翔太郎とケレビ・ジョシュアと吉澤太一だけ(いまのところ)。その津岡、2OK。日本がまだコアチームだったころのWRSS(ワールドラグビーセブンズシリーズ)で、トライ後のパフォーマンスにピースとOKサインをつくって、ツーオーケー。オリンピック直前のメディア会見では、過去最高のコンディションですと、うれしそうな顔をしていたから、オリンピックではさぞかし悔しい思いをしただろう。なにせ、2OKのプレーだけを切り取ってみれば、オリンピックでじゅうぶんに光っていた。

その2OKはセブンズに残った。残ってくれた。2OKがオリンピック後に向き合った選択肢は3つ。現役引退、15人への再チャレンジ、それからセブンズを続ける。悩んだ末に、セブンズ。ひとつには、日本協会からのオファーがかつてなくしっかりしたものだったことと、もうひとつは、次の世代へのバトンタッチをきちんとできてないと感じていたこと。このふたつのことがセブンズを続けることした大きな理由になったという。それでも、次のオリンピックを目指す、とは口にしない。オリンピックで受けたメンタルの傷跡はそう簡単に癒えるものではないことが、痛いほどわかる。ジョシュも太一も次のオリンピック、というわけにはいかないだろうし、いずれセブンズからは足が遠ざかる。それ以外のオリンピックに出場した選手たちはどうするんだろう。

そういえば、女子のエースだったハラチャン(原わか花)が、昨シーズンのSVNSグランドファイナルでコアチーム残留を決めた後にこんなことを言っていた。「わたしたちには次の世代へつなぐ責任がある。そういうことを選手同士で話しあってきました」。コアチームに残るのは、自分たちにできる次の世代への責任の果たし方のひとつだ、と。そのときのミックスゾーンで、ハラチャンはオリンピック後の代表引退を口にした。結婚は現役引退のきっかけのひとつだったかもしれないし、ほかにやりたいことがあってもいい。やっぱり続けます、と言ってくれたらそれはそれでこっちもうれしい。でもやっぱり、これから選手としてのピークをむかえるだろうスター選手が早々と引退を決めてしまう、引退したいと言わせてしまうのは、いかにももったいない。

一方の男子のほうは相変わらず煮え切らない。自分の所属チームの意向が気になるのだろうか。もちろん、生活を支える給料はチームから出ている選手がほとんどだろうし、チームに所属していながら、年中合宿やら大会やらで、チームメイトといっしょにすごしてない分、居心地の悪さというか、負い目みたいなものを感じているのかもしれない。なにせこの国のラグビー業界で働く選手の多くは、「仲間と一緒に苦しいことを乗り越えること」「仲間といっしょに試合出て勝つこと」が最大の目標であり、ラグビーの価値だと考えている、らしい。そうであれば、仲間の輪から外れてしまわないうちに、置いていかれないうちに、いますぐにでも仲間のところへ戻りたいという気持ちになるのは当然か。セブンズだって苦しいことをみんなで乗り越えて、勝利を目指しているじゃないか……、というのは、残念ながら業界内で通用しない考え方なのかもしれない。

オリンピックがおわって、男子のほうはそういうわけで、結果も出なかったし、次も見えてこないし、新しいHCになったこともあって、今回の韓国大会のメンバーはほぼ総入れ替えとなって、また一から出直しだ。


あらためてアジアの勢力図を確認しておこう。男子は香港チャイナが大きくリード。昨シーズンのチャレンジャーシリーズで苦汁をなめたことを忘れずに、マックス・デンマークやヒューゴ・スタイルズなど中心メンバーは残ったまま、新しい戦力を試す、という方針をとって、いまの時点でほかのチームよりもずっと先を走っている。

もっとも、さらに引きの目で見てみると、世界のトップ集団にはSVNSのコアチーム12チームがいて、それを追う第2集団がチャレンジャーシリーズの上位4チーム。そのあとに続くのが第3集団のチャレンジャーシリーズ参加チームで、昨シーズンの日本のポジションはここだった。そしていまの日本は、第3集団からも遅れはじめている。まずチャレンジャーシリーズに参戦すること、それが現実的な目標だ。

一方、上り調子なのは中国。オリンピックでの(女子の)活躍に気をよくして、男女ともにさらなる強化キャンペーンのまっただなかだ。ニュージーランドセブンズチームが「オールブラックス製造工場」と呼ばれた理由が元HCのサー・ゴードン・ティッチェンだったわけで、そのゴードンが中国チームのアドバイザーに入って2シーズン目をむかえている。ニュージーランドを離れたあと、「あの」気分屋のサモアを規律あるチームにまで鍛えた手腕で、「個人主義」中国の選手たちにフォア・ザ・チームのマインドを植え付けることができたら、日本にとってはかなりの強敵になる。そうおもって見ていたら、まず目についたのは、ラグビースキルの向上だった。個人で強化できるランニングスキル、とくにチェンジ・オブ・ペースを試合の中で試しながら使っていた。もともとフィジカルには自信がある中国選手たちだから、そこにちょっとでもスキルが加わると、とたんにプレイヤーとしてのレベルがアップする。そうしているうちに、個人のスキルだけでは勝てないこと、チームとして動かないと勝てないことを、選手自身が身をもって感じはじめたら、いよいよ戦術面での成長が見込めるかもしれない。先に強化をスタートした女子は、最初のころは選手それぞれが孤立して、個人の運動能力に頼るだけのバラバラなチームだったのが、いまではすっかりチームプレーを意識した試合運びができるようになった。女子のほうで結果が出ているから、早晩、男子のほうにもティッチェン効果は波及していくだろう。

ついでに、女子では現在のスタンディングで3位につけているタイの成長が見逃せない。体のサイズが大きいわけでもなく、筋力が特別あるわけでもなく、フィジカルに優位性がない分、フィットネスとブレイクダウンとパス(クイックハンズ)に磨きをかけて、日本と中国につぐ第2集団のトップとして急成長している。なにより、昨シーズンのチャレンジャーシリーズでの経験値がチームの総合力をアップさせたのはまちがいない。実力の近いチーム同士が真剣勝負の場で繰り返し戦う機会と、そこでの僅差の勝負のなかで得られる経験値の大きさがよくわかる。

というわけで、現状のアジアの上位チームの位置取りはこうだ。

男子:香港チャイナ>日本≒中国
女子:中国≧日本>タイ>香港チャイナ

男子のほうに話を絞ると、香港と中国はベストメンバーでチーム強化中。日本は一からチームづくりの最中だとすると、1位が香港、2位と3位を中国と日本で争うという構図がみえてくる。繰り返しになるが、ARSSで上位2チームに入らないと、チャレンジャーシリーズへの出場権を得られない。そしてARSSは全部で3戦「しかない」ことは前述のとおり。3戦トータルのシリーズポイントの合計で順位が決まるために、大きく先制されると、巻き返しが難しくなる。ゆっくりとチームづくりをしている時間がないのだ。

※シリーズの順位は3戦トータルのポイント合計
※もし2チームのポイントが同点だった場合は直接対決の成績(勝敗、得失点差、トライ数など)で順位を決める
※もし3チームが同ポイントだった場合は得失点差で順位を決める


ここで、9月21日~22日に行われた第2戦の中国大会の結果を共有しておく。

日本の男子は準決勝の中国戦をどうにか乗り越えて、決勝に上がることができた。決勝では香港チャイナに敗れるものの、ポイントを考えると価値のある準優勝と言える。第2戦を終えて、男子のシリーズポイント上位4チームはつぎのとおり。

  1. 香港チャイナ(24ポイント)

  2. 中国(18)

  3. 日本(18)※中国と同点だが、直接対決での成績により3位

  4. 韓国(14)

香港チャイナは実力が抜けているので、最終戦で準決勝(4位以内)に進まないことが考えにくいから、最低でもトータル31ポイントに到達する見込み。中国と日本のどちらが優勝しても最大30ポイントだから、香港チャイナには追いつけない。となると、チャレンジャーシリーズ出場権をかけた争いは中国と日本に絞られる。中国は次のプール戦で1位抜け(韓国と同組)になると予想されるので、準決勝で日本(2位抜け)とあたる可能性が高い。この準決勝で勝ったほうがチャレンジャーシリーズ出場権獲得だ。

ここまで中国と日本の対戦成績は1勝1敗。ただし、日本が勝つときは僅差、負けるときは大差という両チームの力関係からすると、やや中国優位とみる。が、中国大会で中国がみせたような、おそらく気合いの入りすぎと経験不足による拙速な試合運びが出てくれば、日本のペースに持ち込めるだろう。それにしても、第2戦のUAE戦で負傷交替した2OKのコンディションが心配ではある。

というような経験に基づく予測、というのか、たぬきの皮算用が頭の中でなりたつだけに、アジアの中での男子の日本の立ち位置は盤石というにはほど遠い。

続いて、女子の第2戦の中国大会の結果も確認しておこう。

日本の女子も準優勝。決勝では中国に敗れたが、準決勝のタイ戦を冷静な試合運びで乗り越えたのはチームとして大きな一歩だった。第2戦を終えて、女子の上位4チームはつぎのとおり。

  1. 中国(24)

  2. 日本(18)

  3. 香港チャイナ(17)

  4. タイ(15)

女子のほうは現在のスタンディングとは別のところで、男子と事情が異なった立ち位置をとっている。というのも、前述のとおり、中国も日本もコアチームのステータスをすでに持っているために、いまのいま、ARSSをチームづくりの場として使えるからだ。日本の場合、オリンピックに出たメンバーとオリンピックスコッドで最後までメンバー争いをした選手たちには、リフレッシュして、ふたたびロスを目指して動き出すための充電期間が与えられている。もっとも、吉野舞祐や辻﨑由希乃、大橋聖香など、自分から手を挙げて、「オリンピックメンバーが休んでいるときこそ」の気持ちをもって、試合の中での成長を求める選手もいる。中国も同様に、オリンピックメンバーが少しずつ戻ってきている段階だ。


日本はこのあとおよそ1か月半の期間を空けて、11月9日~10日に行われるARSS第3戦のタイ大会からベストメンバーを組み、11月30日からはじまるSVNSの新シーズン、開幕ラウンドのドバイに向けてチームづくりを加速させることになるが、オリンピックを機に代表引退・現役引退を表明している選手もいる中で、選手の入れ替わりはあれど、これまでのチームとしての経験の積み重ねのうえに、新シーズンのチームをつくってもらいたい。そうおもっていたら、兼松由香新HCが大会後のインタビューで、ひとつのキーワードを挙げてくれた。

チームづくりのキーワードは「繋(つなぐ)」です。そのひと文字に4つの思いを込めました。楕円球(プレー)をつなぐ、想い(マインド)をつなぐ、歴史(先人へのリスペクト)をつなぐ、世界の人々(ラグビーの社会的価値)をつなぐ、です。

「リオ、東京、パリ。3大会出場したサクラセブンズは、どれも正解だったとおもいます。それぞれをつないで、積み重ねて、さらに進化したチームを目指していきたい。一年一年を大事にして、一歩ずつ階段をあがって、ロスオリンピックまでに、金メダルを目指せる位置にいたいとおもっています」

兼松HCのコーチング哲学とターゲットはたしかに伝わってきた。が、代表はクラブチームではない。成長のための場ではなく、結果がすべての勝負の場だ。しかも戦いの舞台はSVNS、世界のトップと争うことになる。オリンピックでのメダルに手が届くのは、まずそこで結果を残してからの話だ。ただし、非現実的というほどの目標でもない。少なくとも、世界のトップ集団とおなじポジションに立っているという時点で、女子においては、メダルを目標にする根拠があるといっていい。昨シーズンのシリーズスタンディングは9位。最初のターゲットは、あとひとつランキングを上げて、つねに上位8位以内に入る。それから、ベスト4に進み、SVNSでのメダル争いをする。それが実現するころには、ロスのオリンピックがやってくる。

ひるがえって男子のほうはといえば、いまのところ第3集団(チャレンジャーシリーズ)の最後尾を、なんとか脱落をこらえながら走っているありさまで、その状況のチームを引き受けたのが、元イングランド代表、さらにライオンズのフッカーであり、元セブンズイングランド代表キャプテンを務めた経験もある、フィル・グリーニング新HCだ。

韓国大会の1週間前にチームに合流したばかりというグリーニングHCになにをか求めんや。大会終了後のピッチで、日本代表チームを率いることになってからの第一声を聞いた。

日本でのコーチングの基本路線は、15人制へのパスウェイづくりと、自分で判断してプレーするためのオープンマインドの浸透。このふたつを柱にして、セブンズを強化していくつもりです。

パスウェイとは、セブンズのトレーニングに参加すると、15人制でも活躍できるようなマイクロスキルやS&C(ストレングス・アンド・コンディショニング)が身につく、という評価を得ることを意味する。評価というのは、クラブや代表のコーチからの評価のことで、選手がやることはセブンズでも15人制でも変わらない。ラグビーの基本はいつでも同じだ。

グリーニングHCの言葉を借りれば、「日本の選手層の厚さはイングランド以上だとおもう。けれど、クラブでもユースでも大学でも、試合出られない選手があまりにたくさんいるのは、ばかげている」。つまりは、その「出番のない」選手たちをセブンズにあずけてくれれば、能力を引き上げて、お返ししますよ。ちょっと選手を預けてみませんか、という選手集めのための方法論でもある。実際にそうしたパスウェイを構築したのが、かつてオールブラック製造工場と呼ばれた元ニュージーランドセブンズHCのゴードン・ティッチェンだった。たとえば、ジョナ・ロムー、ジョー・ロコゾコ、ミルズ・ムリアイナ、コーリー・ジェーン、ベン・スミス、イズラエル・ダグ、リーアム・メッサム、いま現役のオールブラックスではリーコ・イオアネなど、枚挙に暇がない。グリーニングHCのメリット提供型のアプローチがうまくいくかどうかには、もちろんフロントやマネジメントを担う日本協会のサポート体制も大きな責任を負っている。

もうひとつのオープンマインドのほうは、より難しいチャレンジになるかもしれない。「心を開く」という直訳からは、みんな仲良く、のイメージが湧いてしまうが、ここでのオープンマインドは、状況に応じて自分で最適なオプションを選択できるようになることを意味している。ようするに、言われたことだけをやるのでなく、自分の頭で考えて行動しなさいということなのだが、これほど日本人の行動をふかいところでしばりつけている規範はほかにない。言われたことはちゃんとやる。反対から言えば、言われていないことはやらない、できない、やりたくない。その行動規範の意識を、より主体的に行動できるように変えていきましょう、というわけだ。当のグリーニングHC自身は、日本的な考え方、たとえば、侘び寂(わびさび)とか、一期一会というような茶道由来の精神論は興味があるようだし、自身のコーチングにも取り入れているという。あるいは日本独特の先輩後輩の関係性や横並びのマインドセットについても、かなり理解がある。

けれど、そういうことを知っていることと、それを変えていくことは、まったく別次元のことだ。グリーニングHCは、日本に来る前はマイク・フライデーとともに10年にわたってアメリカ代表チームを育ててきた。その間にアメリカは世界のトップレベルにまで成長して、SVNSシリーズの上位で活躍できるようになった。その10年の歳月は一流のアスリート、たとえば、ペリー・ベイカーやカーリン・アイルズやダニー・バレットに「ラグビー」を落とし込むのにかかった時間であって、選手の「マインドセット」を変えるためにかかった時間ではない。マインドセットを変えるとなると、ラグビーを落とし込む以上の時間はかかるだろう。そこまで待つのか、待てるのか。

短期的には、エディ・ジョーンズ式に上から怒鳴りつけて動かすのも一つの手だろうけれど、そんなのはほんとうに一時的なもので、暴君の恐怖政治を生き抜くための姿であって、本質的には何も変わらない。そういう時期が過ぎれば、またもとにもどるだけのことだ。そうではなくて、対話の中から自発的なマインドの変容をうながすアプローチを試みたのが、サイモン・エイモー前HCだった。が、それには膨大な時間がかかる。サイモンがやりたかったチームづくりの方針には、時間が必要であることは最初からわかっていたことなのに、それにも関わらず、フロント側が短期間での(オリンピックの)結果を無理に求めたことで、かえって、チームは崩壊する憂き目をみた。今度のグリーニングHCに対しても同じ姿勢でいるならば、おそらく、パスウェイもオープンマインドも、サイモンのときと同じように、言葉がおどるだけで、積み重なることなく、相変わらず同じ場所をぐるぐると回っているだけのチームと、それにふさわしい結果が目の前にあらわれるだけのことだ。


それにしても、火中の栗を拾うとはまさにこのことで、ただちに結果が出ないからといって、即コーチの責任を問うのは、かえって任命者の無責任だと言わざるを得ないほど、現場でできることは限られている。ピッチ上での結果を求めるならば、それ以前に、フロント側のサポート体制や責任と権限の明確化を図る必要があるし、そもそものところから、日本のセブンズをどう強化していくのか、そのためになにが必要なのかを整理して、土台を固めるのが先だろう。そういうところの構造に欠陥があるかぎり、現場でできることなぞすぐに限界を迎えて行き詰まる。それでも、グリーニングHCの表情が明るいことが救いといえば救いか。

継続すること、積み重ねること、反省すること、見直すこと。いまの日本に足りないのは、この組み合わせとバランス感覚だ。オリンピックというお祭りに目を奪われて大事なプロセスを放棄することのないように、それから、二度と同じ轍を踏むことのないように。わたしたちには、変えられるものと変えられないものがあって、また、変えたほうがいいものと変えるべきでないものがある。なにをどうすればいいのか、なにをどうしたいのか。淡い期待と呼ぶにはおぼつかないくらいの、遠い将来への願いのようなものを抱えながら、またセブンズの新しいシーズンがはじまる。

(編集長/Editor in Chief)


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