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勝ちとか負けとか

先週終わりごろから、新しいドラマがスタートした。CSの韓国ドラマなのだが「ブラックドッグ」という題名。

ある高校に新任教師として着任した女性コ・ハヌル(以下「コ先生」)が、癖のある同僚や厳しくも温かく見守る上司や先輩の先生たちとの関わりで成長していくヒューマンドラマ。描き方がドキュメンタリードラマを見ているようで、韓流特有のはっとさせるようなコメディやアクション・ドロドロの演出がなく、人間関係によって登場人物の心情が淡々だが丁寧に展開されていく流れに毎回心惹かれて見入っている。

まだ序盤なのだが、心に刺さったシーンがあった。主人公が、外面はいいが周りの人たちに対する当たりが強い同じ科目の先輩教師とタッグを組むことになったのだが、その人間関係がある出来事をきっかけに変わっていったこと。その先輩教師はつっけんどんな、自己中な言動で有名で、周りの先生は遠巻きにしている状態だった。コ先生は彼女の無茶ぶりに振り回され、時には雑に資料を訂正されて腹を立てることの連続だったが、彼女はとても冷静だった。内輪で争ったら犠牲になるのは生徒たちで、台詞にあるように「優先順位を守った」のだった。はた目から見れば、人が良すぎる・そんなぼろくそ言われて悔しくないのか、都合よくあしらわれている気がするのだが、必ずしもそういう相手に対して言い返すとか、見返すとか、いつか実力つけてぎゃふんと言わせてやるとかが必ずしも自分らしく保てるとは限らない。私はこのなんとなく不器用で、でもひたむきな彼女に重ね合わせて見てしまう。自分にとっては何のメリットもなさそうな、ただ相手に妥協してしまっていると周りから思える行動を取ること。昔、小学生の頃むかっと来たことにその場で言い返せず、内弁慶で親にまくしたてていたら「そんな不快な話聞きたくない、相手に言い返して来い」と言われたことが何回もある。でも、その時にやり返したりできなかったのは復讐が怖かったのと、あとはうっすらとアグレッシブな行動しても相手との人間関係が変わるわけでもないし意味ない…と諦めていた節があったのかもしれない。

じゃあどう相手に向き合っていくのか。当時は全く分からなかったが、今はコ先生のように、向かう相手は誰なのかを意識することだと気づいた。上司と部下の関係にも当てはまって(いろいろ今はこれで悩んでいるのだが)、部下は上司の顔色を伺うばかりでは思ったパフォーマンスは発揮できず、でもサービスを買ってくれるお客さんに対して何ができるか、といった相手目線に移し替えると本来必要なこと・できることが見えてきて上司の意向を伺わなきゃという自己否定にも繋がりかねない思考回路が薄れていく。

まあもちろんバトルして次のステップに進めることはあろうが、それはお互いの立場や力量が対等だからこそできること。なんだかんだ社会人5年目が経ち、人間関係が水平から立場の高低分かれる関係へとそろそろ割合が多くなってきて感じるのは「真の相手は誰か」ということ。目の前に座っている上司や先輩は必ずしもあなたが自分を犠牲にしてまで気にする相手ではないよ、ということを改めてドラマで気づかされた。ただ、今の私の職場の状況は「向かう真の相手」がぽっかり空いていて、毎日立場も背景も全く違いすぎる上司とやり取りせざるを得ないのでどうしようかなと頭を悩ませる毎日なのだがそれはまた今度。

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